第95話


 実はウィンは、精霊の力を用いた攻撃を、苦手としてる。

 それは彼にとって親しい友である精霊の力を、戦いに使う事自体に抵抗があるのかも知れない。

 或いはそもそも、自分自身の力で戦いたいという気持ちが強過ぎる為でも、あるだろうか。

 またはもしかしたら、僕の教え方が悪かったせいかもしれないけれど。


 でもそれは、決してウィンが精霊術、精霊の助力を得る事を苦手としてるという意味ではない。

「ウィン?」

 僕の問い掛けに、彼は分かってると頷く。

 それからウィンは後ろを振り向き、

「前方、五分くらい先の場所に、中型の魔物が岩に偽装してる。戦士団の皆さん、お願いします」

 後ろに続くドワーフ達に、報告と警告を行った。


 そう、それは精霊の力を借りた索敵の結果だ。

 ウィンはこうした、直接的な攻撃でない助力を得る事は、恐らく並みのエルフの、大人以上に上手いだろう。

 

 今回の温泉探索は、少し僕の想像以上に規模が大きくなってしまったから、ウィンの力を頼りにする場面がどうしても出てくる。

 こうして皆で移動してる時は兎も角、火山地帯に辿り着き、温泉の湧き出す場所を探し、掘り、源泉が熱ければそこから湯を引く。

 場所を選んで湯を流し込む湯船と、排水する先も造らなければならないだろう。

 男湯と女湯を仕切って、屋根と周辺の囲い、魔物除けの防衛設備等も必要だ。


 温泉を探したり掘るのは、当然ながら僕にしかできないだろう。

 場所を整える事はドワーフの大工に任せられるが、工事は一朝一夕に終わる訳じゃないだろうから、食料となる魔物を狩りに行く必要だってある。

 そうなると当然ながらドワーフ達も一ヵ所に固まっては居られないし、周辺の魔物の警戒も、僕一人じゃ少しばかり手が足りない。


 故に万全を期すなら、僕の目が届かぬ場所を見張ってくれる、ウィンの目が必要だった。

 火山地帯に、温泉のある場所に辿り着くまでの道中は、その為の訓練代わりだ。

 僕とウィン、二人掛かりで索敵してるが、基本的に僕は口を出さず、ドワーフへの連絡や警告も彼が行う。

 そうする事でウィンの索敵能力の信頼性をドワーフに証明し、ついでに彼の自信にも繋がる。


 本当なら適当に魔物を避けながら、もっとこうのんびりと、ウィンと二人で火山地帯の見物なんかもする心算だったのだけれど、世の中どうにも思い通りには行かない。

 だけどこれはこれで良い経験だし、ウィンも緊張しながらも張り切ってる風に見えるから、まぁいいか。



 火山地帯の外れに掘れば湯が湧くであろう場所を幾つか見付け、ドワーフ達とどのポイントが一番守り易いか、利用し易いかを話し合う。

 そして掘る場所が決まれば地の精霊に頼んで穴をあけ、地中から噴き出した温泉水の迫力に、ドワーフ達の歓声が上がった。

 水の精霊に尋ねれば、噴き出した湯は人体に害はなく、飲む事もできるらしい。

 手を浸せば軽くぬめるので、弱アルカリ性の湯だろうか。


 とはいえ源泉の温度は熱過ぎるので別の場所に湯を引けば、その途中で湯が白く濁り出す。

 心配になって水の精霊に尋ねたが、空気に触れて変化しただけで、特に問題はないという。

 その湯を、僕が地の精霊に頼んで大雑把に掘り、ドワーフ達が磨いて仕上げた湯船に溜めれば、……あぁ、それだけでもう、立派な露天風呂の出来上がりだった。


 いやまぁ、風情はあるが魔物も出る野外で、吹きっ晒しの露天風呂は安全面に多大な問題があるけれど、それでもやはり嬉しく思う。

 ドワーフ達も珍しがって、その日は取り敢えず、交代で周囲を警戒しながら皆で露天風呂を堪能した。

 熱い湯に身体を浸す心地良さはサウナとはまた全く違って、ウィンもドワーフ達も、皆が露天風呂を楽しんだ。

 もしかするとドワーフの国でも、サウナじゃなくて風呂を沸かして入る文化が、ここから芽生えるかもしれない。


 次の日、長丁場に備えてドワーフの戦士団が魔物狩りに行くというので、ウィンがそれに同行した。

 正直な事を言えば少し、いや、大分と心配だったけれど、ここで過保護を発揮しても、ウィンのプライドを傷つけて、彼の成長を妨げる。

 心配を飲み込み、表情には出さず、拳を握り締めて、ウィンとドワーフの戦士団を送り出す。


 僕には工事の最中の周辺警戒と、浴場の周囲に壁を張る仕事があるから、付いてはいけない。

 アズヴァルドは多分、僕がウィンを心配する気持ちを察してたのだろう。

 何も言わなかったけれど、僕の背中を強く叩く。


 夕方、ウィンとドワーフの戦士団は、幾匹もの魔物を仕留めて持ち帰る。

 安堵しながら出迎えた僕に、ドワーフの戦士達は口々にウィンの事を褒めてくれた。

 お前の子は自慢できる戦士だと。

 戦いに出しゃばるような真似はせず、けれども勇敢に自分の出来る事を精一杯にこなしたと。

 そんな風に。


 ウィンは少し照れ臭そうだったけれど、それでも得意気で、僕に狩りの最中の出来事を、詳細に教えてくれた。

 彼が嬉しそうに語るその時間はたまらなく、嬉しく、楽しい。



 風呂に入り、焼いた肉を喰い、工事に励み……、そんな日々はあっと言う間に過ぎ去って、ドワーフ達の休憩所、浴場は完成する。

 尤もドワーフ達が本気で作り上げた防衛設備は、もう浴場というよりも、陣地や砦といった方が相応しいくらいに堅牢だった。

 どうやら戦士団は単なる休憩所ではなく、ここに人員を常駐させる、駐屯地として使う心算だという。

 むしろ常駐したいと言い出した戦士が出たくらいに、ドワーフ達は温泉を気に入ったそうだ。


 或いはドワーフ達の間で、この場所に温泉に入りに来るツアーが、流行るかも知れない。

 いずれ案内する心算のエルフ達も、そんな風に温泉を気に入ってくれると良いのだけれど……。

 まぁその為にも、そろそろ出迎える準備を、済ませてしまおう。


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