第93話


 僕がフォードル帝国より帰還してから、そろそろ一年が経つ。

 ドワーフの交易隊に運んで貰って、アイレナとは数度、手紙によるやり取りを交わしてる。

 彼女は期待通り、或いは何時も通りに、僕への協力を惜しまないと言ってくれてて、それはとても心強い。


 だけど、そう、アイレナの協力があっても尚、ドワーフとエルフの交易を実現させるには、越えるのが難しいハードルが幾つもあった。

 例えば、僕やアイレナに森のエルフを動かせる実権がある訳じゃない事とか。


 ハイエルフである僕には、頼めばエルフが動いてくれるだけの権威はある。

 けれどもそこで勘違いしてはならないのは、別に命令できる訳じゃないって事だろう。

 以前、ルードリア王国の森からエルフが一斉に退去した時は、エルフという種族の為にそうしなければならない、強い理由があった。

 だから僕の頼みに納得して、エルフ達は素直に従い動いてくれたのだ。


 だが今回の件は、単に僕の希望でしかない。

 エルフ達がドワーフへの父祖から受け継いだ嫌悪を飲み込んでまで従う理由は、どこにもなかった。

 仮に僕の言葉だけでエルフが抱くドワーフへの嫌悪が消えるなら、それよりも先にハーフエルフへの偏見をなくしてる。


 アイレナに関しても同様で、彼女は人間に対してはルードリア王国に住むエルフの代表として認められているから、人間との交易であれば、小規模な物なら彼女の独断で決める事もできるだろう。

 それだけの実績をアイレナは築いて来たから、それに文句を言う者は居ない筈。

 しかし交易の相手がドワーフとなれば、彼女の分を越えているから、他のエルフは従いやしない。


 ……権威に実権を伴わせる方法は、ある。

 僕がアイレナの立場を引き継ぎ、対外的な役割を得て、ハイエルフの権威を利用してその範囲を拡大して行き、最終的にはルードリア王国の全てのエルフを影響下に置く。

 そうすれば誰も僕のする事に異議を唱えなくなるだろう。

 そう、要するに僕がエルフの王となればいい。


 でもそんなのは、僕は真っ平ごめんだった。

 他人を支配し傅かれる事に、僕は全く魅力を見いだせない。

 いやむしろ、傅かれるとその人の一面しか、具体的には頭の天辺しか見えなくなるから嫌だ。

 僕は誰かとは、まずは正面を向いて真っ向から話したいし、それで興味を持てたら横や後ろからも眺めたい。


 そもそも僕が傅かれる事を嫌うから、アイレナがエルフの代表という立場を担ってくれている。

 もちろんアイレナが代表に立った方が、ルードリア王国と交渉がし易かったというのもあるけれども。



 ……そんな風にあれやこれやと頭を捻りながら日々を過ごしていると、その日、アイレナから届いた手紙には、興味深い事が書かれてた。

 アイレナが今の役割の補佐、或いは彼女が立場を退いた後にそれを引き継ぐ予定のエルフ、冒険者や森を離れて暮らす変わり者の数名を連れて、ドワーフの国を訪れたいというのだ。

 僕から伝え聞く話ばかりではなく、実際に己が目で見て良し悪しを判断しようと、それからドワーフ達に、友好の意思を持ったエルフが僕以外にも存在すると示そうと、そんな心算で。


 成る程、冒険者をしてるエルフなら、ドワーフの作る高品質な武器や防具への興味を持ってる。

 またぶつかり合いを好むドワーフの気質も、比較的ではあるが受け入れ易いだろう。

 そうして一部でも友好的な付き合いが持てたなら、それを楔にその範囲を少しずつ広げて行く事だって、能うかもしれない。

 関わる人数が増えれば流れが生まれ、それは周囲に波及して行く。

 上手く波が広がれば、全ての森は無理だとしても、一部の森が交易に応じてくれる可能性は、きっとあった。


 だけどそのアイレナの話に一つ思うのは、あぁやはり彼女は、そろそろルードリア王国を出る準備を、始めてるんだなって事だ。

 何故ならアイレナにとっての大事な人間、クレイアスとマルテナは、老いによるその最後が……、十年先か二十年先かはわからないけれど、もうそれ程に遠くはない筈だから。

 アイレナが二人の最期を看取る気なのか、それとも見たくないと思っているのかは不明だが、何れにしてもその後もルードリア王国に残る事はないだろう。

 だからこそ彼女は己の役割を引き継ぐエルフを、今から用意して実績を築かせてる。

 多分今回の件も、その一つとして。


 まぁだったら、僕もこちらで受け入れの準備を整えて、後はアイレナの人選、手腕に期待をしよう。

 ドワーフとエルフを引き合わせるなんて、そりゃあ当然不安はあるけれど、それでも彼女がやるというのだから、信じるより他にない。

 だって僕は、アイレナが信じられないなら、他に誰を信じられるのかってくらいに彼女の世話になっているし、僕を理解して動いてくれてる。

 あの日、もしもアイレナと出会わなければ、僕の森の外での生活は全く違った物になってた筈。


 もしそうなっていれば、少なくとも今の僕は存在しない。

 故に彼女を信じるのは、今の僕自身を信じる事と、大きな差はなかった。


 まずは人数分、えぇっと、五人か。

 するとアイレナを含めて六人分の、ドワーフの国への入国許可を、アズヴァルドに用意して貰おう。

 それから歓迎の為の準備、根回しだ。


 暫くは忙しい日々になるだろう。

 何故ならドワーフの国がそんなにも多くのエルフを受け入れるなんて、前代未聞の事だから。

 きっと皆がとても驚く。

 いや、もちろん、僕がこの国でこうしてるのだって、前代未聞の出来事の続き、或いはまだその只中ではあるのだろうけれども。

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