第92話
僕がウィンと出会ってから、もう十八年程が経つ。
彼の実年齢は二十四歳で、人間で言えば十二歳程の発育具合だ。
改めて考えてみると、ウィンはハーフエルフにしてはとの前置きが付くけれど、少し成長が早い気もする。
恐らく森で暮らした場合と比べれば、しっかりと食べて栄養状態が良好で、尚且つ剣の修練に鍛冶と、運動も欠かしてないから発育が早いのだろう。
鍛冶はまだ習い始めてから然程経ってないけれど、アズヴァルド、クソドワーフ師匠曰く、熱意があって覚えも早くて、感覚も良いらしい。
特に炉の扱いは、火の精霊の助力を得られるだけあって上手いそうだ。
ただそんな話を、ウィンから僕に聞かせてくれる事はなくて、それを少し寂しく思う。
叱られたり上手く行かなかった話まで聞かせろとは言わないが、褒められた話くらいは、してくれたっていいのに。
でもアズヴァルドは、少年が保護者にあれやこれやと報告しないのは当然で、ウィンの成長を願うなら今は黙って見守ってやれなんて風に言うから、僕も無理に聞き出す事はしないけれども。
まるでアズヴァルドの方がウィンの事を分かってるみたいで、ちょっと悔しい。
いや確かに、最近のウィンの気持ちは、僕にはさっぱり分からないというか……、あぁ、違う。
単に僕は、自分を振り返って考えればわかるのに、寂しくて納得し難いから考えないようにしてるだけか。
そう、ウィンは保護者である僕と距離を置く事で自立心を養い、少しずつ大人になる為の準備に入った。
僕も百五十歳、人間で言えば十五の頃に成人扱いとなり、故郷の深い森を飛び出したのだ。
ハイエルフとハーフエルフの成長速度の差は大きい。
ウィンが人間で言えば十二歳程の年頃になったのならば、大人になる時はもう、そんなに遠くないのだろう。
けれどもそんなウィンも、僕と一緒に行動する時間はある。
それは、食事の時とかもそうだけれど、一番長いのは剣の修練をする時間だ。
ウィンも僕と同じでカエハからヨソギ流を学んだから、その修練はこのドワーフの国でも一緒に行う。
何故なら型の素振りをこなすのも、一人より二人の方が乱れに気付くし、木剣を用いた打ち合いだってできる。
フォードル帝国の一件から、僕も打ち合いに対する気持ちが少し変わったと思う。
以前の僕はどうしても打ち合いを、技の比べ合いだとしか思えなかった。
磨いた技量を、何時もと違う動きの中でどう崩さずに発揮するか。
そればかりを考えて、要するに我を出す事にしか興味がなかったのかもしれない。
もちろん打ち合いはお互いあっての物だから、相手の技もちゃんと受けるようにはしていたが、心の持ちように問題があったのだ。
しかし今は、そう、割と技を繰り出すまでの駆け引きも楽しいし、相手に興味を持つようになった。
強くなりたいと思うからこそ、相手をよく見るようになったし、相手を見れば強引に行くべき時もわかってくる。
それはウィンが相手の時ばかりじゃなくて、時折だがドワーフの戦士が修練に混じって、打ち合う時も同様だ。
……できれば今の気持ちで、カエハからヨソギ流を教わり直したいけれども、それはもう少しばかり先の話になるだろう。
少なくともウィンが、鍛冶の一通りをアズヴァルドから学び終わるまでは、ドワーフの国に留まる心算だから。
まぁ話が逸れたが、僕とウィンの修練は、打ち合いの比率が少しばかり増えている。
「いぃぃやぁぁっ!!!」
発する声と気迫でビリビリと大気を震わせて打ち込まれるウィンの木剣を、僕もまた手にした木剣で、捌き受け流す。
だけどウィンの勢いは止まらない。
我武者羅、猪突猛進、勇猛果敢、どの言葉がぴったりくるのかは分からないが、勢いと手数、それから気迫で強引に僕を押し切ろうとしてる。
物凄い勢いだった。
この前、ドワーフの戦士に何か習っていたみたいだけれど、それを自分なりに取り込んだのだろう。
ドワーフの戦士のように、膂力と重量を活かした必殺の一撃というのは、僕やウィンの体格では再現し難い。
どちらかといえば、鋭さと素早さが僕らの、そしてヨソギ流の得手とする所だ。
故にウィンがドワーフの戦士から得たのは勢いと気迫で、後は一撃の重さが足りないならば、手数でそれを埋めようとしている。
それは子供の剣と侮るには、些か以上に鋭い。
何故ならウィンはもう、十年以上もヨソギ流を振っていた。
少しずつでも伸びる手足に、己の技を修正しながらではあるけれど、それだけの年月を積み重ねて来たのだ。
だから僕も、一歩も退かずに彼の剣を受け止める。
引いた方が、振るわせる剣は受け易い。
だが一歩でも退けば、ウィンの勢いは更に増し、最終的には押し切られてしまうだろう。
……本当に彼は、成長していた。
もう安易に子供扱いが、できないくらいに。
きっとウィンには、僕なんかよりずっと良い剣士になれる器があるのだ。
けれどもそれ故に、僕は一歩前に出る。
絶え間ない連撃も、退く瞬間がない訳じゃない。
波が打ち寄せ続ける海にも、返す間があるように、ウィンの剣にも次の一撃を繰り出す為に、木剣を引く瞬間はあった。
その一瞬、僅かな隙間に滑り込むように、僕は木剣を振るう。
ウィンの成長を認めない訳じゃないけれど、……その上であと少しだけでも、この手の中に居て欲しい。
鳥の巣立ちは止められなくても、それでもあと数年は。
ぶつかり合った木剣は、踏み込んだ一歩の分だけ僕の方が威力が強くて、体勢を崩したウィンをそのまま追い詰めた。
打ち合いが終わった後の互いに向かい合って礼をするも、ウィンの表情は悔しさを隠し切れなくて、僕は安堵と申し訳なさの入り混じった気持ちにさせられる。
あぁ、人と人の関係は、どうしてこんなにも難しいのか。
多分きっと、そんな風に思い悩める時間ですらも、後から振り返れば幸せなのだろうけれども。
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