十章 エルフとドワーフ

第91話


 創生、世界の始まりの時。

 この世界を創造主が生み出したのか、それとも元よりあった世界に創造主がやって来たのか、それは誰も知らない。

 他に一切の観測者がなく、それを知るは創造主のみだから。


 いずれにせよ創造主は、その世界に溢れるあまりに強い力を円滑に循環させて環境を整える為、精霊を生んだ。

 次にある程度の環境が整えば、精霊をより状況に則して働かせられるように、精霊と意思を通じる者、真なるエルフを生んだ。

 小さな真なるエルフが地を歩き回る姿を見た創造主は大いに喜び、次は雲の上に、もっと大きな真なる巨人を生んで住まわせる。

 そして両者を繋ぐ為、地と空を行き来する不死なる鳥を生んだ。

 この世界を守る守護者として、真なる竜を生んだ。


 そこで創造主は、創生に満足してしまう。

 それ以上に必要な物が思い浮かばなかったし、欲しいと思えなかった。

 故に創造主は、更なる世界の発展の為には自分は不要になったと考え、最後に世界を発展させる者、創造の役割を引き継ぐ者、神々を生み出して自らは眠りに付く。


 神々は最初に真なるエルフを参考にしてエルフを生み、次に真逆の性質を持つ者としてドワーフを生み、それから前の二種に比べて弱いが、汎用性や多様性、発展性や拡張性を特徴とする人間を生み、また人間の弱さを補う為に獣を混ぜて獣人を生んだ。

 創造主と違い、神々は複数存在したから、それぞれが己が好む種族を生んだ。

 草原を走るハーフリング、空を飛ぶ翼を背に持った翼人、海の底に住まう人魚、その他にも様々な種族を。


 しかし神々は複数存在したからこそ、世界が発展して行くにつれて意見の食い違いが発生し、争いを起こす。

 ゆっくりとした変化を望む神、早急な変化を求める神、そもそも変化を嫌う神。

 己が生んだ種族を愛するが故に、少しでも彼らに都合の良い環境を作ろうとする神や、それを嫌う他の神。


 意見の食い違いから起きた争いは実に激しく、それまで互いに争う事のなかった神々だからこそ、加減の仕方を知らなかった。

 猛々しい神だけじゃなく、争いを好まぬ神まで、皆がその争いに巻き込まれる。


 けれども争いが始まって暫くして、神々は気付く。

 強い力を持つ自分達の争いは、自分達の生んだ子を巻き込んで、世界を大きく傷付けていると。

 実際、幾つかの種族はその争いが原因で滅んだり、大きく数を減らしたとされる。

 また神々の力がぶつかり合った影響で世界には魔力が生じ、魔物という存在も現れた。

 このまま争いの規模が大きくなれば、やがては世界を守る守護者である、真なる竜との敵対を招きかねない。


 そこで神々は力を合わせ、新たなる領域、神の世界を築いてそこに移り住み、この世界への無闇な関与を互いに禁じる協定を結んだ。

 今、この世界に神々が直接関わる事は、もう殆どないとされている。

 それでも時折、まるで神が関わったとしか思えぬ奇跡は、この世界に起きるのだけれども。



 遥かな昔の話だから真偽は不明だが、これが今の世界で広く知られた神話の、大分と雑な纏めである。

 他にも細かな話は沢山あるけれど、地域によって差異があったりするから、まあ今はさておく。

 だから実は、エルフは僕のようなハイエルフよりも、むしろ生まれとしてはドワーフの方が近いとも考えられるのだけれど、それを口にすると多分エルフは凄く怒るんだろうなと、そんな風に思う。

ただハイエルフを含む古の種族は、御伽噺の中の存在で、実在はしないと考えてる人も多い。


 さてフォードル帝国から帰還した僕は、今回の件でドワーフの国から正式な国民権を貰う事になった。

 それも僕だけじゃなく、ウィンも一緒に。

 もう割と以前から身内に近い扱いは受けていたけれど、それでもあくまで客人だったのが、正式に身内として認定された形になる。

 フォードル帝国では、殆ど自分の都合で動いていたのだけれど、ドワーフの国にとっても僕の行動がプラスになったというのなら、それは素直に嬉しく思う。

 アズヴァルドやその家族だけでなく、グランダーや交易隊の皆、知り合った他の鍛冶師達や酒場の店主や店員に、近所の名前しか知らないドワーフ達まで、総出で僕らを祝ってくれたし。

 皆が大喜びで、物凄いお祭り騒ぎにまでなった。


 このドワーフの国で他の種族が正式な国民として認められたことは、実は今まで一度もなかったらしいから、これは割と快挙である。

 尤もそれは、ドワーフの現王がアズヴァルドを次期国王として認めたから、その弟子である僕とウィンに便宜を図ったという、パフォーマンスも多分に含むのだろう。

 でも現王の思惑がどうだったとしても、今の段階で僕とウィンが国民権を得た事は、非常に大きな意味を持つ。


 何故ならアズヴァルドがドワーフの国の王となった後、僕やウィンを国民として認めようとすれば、それを己の弟子に対しての贔屓だと捉える者も出るかもしれない。

 だけど今の段階で僕らが国民権を得れば、それは異なる種族との交流を、新しい流れを現王が後押しをしてくれたにも等しいから。


 つまりは、そう、少し前に夢物語として考えていた、エルフの森とドワーフの国の交易も、具体的な検討が可能になってきたのだ。

 もちろん異なる種族との交流が、必ずしも良い物だとは限らなかった。

 多くの手間がかかるし、問題も起きるだろうし、場合によっては種族間の溝が、より深くなる可能性だってある。

 けれどもそれでも、僕は二つの種族が交流してくれた方が、きっと楽しい。


 またこれを幸いと言うべきでは決してないが、フォードル帝国とドワーフの国の関係悪化に伴い、武具の輸出や酒類の輸入等、取引量は大きく減少する。

 そうなると当然、それを埋める為にルードリア王国側との取引量は増える事になるが、そこにエルフの森で採れた果実の酒が割り込む余地は、そのまま飲むにしろ、蒸留酒の原料にするにしろ、絶対にある筈だ。


 エルフからは果実、或いはそれを加工した酒を、ドワーフは魔物の牙や爪を加工した武器や道具を取引に出す。

 その取引に人間を挟むかどうかは、ちょっと悩みどころだった。

 エルフとドワーフの直接取引よりも、間に別の種族である人間をクッションとして挟んだ方が話はスムーズに進む。

 しかしドワーフは兎も角、エルフは物の価値、特に金銭に疎いから、欲深な人間がそこに絡むと搾取されかねない。

 そして搾取によって発生したエルフの不満が、その欲深な人間によってドワーフへと誘導された場合、……実に面倒な事になる。


 アイレナには僕の状況、考えを書いた手紙を送ったけれど、そのうちに一度、彼女とは直接話した方が良い。

 これは僕の我儘のような物だけれど、恐らくアイレナなら、理解を示して協力してくれるだろうから。


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