第79話


 ドワーフの国に来てから、地下なのでいまいち分かり難いが、多分一年程が経っただろう。

 僕が休みの日は、ウィンと陽光を浴びにドワーフの国の外に出てるが、ずっと地下でも気にならないドワーフ達は、やっぱり種族が違うんだなぁと、そう思わされる。


 あぁ、もう僕等は、国の門番に顔パスで通して貰える位には、ドワーフの国に馴染んだ。

 修練用の鍛冶場は、お前はちっとも見習いじゃないだろって追い出されたけれど、そこで知り合ったドワーフ達には、

「アンタは長生きだろうから次のドワーフの王が目指せるぞ」

 なんて冗談を言われてたりする。

 勿論、一ヵ所に留まり続けなきゃならない王様なんて僕には無理と言うか、真っ平だけれど、彼等が認めてくれた事に関しては素直に嬉しい。


 ウィンは、ドワーフの子等が通う学校に通い始めた。

 ドワーフの歴史や社会の仕組み、鍛冶の基礎や金属の見分け方なんかを教えてくれる学校らしいのだけれども、……そこで得た知識がこの国の外で役立つ事は、恐らく少ないだろう。

 でもウィンは、僕とアズヴァルドが目指してる物を、何となくだが察したのか。

 自ら少しでもこの国に馴染もうとし始めたのだ。


 ……当然ながら、ドワーフとハーフエルフに流れる時間は近くても、僕の行動でこの国のエルフを見る目が少しだけ変わっていても、それでもウィンを気に入らないと感じるドワーフの子供は多い。

 アズヴァルドの子等は、皆がウィンの味方であるけれど、それでもあまりに孤軍である。

 だけど彼はドワーフの国を観察し、それを知った上で学校に通うと言い出したから、僕も、アズヴァルドの家族達も、誰も反対は出来なかった。

 ウィンは自ら、そこが自分の戦う場所であると定めたのだから。


 一体どうして、彼はこんなにも雄々しくなったのか。

 シズキやミズハに、少しでも追いつこうと足掻いた日々が、ウィンを一歩も二歩も大人に向かって歩かせたのか。

 見た目はまだまだ可愛らしいのに、彼が一人前の男になる日は、もうそんなに遠くないのかも知れない。


 しかし全ての物事が順調に進んでいると言う訳では決してなくて、……最も肝心な大きな熱量に耐えられる炉が、残念ながら未だに完成していなかった。

 その理由は単純で、炉を改良してミスリルの加工に挑むドワーフが、アズヴァルド以外にも複数いる為、耐熱性の高い貴重な素材が取り合いになってしまっている状態だから。

 本来ならば名工であるアズヴァルドには、それでも望む素材が優先的に回されただろう。

 けれどもラジュードルを頂点とする魔術派、それに対抗する反魔術派と言う二つの派閥同士が争う状況では、幾ら名工であっても個人の影響力でそこに割り込んで行く事は非常に厳しい。


 仮に炉を改良する素材を集める為に無理をし過ぎても、次に加工する為のミスリルが用意出来なければ、全ては無意味だ。

 故に一年、或いはもっと以前から伝手を使って素材を少しずつ集め続けたけれども、最後の一つがどうしても手に入らなくてアズヴァルドは頭を抱えてる。 



 ……だったらもう、仕方のない話だろう。

 アズヴァルドが伝手を使って取り寄せようとしても無理だと言うのなら、僕が代わりに取りに行くしかない。


 彼が求める炉の最後の素材とは、活火山の火口付近と言う環境に棲む蛙の魔物、ラーヴァフロッグの皮膚。

 その皮膚は外からの熱を完全に遮断して通さず、中のしなやかな筋肉や臓器を守ると言う。

 なのに体表への油の分泌は妨げず、ラーヴァフロッグは火口で、マグマの中を泳ぐ事さえ可能なんだとか。

 理屈はさっぱり分からないけれど、魔物の生態を真面目に考えても仕方ない。

 つまりそのラーヴァフロッグの皮膚で炉の内部を保護すれば、中の熱量がミスリルを加工出来る程までに上がったとしても、炉の融解、崩壊は防げる筈。


 だから僕は渋るアズヴァルドを説き伏せて、ドワーフの国を出て北方に存在する火山地帯を目指す。

 僕が冒険者の真似事を好まないと知る彼は本当に申し訳なさそうにしていたけれども、クソドワーフ師匠が今掲げる目標は、クソエルフな弟子である僕の目標も同然だ。

 ならば遠出をして狩りをする位の労力を、惜しむ心算は全くない。

 それにただ殺すだけじゃなくて、ラーヴァフロッグの皮膚を炉の素材とするのなら、僕の主義にも反しないだろう。

 あぁ、勿論、蛙の魔物なら食用に適するだろうから、その肉は可能な限り食べるけれども。


 ドワーフの国から火山地帯までは約一週間以上掛かるそうだ。

 完全に一人で活動すると言うのは、思い返せば随分と久しぶりだった。

 少し寂しく思うけれど、流石に活火山の火口近くなんて、危な過ぎてウィンを連れて行ける筈もない。


 同行者が居なければ、食事も随分と適当になる。

 歩きながら保存食の干し肉を齧って腹を満たし、水筒に直接口を付けて水を飲む。

 一人分の荷のみで済むから背中は軽く、子供の足に合わせる必要がないから歩みも早い。

 けれども僕はそれをどうにも物足りなく感じてしまう。


 崖を越えて山を登り、時には歩き易い様に地形の方に変わって貰いながら、僕は日が出てる間は歩き続けて……、屈強なドワーフでも一週間は掛かる筈の道程を、五日間で踏破した。

 まぁ、うん。

 多少急ぎ過ぎたかも知れないけれど、ドワーフとエルフの歩幅の差を考えたら、そう言う事もあるだろう。


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