第78話
この国で僕が成すべき事は定まったが、でもそれは一朝一夕で解決出来る物じゃない。
何せ炉の熱量を上げるなら、熱量を上げる方法だけじゃなくて、その上がった熱量に耐えられる素材で炉を造らねばならないからだ。
ラジュードルの炉は、恐らく熱量の上昇も耐熱も、双方を刻んだ術式による魔術で実現してるのだろう。
……しかしそれよりも気になるのは、地中深くの真なる炎から熱を取り出すドワーフの秘宝は、一体何の素材で出来ている?
地中深くの真なる炎から熱を取り出すと言う仕組みが真実なら、耐えなければならない熱量はミスリルの加工に必要なそれを、遥かに上回る筈。
それどころか圧力にも耐えなければならないし、何よりもとんでもなく大きく、長い。
莫大な熱と圧力に負ける事なく、恐らく古代から存在し続けてるドワーフの秘宝は、あまりに僕の想像を超える存在だった。
まぁ兎も角、耐熱の素材はアズヴァルド、僕のクソドワーフ師匠に考えがあるらしいから、そちらは任せるより他にないだろう。
だから今の僕がすべきは、このドワーフの国で、僕とウィンが少しでもより良く過ごせる環境を整える事である。
具体的にはアズヴァルドの奥さんの買い物に付き合って荷物持ちとか、後は前回の件の詫びだとドワーフの鉱夫、グランダーに酒に誘われたから招きに応じたりとか。
因みにこんな山奥の僻地であるから、ドワーフの食事はさぞや貧しいのだろうと思いがちだが、実はそうでもない。
主食は陽光を必要とせず育つ特殊な芋類で、副菜は同じく地下で育つ苔類。
けれども中々どうして、芋類も苔類も驚く程に味が良い。
主菜としては、地上で、山地で飼育してる山羊の肉とか、或いはその山羊を狙ってやって来る魔物を狩って得た肉がある。
またドワーフと言えば酒が欠かせないけれど、芋類から作った酒を蒸留して酒精を強めた物が飲まれてた。
他にも贅沢品になるけれど、人間の国から運ばれてくる品々もある。
故に食事に関しては、外からやって来た僕でも特に不自由は感じない。
でもこの国の居心地を良くする一番の方法は、やはり僕が鍛冶師として、ドワーフの基準でもそれなりの腕を持っていると、ちゃんと証明する事だ。
しかし今いる屋敷の鍛冶場に籠って何かを作っても、ドワーフ達はアズヴァルドが手を貸したのかと疑う可能性があった。
……いや、まぁ、そんな面倒臭い事を考えるドワーフは居ないかも知れないけれど、念の為、僕は他所の鍛冶場を借りて作業を行う。
幸い、このドワーフの国にはそこら中に鍛冶場があって、見習い達の修練用に開放されてる場所もある。
勿論、修練の為の施設だから、そこに置いてある鉄は決して質の良い物ではないけれど、一緒に酒を飲んだグランダーが手を回して良質な鉄を譲ってくれた。
彼曰く、それも前回の詫びの一環なんだとか。
グランダーはドワーフの中でも力自慢で、特に短気で喧嘩っ早い。
だけど一度認めた相手には、寛容で気前の良い一面もある。
当たり前の話だけれど、欠点だけしかない人間は、……彼はドワーフだけれど、居ないのだ。
逆もまたしかりだけれど。
と言う訳で、久しぶりの鍛冶である。
作る物は、もう既に決まってた。
今はアズヴァルドの子供達と、ドワーフの国に慣れる為に色々と見て回ってるウィン。
住み慣れたルードリア王国の王都の、カエハの道場を離れ、ここについて来てくれた彼の為に、剣を打つ。
確かにウィンはハーフエルフで、人間と比べて身体の成長は遅かったけれども、剣を学び始めてからの時間は、もうそれなりだ。
剣の修練の為に、或いは護身用として、彼だけの剣を一本、用意しよう。
ハーフエルフと言えどもウィンは成長期だから、多分数年もすれば剣は短く、軽く、物足りなくなる。
その時は、また打ち直して、ウィンに合わせれば良い。
彼が成長すれば、剣もまた成長すると言うのは、ちょっと素敵じゃないだろうか。
周囲の視線は、やや五月蠅い。
どうしてエルフがこんな場所に?
誰も彼もが、視線に疑問を載せている。
でも絡んで来るドワーフが一人も居ないのは、先日、既に大通りでグランダー相手に大喧嘩をした成果だろう。
まぁ存分に見てると良い。
目立つのは何時もの事だし、試されるのも嫌じゃなかった。
ここに居る全てのドワーフに僕を認めさせて、……それから皆で酒場に行こう。
それが今の、直近の僕の目標だ。
手早く用意を整えて、炉の機嫌を窺う。
炉に宿る火の精霊は、うん、ここでも僕を歓迎してくれた。
ふと思ったのだけれども、もしかしなくても火の精霊に関しては、全てのエルフ、ハイエルフの中で、僕が一番仲が良いんじゃないだろうか。
これだけ火の精霊と関わったハイエルフは、多分……、否、間違いなく他には居ない。
つまりそれは僕が最も上手く火の精霊から助力を得られるハイエルフであると言う事だ。
そう考えると、僕を呼び寄せたアズヴァルド、僕のクソドワーフ師匠の見る目は実に正しかったと言えるだろう。
炉の温度はグングンと上がる。
どうやらこの炉に宿る火の精霊は、短気で激しく、力強いのが好みらしい。
……あぁ、ちょっとグランダーっぽいかな。
そんな風に思ってしまって、僕は思わず笑みをこぼす。
そうして全ての準備が整う頃には、僕の作業を大勢のドワーフ達が見守っていた。
修練中だった見習いばかりでなく、その師であろう親方らしきドワーフも混じってる。
見習いの修練所とは言え、ドワーフの鍛冶場で下手な技術を晒せばただでは済まさない。
彼等の視線は明確にそう語っていて、それが僕に心地良い緊張感を与えてくれる。
さぁ、これはドワーフと僕の勝負だ。
僕を見ろ。そして認めろ。
振り下ろしたハンマーと、打たれた鉄が響かせるのは、何時もと全く変わらない、良い音だった。
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