第77話
さてしかし僕が鍛冶の師であるアズヴァルドにこの国へ招かれたのは、旧交を温める為じゃない。
王座を巡る競争で彼に助力する為に、僕はこのドワーフの国へとやって来た。
だがアズヴァルド程の腕の実力者、名工が、僕の力を必要とする事態とは一体何なのか。
僕はその詳細を彼から聞いて……、あまりの運命の数奇さに思わず、うん、思わず笑みを浮かべてしまう。
何故なら僕のクソドワーフ師匠と競る名工は幾人もいるが、その中で恐らく今一番先頭を走っているのが、ラジュードル。
そう、僕の魔術の師にして鍛冶の弟子、ついでに悪友でもある、カウシュマン・フィーデルに魔術を教えたドワーフだったから。
……但しアズヴァルド曰く、ラジュードルの純粋な鍛冶師としての腕前は、恐らく王座を巡る競争に参加してるドワーフの名工の中では、一番低いらしい。
ならば一体何故、ラジュードルが王座を巡る競争の先頭に立つのか。
そこにはミスリルと呼ばれる、ドワーフが最も重要視する、とある希少金属が関わっていた。
ドワーフにとってのミスリルは、王の象徴である。
何故ならミスリルは、本来ならばドワーフの王にしか鍛えられない金属だからだ。
と言うのもミスリルを加工するには凄まじい熱量が必要で、その熱量を確保できる炉がこのドワーフの国には一つしかなく、それを扱えるのはドワーフの王のみと言う決まりだから。
どういった技術でそれを成しているのかは不明だが、その炉は地中深くの真なる炎から熱を取り出すドワーフの秘宝らしい。
あぁ、エルフの神話に伝わる、ドワーフは全き自然から火の欠片を盗み出して、炉に閉じ込めたという話は、もしかしてそこから来てるんだろうか。
マグマ? マントル?
僕の乏しい知識ではその真理は探れないけれど、確かにそれは……、エルフが危険視してもおかしくない技術である。
けれども今回の王座を巡る競争で、ラジュードルはなんと、そのドワーフの秘宝である炉を使わずに、ミスリルを加工して見せたのだという。
故にそれまで、王座には最も遠いと考えられていたラジュードルが、一躍競争の先頭に躍り出た。
鍛冶の実力で他に一歩劣っても、ミスリルを扱えたというその一点のみで。
……何でもラジュードルは人間の国から戻った後、ドワーフの中で魔術の素養を持つ者を探し集め、弟子として抱え込み、魔道具を作り続けたらしい。
だから大半のドワーフからの印象は、便利だが一部の者にしか使えない物を作る、腕も良いし面白いが、兎に角変わり者と言う扱いだったそうだ。
だがこのままラジュードルが王座を得れば、……ドワーフには数少ない魔道具を扱える者、魔術の才を持つ者ばかりが優遇される国になりかねない。
そんな風に、古い考え方を持つドワーフは反発し、寄り集まってラジュードルに対抗する手段を求め出す。
つまりは、そう、自分達も秘宝を使わずにミスリルを加工しようと、試行錯誤し始めた。
そこで相手を潰そうとするのじゃなくて、自分達もミスリルを加工しようとする辺りが、実にドワーフらしいと僕は思う。
ではアズヴァルド、僕のクソドワーフ師匠もその古いドワーフの派閥になるのかと言えば、
「いや、一部の者しか使えなくとも、あれはあれで面白い技術なのは間違いないからの。……儂は決して嫌いではないよ。ただまぁ、それでも今回は王座を得たい、譲れない理由があるんじゃ」
考え方が違うからと中立を保ち、その結果、二つの派閥に対して一人で戦う形になってたらしい。
勿論、アズヴァルドの他にも似た様な、中立の考えを持つドワーフの名工は居るけれど、そういった彼等はやっぱり自分単独で王を目指そうとしてるから。
さて、そこまでの話を聞いて、僕はラジュードル、カウシュマンの魔術の師が、どうやってミスリルを加工する熱量を確保したのか、その方法に思い当たる。
多分、いや、十中八九……、寧ろほぼ確実に、ラジュードルは自分の所有する炉に術式を刻み、魔道具として改造したのだろう。
けれども当然ながら、炉、その物を魔道具として機能させるなんて、非常に多くの魔力が必要だった。
しかも炉を稼働させてる間中、継続的に魔力を流し続けなきゃならない。
そんな事が、たった一人の魔術師に出来る筈もなく、だからこそラジュードルは、魔術の才を持つ弟子を集めて抱え込んだのだ。
つまりラジュードルはドワーフの国に帰国した時から、或いはオディーヌでカウシュマンに魔術を教えてる時から、ドワーフの王座を見据えていた。
……その時からミスリルを加工すると言う手段を考えていたのだとするなら、彼は相当に手強い相手である。
自らの鍛冶の才が他の名工に一歩及ばぬなら、魔術の才を以ってその逆境を覆す。
個人的には、実に痛快な人物であると感じた。
まぁ、今回は敵、ライバルだけれども。
「それで僕が手伝えば炉の出力を本来の性能以上に引き出して、ミスリルの加工に届くんじゃないかと、考えた訳だね」
恐らくは散々に試行錯誤した後の、最後のひと押しとして僕の助力を欲した訳だ。
……我が師ながら、随分と僕に大きな期待をしてくれた物である。
ミスリルの加工はドワーフにとって途轍もなく重視される物だと言うのは、先程の話からも良く分かった。
その場にエルフを立ち会わせるなんて、それこそ魔術なんかよりも余程に反発があっただろう事も。
「あぁ、儂はこの国のドワーフの全てに見せてやりたいんじゃ。ドワーフとエルフが手を組めば何が起こるのか。儂の弟子で友人が、どれ程の物かをな」
そんな言葉を口にするアズヴァルドの眼差しは、どこまでも真剣だ。
以前、ヴィストコートでの別れの時、彼は僕に約束した。
『儂がドワーフの国で一番の鍛冶師になって、王座を得て、エルフが遊びに来れる様にしてやろう』
……と。
その約束を守る為にアズヴァルドは王座を目指し、そしてドワーフとエルフが手を組めば何が起きるのかを、ドワーフが最も重要視する鍛冶の場、王座を巡る競争で見せ付けようとしてる。
うん、良いじゃないか。
カウシュマンに言ってやりたい。
君の師は実に痛快な人物だ。
だけど僕の師は、それ以上にもっと痛快だって。
ラジュードルは人間の世界で、魔術の知識という武器を得た。
しかしアズヴァルドが、僕のクソドワーフ師匠が得た物は、僕と言うクソエルフの弟子と、目的だ。
さぁ、その二つがぶつかり合えばどちらが勝るのか。
恐らくその結果は、ドワーフの王座という形で証明されるだろう。
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