第67話

 ウィンを抱きかかえ、シズキと手を繋ぎ、僕は街道をヴィストコートの町に向かって、歩く。

 流石にまだ歩いての旅をさせられる程じゃないけれど、ウィンも随分と重くなった。

 良く寝て良く食べて良く遊んで、ついでに最近ではシズキやミズハと一緒に木刀を振り回して練習してるから、ウィンはドンドン成長してる。

 勿論、それは人間と比べればずっと遅い速度だろうけれど、僕から見るとやっぱり随分と早い変化だ。

 きっとドンドンと大きくなって、こんな風に抱きかかえる事も出来なくなるんだろうと思うと、少し寂しく感じてしまう。


 まだ十歳にも満たない子供であるシズキの足に合わせた旅だが、彼はなかなかどうして頑張っている。

 実際、キツイ旅になる覚悟はあるのかと問いはしたが、最悪の場合は僕がシズキを背に負ぶって、前にウィンを抱えての移動になると思っていたから、この頑張りは嬉しい誤算だ。

 そしてウィンは、年齢の割にと言う前置きは付くけれど、僕が連れ回してるせいで長旅には慣れていた。

 故にヴィストコートの町までの旅は、僕が思ったよりも順調だ。


 シズキがこの旅に同行する事に関して、カエハやその母、子等の間でどういったやり取りがあったのかを、僕は知らない。

 まぁ気にはなったのだけれど、どうやらカエハがその話を聞いて欲しくなさそうだったから、僕は敢えて尋ねずに、話し合いが行われた夜は、ウィンと共に自室で早寝した。

 翌日、カエハに恨めし気な目で見られたから、恐らく彼女は反対したのだろうけれど、カエハの母が押し切ったのだろう。



 矢で鳥を仕留めたり、途中の村に立ち寄って保存食を補充しながら、僕等は数週間の時間を掛けてヴィストコートの町へと辿り着く。

 目的地の町が見えた時、シズキは歓声を上げた。

 恐らく、本人も無意識のうちに。

 僕からすれば国を跨がぬ移動ではあっても、シズキにとっては大冒険だ。

 きっと彼の人生で、これ程に長く家族と離れ、自分の力で目的地に到達した事なんて、なかったのだろう。


 ウィンがびっくりした表情で、興奮したシズキを見つめている。

 でも残念ながら、今のウィンにシズキが感じてる達成感を、心底理解する事はまだ難しい。

 だけど何時かはウィンも、自分の力で遠くへの旅を、或いは別の困難を成し遂げて、こんな風に喜ぶ筈だ。


 しかしそれまでは、うん、もう少しの間は、僕にこうして抱えさせて欲しいと思う。

 抱える腕の力を強めると、ウィンはシズキから僕の顔へと視線を移し、不思議そうに首を傾げる。


 出入りを管理する門番は、残念ながら知らない若い衛兵達だったけれども、町へ入る審査はごく簡単な物だった。

 と言うよりも、未だに僕のヴィストコートの市民権は有効で、殆どフリーパスに近い。


 僕がこの町を旅立ってから、……もう十五年近くになるのだろうか。

 それはつい先日の事の様にも感じるし、旅を振り返れば色んな場所に行ってるから、もう随分と前の様にも思う。

 少なくとも、衛兵の顔触れが変わる位には、月日は経っている。

 あの時は見惚れてしまった門も、旅慣れた今となっては、殊更に大きくは感じなかった。


 衛兵に礼を言い、僕等は門を潜って町に入る。

 ……あぁ、本当に、懐かしい。

 人の、衛兵の顔触れは変わってしまっても、町並みは何も変わらずに、僕があの日、初めて人の町に辿り着いて見た時と、全く同じ風景が目の前にあった。

 それは思わず身体が震えてしまう程に、僕の胸を郷愁が満たす。


 あの日、共にこの門を潜ったのは、会ったばかりのアイレナと、クレイアスとマルテナだったっけ。

 僕は最初は彼等とすぐに別れる心算で、けれどもその前に金銭感覚のなさが露呈して、心配したアイレナに暫く面倒を見て貰う事になったのだ。

 あぁ、うん、暫くと言っても、それこそ一年近くは宿代を出して貰ってたような気もするけれど……。

 それから僕はクソドワーフ師匠に会って、鍛冶を学んで、十年をこの町で過ごしたのだ。



 ふと、抱きかかえてたウィンの手が伸びて、僕の頬に触れる。

 気付けば僕の頬は、思わず零れた涙で濡れてて、彼はそれに驚き、心配したらしい。

「いや、うん、何でもないよ。ちょっと懐かしくてね……」

 自分でも意外な程に心が揺れてしまった。

 こんな事は滅多にないのだけれど、……やっぱりこのヴィストコートの町は、僕にとって人の世界の原点で、どうしても特別なのだろう。


 そして、僕が涙を袖で拭って始末した、その時、

「おぉぃ、エイサー!!」

 向こうの通りから、二人の男が息を切らせながら駆けて来る。

 一人は先程、僕等を町に入れてくれた門番、若い衛兵で、もう一人は割と装飾が多い、ちょっと実用性に乏しそうな鎧を身に付けた中年の……、ロドナーだった。

 そう言えば先程、僕が身分証を出して町に入る審査を受けた時、一人がどこかへ駆けて行ったが、どうやら彼はロドナーを呼びに行ってたらしい。


「やぁ、ロドナー。……懐かしいね。丁度今、初めてこの町に来た時の事を、思い出してたところだよ」

 そのまま抱き着いてこようとするロドナーを、僕は手で押し留め、笑う。

 歓迎してくれるのは嬉しいが、鎧のままに抱きつかれるとゴツゴツして痛いし、何よりもウィンが潰れてしまう。


「本当に懐かしいな、エイサー。もうアンタとは、死ぬまで会えないもんだと思い込んでたよ。部下が教えてくれて、慌てて飛んで来たんだぞ。また会えて嬉しいぜ」

 すると止められたロドナーは照れ臭そうにそう言ってから、僕が抱えたウィンと、傍らのシズキを見て優しい笑みを浮かべる。

 出会った時は単なる衛兵だったロドナーも、僕が町を去る時は衛兵隊長に出世していて、……今はどうなのかは知らないけれど、でもそこから十五年近くたった今も、まだ現役で居るらしい。

 しかし……、老けたなぁ。

 死ぬまで会えないと思い込んでたって言葉が、少しも冗談には聞こえない。

 仮に後十年、僕がこの町に来るのが遅ければ、もしかするとその可能性は、低いとしても皆無ではなかったのだろう。


「でもな、またアンタにこれを言えて嬉しいよ。……エイサー、それからそちらの坊ちゃん達もな、ヴィストコートの町へようこそ」

 だけどロドナーは、それでもあの頃と変わらずに、僕の肩を叩いて、その言葉を口にした。

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