第68話
懐かしい顔との再会を終え、僕等が向かうのは知人であるクレイアスとマルテナが住む家……、と言うか屋敷だった。
と言っても別にそこに泊めて貰う心算じゃなくて、僕はこのヴィストコートの町に家を持っているのだけれど、そこの鍵を二人に預けて管理をお願いしてる。
僕はずっと色んな場所を旅しているし、家は放置し続けると傷むから。
まぁ傷むのは仕方ないにしても、イタチの様な獣の巣にされてしまうと、周囲の住人にも迷惑だろうし。
なので今日の寝床を得る為には、まずはクレイアス達から家の鍵を受け取らなきゃいけない。
それから後は、寝る為の部屋の掃除である。
再会したロドナーとは少し話し込んでしまったから、急がなければもうすぐ夕暮れだ。
下手をすると、掃除をする時間がないままに夜になってしまう可能性がある。
僕は兎も角、ウィンやシズキは旅の疲れもあるだろうから、出来ればゆっくりと休ませてやりたい。
そうして急ぎ足で町中を歩けば、僕等は目的地へと辿り着く。
大きな大きな屋敷の扉の、ドアノッカーを四回鳴らして少しだけ待てば、使用人が出て来て、エルフである僕の姿を見て驚きながらも要件を問う。
まだ若い使用人で、やっぱり知らない顔である。
でもそんな使用人に案内されて屋敷へ入ると、出迎えてくれたのは見覚えのある……、上品な婦人。
そう、冒険者として成功し、引退して子を産み、その子供も既に独り立ちするだけの時を重ねた、マルテナだ。
「エイサーさん、本当に、本当にお久しぶりです。ようこそ我が家へ。……あら、その子達は?」
少し目尻に涙さえ溜めて僕との再会を喜んでくれる彼女が、ふと目を見張ったのは子供達、……特に何故かハーフエルフであるウィンでなく、シズキの姿を見た時。
僕はそこに、何か妙な違和感を覚えた。
普段の僕なら、或いはその違和感に興味を持って、ある程度の追及をしたかも知れない。
でも正直、旅の疲れは僕にもあったし、何よりもこの後に掃除が待っていると思うと色々と億劫だから、その違和感は敢えて無視する。
「こっちはウィン。アイレナから聞いてない? ウィンは僕の養子で、こっちの子はシズキ。僕が王都で世話になってる人の子だよ。あぁ、用件なんだけど、預けてた家の鍵を貰えるかな?」
僕の言葉に、マルテナは今度こそ驚いた様にウィンを見て、……それから納得した様に頷く。
でもウィンは、僕と一緒ならばと言う条件が付くけれど、他人からの注目を浴びる事には慣れているので、それを気にした風はない。
しかし逆にシズキは、まるで縋り付く様に、僕の服の裾をぎゅっと握った。
「家の鍵は、勿論お返しします。でもエイサーさん、今日は是非泊って行って下さい。あの人もそろそろ帰ってきますし、子供さん達も疲れてるでしょう? 明日にでもあの家は人をやって掃除をしておきますから」
するとマルテナは優しく微笑んで、そんな事を提案する。
そんなありがたい申し出を拒否する理由は、少なくとも僕にない。
まぁ多少気に掛かる事はあるけれど……、それも含めて、僕はこの屋敷に泊まるべきだと感じたから。
その後、帰って来たクレイアスとマルテナ、それから僕とウィン、シズキの五人で夕食を取って、サウナの様な浴室で旅の垢を落とす。
それから与えられた客室のベッドに横になれば、旅の疲れが噴出したらしいウィンとシズキはそのまま落ちるように眠ってしまってる。
と言う訳で、僕も漸く人心地が付いて頭も働き始めたし、ちょっと真面目に考えようか。
正直、……あまり考えたくはない内容だけれども。
夕食の前、帰宅したクレイアスは、僕やウィンじゃなくて、シズキの姿を見て僅かに動揺していた。
上手く隠してはいたけれど、そうなるだろうと予測してみていれば、見抜ける程度には隠し切れてなかったから。
またシズキも、クレイアスの姿に何かを思っていたのだろう。
こちらはより分かり易く、それが態度に現れていた。
そう言えばクレイアスとマルテナの子は、父母と同じく冒険者の道を選んで独り立ちをし、今は依頼で遠出をしていてヴィストコートには居ないらしい。
一度会ってみたかったのだけれど、なかなか上手くは行かない物だ。
……うん、多分なんだけれど、シズキの、それからミズハの父親は、クレイアスなのだろう。
それはシズキの態度からも、クレイアスの態度からも、ついでにマルテナの態度からも、察せられた。
だけど何故そうなったのかが、僕には全く分からない。
確かにカエハとクレイアスは知り合い同士で、カエハはクレイアスを尊敬していただろうけれど、その手の感情を抱いてる風には見えなかった。
勿論、僕はカエハがこのヴィストコートで過ごした三年間を、それから僕が王都を去った後の事を知らないから、全くないとも言えないけれど。
しかし当時からクレイアスには家庭があって、カエハはそれを掻き乱して壊しかねない行為をするタイプには、到底思えないのだが……。
うぅん、ちょっと胸がもやもやとする。
ついでにシズキと、恐らくミズハも、一体何時、クレイアスが自分の父親だと知ったのか。
それに関しても、少しばかり疑問だ。
恐らくはそれは最近で、もしかすると僕が道場に戻って来た事が、切っ掛けかも知れない。
今思えば双子が、僕に興味を持って何かと話し掛けて来たのは、エルフが珍しかったからと言うよりも、僕を探ってた風にも思う。
そして自分達の父親が、道場を建て直して去った謎の一番弟子ではないと理解し、カエハやその母を問い詰めた。
だとしたら、……僕は彼等に不和の種を運んで来てしまったのだろうか?
僕はベッドで眠る、シズキの頬を撫でる。
彼の顔は、カエハに良く似てた。
一体何を思って、どんな気持ちで、シズキは僕にヴィストコートへ連れて行って欲しいと頼んだのだろう。
またカエハは何を思い、どんな気持ちで僕等の出立を見送ったのか
何一つとして、わからない。
でも……、僕はシズキの隣で眠るウィンを見て、思う。
まぁ、良いかと。
実際、それが誰の子であるかは、とても重要な事ではあるのだろうけれど、極論を言えば関係がない。
僕がウィンに愛情を注ぐのは、彼の親が誰であるかなんて関係ないのと同じく。
カエハも、カエハの母も、間違いなくシズキとミズハを愛し、大切に想ってる。
だったらそれで良いだろう。
事情はさっぱりわからなくても、もしも仮にわかったとしても、僕はカエハの味方をするし、その子供達であるシズキやミズハも守るだろうから。
よし、寝よう。
僕はゴソゴソと、ウィンとシズキが並んで眠るベッドの、二人の真ん中に潜り込む。
動かされるウィンとシズキは迷惑そうに抵抗するが、僕は全く気にしない。
だって二人の間で寝たいのだ。
どんな事情があったとしても、今、この時、この場所は、僕の物である。
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