第66話
僕がこの道場に帰って来てから、もうすぐ一年が経つ。
今日も僕は、道場の鍛冶場で鎚を振るう。
カエハの他の弟子達に渡すヨソギ流の剣、直刀は既に全部作り終えたから、今は鍛冶師組合から引き受けた仕事を中心にこなしてる。
そして今回作っているのは半年後に開催される品評会、例の王に献上する為の剣を決めるそれに、提出する為の物の試作だった。
尤もだからと言ってずっと鍛冶ばかりをしてる訳じゃなく、午前中は以前と同様に、剣の訓練に参加している。
今の僕は剣士ではなく、今の僕では剣士になり得ないと理解してしまったけれども、それでも僕がこのヨソギ流を、カエハの剣を好きである事に何ら違いはないから。
故に僕は今も、カエハの弟子のままだ。
出た結論は、当然ながらカエハに話した。
弟子としては非常に言い辛い結論だったが、だからこそ師である彼女に誤魔化すなんて出来ない。
するとカエハは僕の話を聞いた後、目を閉じて、まるで僕の話を噛み締めるかの様に暫くジッと黙ってて、
「師としてはダメなのでしょうが、……エイサー、貴方らしいと思ってしまいます。ですが一つだけ残念なのは、私が生きてる間には、立派な剣士となったエイサーは見れそうにない事ですね。貴方は確かに、そのままでも強過ぎますから」
それから目を開いて僕を見ると、薄っすらと笑みを浮かべて、そんな言葉を口にする。
その笑みには、あまりに多くの感情が込められていた。
とてもじゃないがその全てを読み切るなんて、出来ない程に。
僕は彼女に、そんな表情をさせてしまった足りなさを、ずっともどかしく思ってる。
解決の方法は、どこにもないと分かっていながらも。
「……うぅん、駄目、かな?」
打ち上がった剣を見て、僕は眉根を寄せて呟く。
鍛冶の最中に余計な事を考えてしまったからだろうか、その剣は特に問題ない様に見えるのだけれど、何やら妙な違和感を覚える。
単に僕の機嫌が悪くて、気に入らないと思ってしまうだけなのだろうか?
僕は少し悩んでから、やはり今回の剣は打ち直す事にした。
品評会に納得の行かない作を出す訳にはいかないのは当たり前にしても、別口の仕事の納品に回すのも気が進まない。
恐らく出来に問題はないのだ。
だけどこの剣には、僕の迷いが入り込んでしまってる。
そんな迷いが混じった剣に、誰かの命を預けさせる事はしたくなかった。
大きく息を吐き、僕は作業場を片付ける。
まだ仕事の終わりには早い時間だが、こんな気持ちで向かい合っても、良い品なんて出来やしない。
今の僕には、何か気晴らしが必要だ。
勿論、全力で趣味に走った品を作ると言うのも、気晴らしにはなるだろう。
例えば魔剣とか、他にもメイスと盾、総金属製の全身鎧をフルセットで作るとか。
しかしそれは、今の僕が求める物と、少しばかり何かが違う。
あぁ、うん、やっぱり今の僕が求める気晴らしは、ウィンだな。
ウィンと一緒にどこかに行きたい。
どこが良いだろう。
海産物を食べに行くには、ヴィレストリカ共和国はちょっとばかり遠すぎるし。
北の、泉に宿った水の精霊に会わせてみるのも良いかも知れないが、……もしも彼女がウィンを気に入り過ぎると、返してくれない気がしなくもない。
あの泉の精霊は、実は割合に寂しがりだから。
悩みながら片付けを終えて鍛冶場を出ると、そこで僕を待ち受けていたのは、一人の少年。
そう、カエハの子供の片割れである、シズキだった。
「エイサーさん、お願いがあります。俺を、ヴィストコートの町に連れて行って貰えませんか? お願いします!」
そして僕の顔を見るや否や、シズキはそう言い、頭を下げる。
……はて?
何でここでヴィストコートの名前が出て来る?
思わず首を傾げてしまうが、意外と悪くない気もする。
ヴィストコートはそんなに遠い場所じゃないし、何よりもあの町は僕にとって、非常に思い出が深い場所だ。
ウィンには是非、一度は見せてやりたいと思う。
そこに一人くらいの同行者がいた所で、然程大きな問題にはならない。
それに普段から、シズキとミズハ、カエハの子供である双子達は、ウィンにとても良くしてくれているから、その願いと言うなら聞き届けよう。
「あー、別に良いけれど、歩くから往復するとそれなりの長旅になるよ。馬車だと片道十日だけどね、使わないから。旅慣れてないとキツイと思う。その覚悟は、ある?」
僕が少し脅す様に問えば、しかしシズキは躊躇わずに、ハッキリと頷く。
だったら、うん、まぁ良いか。
女の子であるミズハには、僕とウィンであっても男所帯の長旅に同行させる訳にはいかないが、シズキは男の子だ。
「じゃあ後は、カエハ師匠か、君達のお婆様の許可は自分で取ってね。そうじゃないと僕が、人攫いにされちゃうからね」
まぁ実際には、許可を得ずに僕等が姿を消した所で、信じて貰える程度には信頼を積んでるとは思うけれども、それでも心配をかける事に違いはない。
だから僕の言葉は冗談交じりだったのだけれど、シズキはやはり真剣な顔で頷き、
「お婆様なら、エイサーさんが一緒なら、良いって言うと思うから、大丈夫。後で聞いて来る」
そんな風に口にした。
……あれ?
少し、不思議に思う。
今の言い方だとまるで、カエハなら許可を出さないような物言いだったけれども。
いや、考え過ぎだろうか。
ちゃんと許可を得てくれるなら、恐らく問題はない筈だ。
そんな風に軽く考えて、僕はウィンとシズキを連れて、古巣とも呼べるヴィストコートの町を訪れる事を、決めた。
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