第64話



 朝起きて、ウィンを起こして、それからカエハ達と一緒に朝食を食べ、軽く身体を伸ばしてから他の弟子達に混じって木剣を振る。

 昼になったら昼食を食べ、シズキやミズハからウィンを返して貰って、一時間ほどまったり一緒に過ごし、それから鍛冶場に籠って鎚を振るう。

 夕食を取り、ウィンと一緒に風呂に入って、それから一緒に部屋でゴロゴロと転がって過ごす。

 湯船のある風呂が存在するのが、この家の一番良い所だと、割と真剣に僕は思う。

 勿論カエハの母に手伝いを頼まれれば手伝うし、シズキやミズハは何故か僕に興味があるらしく、何かと話し掛けて来るから相手はするけれども。


 まぁそんな感じで日々を過ごしていたら、ある日、他の弟子達に頼まれた。

「もう良いですから、貴方の話は以前から聞いてましたし、こうして俺達を気遣ってくれた事も理解してますから、そろそろ師匠の相手をしてやってくれませんか?」

 ……と、そんな風に。

 どうやら彼等は、少しばかり怒りの混じった視線でこちらを見るカエハに、遂に恐れをなしてしまったらしい。


 うん、剣を打ち直して渡しても、カエハの機嫌の良さは三日しかもたなかったのだ。

 以前に剣を新しくした時は、随分と喜んで一ヵ月近くも機嫌の良さを隠せてなかったのに、彼女も大人になったんだなぁと、そう思う。

 尤も今回も、その三日間は浮かれた様に剣を振ってて、その姿に他の弟子達は驚いていたけれど。


 しかし確かにこれに関しては、大いに僕が悪いだろう。

 いやだって、あのカエハが、自分に剣の教えを乞いに来ない僕に怒って、ジッと睨んで来るのだ。

 それがどうにも楽しくて仕方なくて、ついつい引き伸ばしにしてしまった。

 他の弟子達に言われなければ、もしかすると一年くらいは引っ張ったかも知れない。

 そう、八年も九年も十年も然程に差はないと、ハイエルフである僕はどうしてもそんな風に感じてしまうから。

 だけどその感覚はとても危険な物で、それに身を任せてしまうと、人間である知人達の時間は直ぐに過ぎ去ってしまうのだと、前世の僕の知識は教えてくれる。


 但し他の弟子達が認めてくれた以上、新入りとして殊勝に振る舞い、カエハの教えを乞う事を我慢する必要は、今はもうなかった。

 ジッとカエハはこちらを見ていて、僕の言葉を待っている。

 だから僕は二度、三度と深く息を吸っては吐いて、

「カエハ師匠、久しぶりに、僕の剣を見てくれませんか?」

 ……漸くその言葉を口にする。 


 するとカエハは、まだ少し怒った風に僕を睨んだが、それに意味がない事も既に察していたのだろう。

 彼女は大きく溜息を一つ吐いて、

「漸くですね。……エイサー、だったら木剣ではなく、貴方が普段使ってる剣を、振って見せなさい」

 眼差しを緩めて、そう言った。



 さて、普段使ってる剣と言えば、カウシュマンが紋様をデザインし、僕が打ったあの魔剣だ。

 普通の剣に比べるとずっと軽くて薄いから、振り方にもコツが必要な、癖の塊の様な剣。

 ……正直な所、まだ完全に使いこなせてるとは自分でもとても思えないから、披露には躊躇いを覚える。

 けれどもカエハが振れと言うのなら、指導をしてくれると言うのなら、否の言葉は僕からは出ない。


 でも流石にちょっと緊張はする。

 普段の僕は、あまり精神的な緊張をする事がないから、これはこれで新鮮な感覚で、心地良い。


 魔剣を抜き、魔力を流しながら、構えを取った。

 何かを斬る訳じゃなく、素振りであっても、下手な振り方をすれば歪んでしまうのがこの薄い剣だ。

 万一に備えて、切れ味と強度を増す魔剣の効果は、発動させる。


 剣に刻まれた紋様、術式が薄っすらと光を放つ。

 そして同時に、僕の気も満ちていた。

 尤もこの気と言うのは、魔力の様な何かのエネルギーの話じゃなくて、気持ち、気迫、心構えの様な物。

 これは当然ながら足りなくてはならないし、かといって量が多すぎて張り詰めてもいけない。


 幾度となく繰り返した動作を当たり前の様に、僕は一歩踏み出して剣を真横に振るう。

 更に構えを変えながら一歩踏み出し、今度は振り下ろす。

 これで十字だ。

 しかしそれでも止まらずにもう一歩を踏み出して、今度は斜めに切り上げる。

 最後に足は止めて、だけど剣は止めずに逆の斜めからの切り下ろしを。


 姿勢を戻しながら踏み出した数歩を後ろに下がり、剣を鞘に納めた。

 ……うん、まぁまぁ良い感じに振れた気がする。

 ゆっくり息を吐いて、自分の中の気を抜いて行く。


 ふと気付けば周囲で見守る他の弟子達は感嘆の息を吐き、だけど肝心のカエハは、ちょっと難しい顔をして僕を見てる。

 もしかして何か、拙かったのだろうか?

 ちょっと不安になって首を傾げれば、それに気付いたカエハは、一つ頷く。


「その奇妙な剣の話とか、聞きたい事は沢山ありますが、先に評価をしましょうか。まずエイサー、貴方は旅の間も、ちゃんと修練を積み続けたのですね。剣を振る技量は以前よりもずっと高くなってます。えぇ、私は貴方を、誇らしく思います」

 含みを持たせて、カエハはそう言う。

 何だろう。

 褒められてるのに、嬉しいと思う前に、少しばかり怖かった。

 あぁ、でも誇りに思うとの言葉は、うん、やっぱり嬉しい。


「ですが、……エイサー、貴方は旅の間に、何も斬りませんでしたね? そこまで修練を積みながら、何故ですか? 貴方の剣は、綺麗に振るう為の剣であって、戦う為の剣じゃない。まるで以前の、私の剣の様に。或いはもっと不可解な事に、強くなる為の剣ですら、ないのかも知れません」

 カエハの指摘に、僕は返す言葉が出て来なかった。

 一応はカトラスを折ったりはしたけれど、彼女が言ってるのはそういう事じゃない。

 別にカエハは僕を、咎めていないのだろう。

 ただ不思議に思いながら、僕の欠点を指摘している。

 以前に彼女が自らの欠点を克服した時、手助けをした僕が、どうして同じ場所でまだ止まっているのかと。

 たった数度振って見せただけで、カエハがそこまで僕を理解してくれてくれる事が嬉しく、同時に見透かされ過ぎていて、恥ずかしく、怖い。


「それは貴方の良い所だとは知ってますが、……そのままで剣士として先に進めるとは、私は思いません。だから敢えて言いましょう。エイサー、このままでは上手くはなれても、強くはなれない。貴方の欠点は、闘争心の欠如です」

 だからこそ、カエハの指摘は僕の心に突き刺さる。


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