七章 剣では断てぬ、その呪い

第61話


 抱えていたウィンと荷を地に下ろして弓を取り出すと、手早く弦を張って矢を番える。

 一体何が起きるのかと、不思議そうに首を傾げるウィンに僕は笑みを浮かべると、ヒョウと音を立てて矢を上空に放つ。

 そして弓を荷の上に置いて両手を前に出せば、その僕の手の中に、長い首を射抜かれた鳥が一羽、降って来た。

 そう、今晩の夕飯の食材だ。


 もうすぐ日が暮れるし、次の町はまだ遠い。

 するとどうしても今晩は野営をしなきゃならないから、食材の確保は手っ取り早く。


 別に種も仕掛けも何もない一射だったが、ウィンには魔法の様にでも見えたのだろう。

 目を輝かせて僕を見てる。

 僕は割と弓が得意だから、ウィンが興味を持ってくれるのは嬉しいけれど、……残念ながら彼に弓を教えるにしても、それはもう少しばかり身体が大きく育ってからだ。

 それよりも今は、ウィンには大切な仕事があった。


「さぁ、ウィン。この鳥の羽を一緒に毟ろうか。美味しく夕食が食べたかったら、手早く準備をしないとね」

 長い首を切って逆さまにし、血を抜いた鳥から羽を毟る。

 そうする事で初めて、鳥の躯は食材となるのだ。


 勿論、まだ人間で言う所の四歳程の年齢でしかなく、力の足りないウィンに手伝って貰うよりも、僕一人で羽を毟った方がずっと早い。

 でも食べては運ばれ、少し歩いては運ばれ、また食べて寝るだけの生活を送っていると、彼にだって鬱憤は溜まるだろう。

 だからどんな形でも、僅かでも、自分が役に立つのだと、ウィンには感じて欲しいから。

 僕は彼と鳥を挟んで、チマチマとその羽を毟る。



 軽く塩を振って焼いただけの鳥肉と言う夕食を終え、僕はウィンを膝に抱えながら、焚き火の中でクルクルと回る火の精霊を眺めてた。

 さて一体、この火の精霊は何でこんなに回ってるんだろうか。

 同じ火の精霊でも、どうやら彼、または彼女は、随分と変わり者の様である。

 精霊は宿る環境にも大きな影響を受けるけれども、それ以外にも個々に僅かな違い、特徴はあるのだ。


 例えば炉に宿る火の精霊にも、張り切ってガツガツ火力を上げるのが好きな精霊もいれば、ゆっくりじっくりと火力が上がっていく方が機嫌の良い精霊もいる。

 それは環境、炉の構造に影響を受けてる場合もあるけれど、火の精霊がせっかちだったりのんびり屋だったり、個性で決まる場合もあった。


 お腹が膨れたウィンは眠いらしく、体温が温かい。

 今日の食事は、ジャンぺモンの町で食べていた物に比べたら、どうしても味は落ちる。

 野外で手の込んだ事は出来ないし、そもそも僕は料理が得意でも不得意でもないから、当然ながらプロが作る物とは比較になる筈もないだろう。


 けれどもまぁ、その割にはウィンは沢山食べてくれた。

 旅に疲れて腹が減っていたのか、それとも鳥の羽を毟るのが楽しかったからか。

 どちらにせよ、良く食べれば眠くなる。

 それは自然の摂理であり、彼の成長を促す良い現象だ。


 僕は荷からマントを取り出し、抱えたウィンを覆う様に、すっぽりと被る。

 季節的には、もう随分と夜は冷える様になって来た。


 そしてその時、ふと気付く。

 あぁ、目の前でクルクルと回ってる火の精霊は、僕等が少しでも暖かくなる様に、少しでも熱を発しようと、届けようと頑張ってくれてるのだと。

 彼、または彼女の回る速度は、風が吹き込むと速くなる。

 随分とまぁ、優しい火の精霊だ。


 僕はなんだか、焚き火から発せられる熱がより暖かくなったような気がして、追加で拾い集めた枯れ木を火に放り込む。

 すると火の精霊は回転を止め、僕に向かってペコリと綺麗な一礼をして、……再びクルクルと回り始めた。



 僕等は今、ジャンぺモンから西に小国家群を抜け、カーコイム公国の地を踏んでいる。

 実は一番早くルードリア王国に辿り着くのは、小国家群内の川を船で移動し、ザインツ、ジデェールを通るルートだ。

 川を遡る場合でも、船は徒歩に比べれば大分と早いし、ザインツ、ジデェールを通るルートの方が移動する距離も短い。


 では何故、敢えて遠回りになるカーコイム公国を通るルートを僕が選んだのかと言えば、それはザインツ、ジデェールを通るルートだとルードリア王国には東部から入る事になるから。

 要するにエルフによる、と言うか、より正確には僕が起こした地揺れを直接体験し、エルフに恐怖を抱いた東部の民の前を、僕一人なら兎も角として、子供であるウィンを連れては通りたくはなかった。

 その点、周辺国と友好的な関係を築き、人や物の流れが活発なカーコイム公国を通るルートならば、ルードリア王国への旅人も決して少なくはない。

 勿論、エルフであると目立つ事は避けられないにしても、トラブルに巻き込まれる可能性は随分と低くなるだろう。


 ……そんな風にトラブルを避ける為にわざわざ時間を掛けて遠回りするなんて、自分でも少し、らしくないなぁとは思うけれども。

 今の僕は、この腕の中にある暖かさこそが大事だから、これで良かった。


 人と人の関係、しがらみは、縛りであり、重石である。

 それは確かに自由な動きを封じる荷となるが、その重みは決して不快な物じゃない。

 やがてそのしがらみから放たれる時、僕はきっと軽くなった腕の中を寂しく思い、しかし以前よりもずっと自由な心でどこへでも行けるのだ。

 僕はその時を恐ろしくも思うし、楽しみにも思う。

 どうせ長過ぎる人……、ハイエルフ生だから、重い荷を守りながら地を這い回る時間も、愛おしい。


 周囲に気を配って警戒しながらも、僕は何時しか浅くウトウトとしていて、ふと気付けば空は白み始めてた。

 焚き火はもう、消えている。


 何時か再び、僕はあの変わり者の火の精霊を、焚き火の中に見る日は来るだろうか。

 そろそろウィンが粗相をする前に、起こしてトイレを済まさせよう。

 その後はもう少しばかり寝かせてあげて、今日中には次の町に辿り着きたい。

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