第62話
ルードリア王国の王都、ウォーフィールは、国中から人と物が集まる大きく栄えた都市だ。
僕が初めて王都に来た時も、今も、それは全く変わらない。
尤も向けられる視線の質は、以前とは多少違っていて、好奇や畏怖に、後は嫌悪等もちらほらと。
ウィンが僕にしがみつく力が少し増したから、僕は彼の背を軽く撫でて宥めながら、知った道を歩く。
因みに門を通る際は、以前に王都で暮らした時の記録が残っていたのか、上級鍛冶師の免状を見せれば意外とスムーズに入れて貰えた。
「お、……おおっ、 居候のエルフの旦那じゃないか! あぁ、そうかぁ、戻って来たんだなぁ!」
道場までの道を歩いていると、不意に親し気な、嬉しそうな声を掛けられる。
そちらを見ると、……えっと、確か、多分、以前に良く利用した商店の主人らしき男性だ。
以前に見た時と違って、見事に頭が禿げ上がってるから印象が違い過ぎて自信はないけれど、恐らくは間違いないと思う。
「あーっ、えっと、肉屋の?」
ちょっと自信なさげな問い掛けになってしまったが、僕の言葉に男性、肉屋の主人は破顔して呵々と笑う。
あぁ、どうやらちゃんとあってたらしい。
「おうよ、前に肉切り包丁を作って貰った肉屋だよ。随分と久しぶりだねえ。まぁ色々あったって噂は聞くからな。あぁ、カエハちゃんの道場に行くんだろ? だったらちょっと待って、……これを持ってってくれよ」
そう言って肉屋の主人は、近くにある彼の店に駆け込んで、一頭分はあるだろう大量の豚肉を持って来る。
いや、いやいやいや、重いよ。
流石にこのままでは持てそうにないから、僕は一度ウィンを下ろして手を繋ぎ、空いた片手で肉を担ぐ。
うん、やっぱり凄く重い……。
でもそれは、再会を喜ぶ好意の重みだ。
ちょっとやり過ぎだろうって思うけれども、まさか道場に辿り着く前から、こんな風に再会を喜んで貰えるとは思わなかった。
「ありがとう。また多分、暫くは王都に居るから、良かったら新しい肉切り包丁も作るよ」
だから僕は、自然と口元が綻んでしまう。
どんな時でも、人の好意は僕を嬉しくさせてくれる。
「おうさ。頼むぜエルフの旦那。それからそこの坊ちゃんも、肉が欲しけりゃおじさんの店に来なよ。王都で一番良い肉を揃えて待ってるからな!」
最初は肉屋の主人の外見に、少し驚き戸惑っていたウィンだけれど、彼の明るい雰囲気と、何よりも肉って言葉に反応して、ちょっと嬉しそうに頷いていた。
ウィンと右手を繋ぎ、左手で重たい肉塊を抱えて、僕は道場前の階段をえっちらおっちらと登る。
道場の中からは掛け声の様な物も聞こえて来て、以前とは違って随分と賑やかだ。
どうやらカエハは、無事にヨソギ流の立て直しに成功してるらしい。
僕等が門を潜ると、……カエハの弟子だろうか?
素振りをしていた男達が手を止めて、こちらにやって来る。
「何者か? ここはヨソギ流の道場だ。関係者以外の立ち入りは……、えっ、エルフ?」
そして僕の顔を見て、来訪者がエルフである事に戸惑った様子を見せる弟子達。
僕はその中の、ちょっとお人好しそうな顔をしてる一人を選んで、ほいとばかりに肉塊を押し付けた。
いや、いい加減にそろそろ重いのだ。
ウィンの重みなら僕だって頑張って抱え続けるけれども、豚肉は、そう、好きではあるけれども愛せない。
戸惑いながらも素直に受け取り目を白黒させてる弟子の一人は、僕の見込んだ通りにお人好しの様子。
さて、僕はこちらを囲む弟子達、ひの、ふの、みの、……八人の男達を見回して、どうしようかと首を傾げる。
懐かしさについつい何も考えずに入って来てしまったが、そりゃあ弟子達の立場からしたら、急に入って来た不審者は止めるだろう。
以前は誰も居なかった道場が、こうして護られている所を見ると、なんだかどうにも少し嬉しい。
「関係者か。……うぅん、今でも僕はここの関係者の心算なんだけれど、ねぇ?」
そう口にして奥を見れば、道場の中から凛とした雰囲気の一人の女性が、こちらに向かって歩いて来てた。
威厳、威風すら身に纏ってて、思わず見間違えてしまいそうになるけれど、彼女はまた少し年を重ねたカエハで間違いがない。
ただ一つだけ僕が驚いたのは、
「えぇ、そちらの彼は間違いなくこの道場の関係者です。以前に話した事があるでしょう。この道場を建て直し、それから旅に出た一番弟子の話を」
カエハの左右に並ぶ二人の子供の存在。
右が男の子で、左は女の子だが、共に七、八歳位に見えるその子供達には、間違いなくカエハの面影があった。
その二人が僕を見る目には、緊張、警戒、そして期待の色が浮かぶ。
「エイサー、十年にもまだ少しだけ早いですが、お帰りなさい。その子は……、成る程、貴方らしいですね。寝泊まりは以前と同じ部屋を、その子と二人で使うと良いでしょう。それから、母にも顔を見せて来て下さい」
カエハは懐かしそうに目を細めて、口元を緩める。
すると凛と張り詰めていた彼女の雰囲気は和らいで、その事に周囲の弟子達が少し驚く。
もしかしてカエハは、弟子達に怖がられてるんだろうか?
ちょっと気になったけれど、まぁ良いか。
それは僕が、少なくとも戻ったばかりの僕が気にする事でも、口を出す事でもない。
僕は周囲に一礼をして、それから戸惑う様子のウィンを抱きかかえて、……以前も暮らしたカエハの家に向かう。
いやちょっと、隣を通る時に鍛冶場の様子が気になったのだけれど、それは取り敢えず後回しにした。
今は兎に角、カエハの母に帰還の報告と、それからウィンの紹介をして、またウィンにもこの場所に慣れて貰う事が先決だ。
鍛冶はそれからでも、何時でも出来る。
でもそろそろもう一度、魔剣を打ちたいなぁとも思う。
この道場には魔術の適性のある人間が、果たしているだろうか?
オディーヌを出てから気付いたのだけれど、魔剣を使うだけならば、魔術の適性さえあれば良かった。
つまりは魔術師である必要はなく、特に術式の知識は不要なんじゃないかとも、そう思うのだ。
あの頃は魔剣を完成させる事ばかりに夢中で、それをどう使うかなんて、僕もカウシュマンも考えもしてなかったけれども、今頃は彼も、同じ気付きを得てるかも知れない。
だとすれば未来に魔術師ではない魔剣士や、魔剣を作れる知識と技量を持った魔剣鍛冶師等が誕生する可能性も、決して皆無ではなかった。
あぁ、でも、うん。
それは後回しで、未来のお楽しみだ。
今は懐かしい人達との、再会を存分に喜ぼう。
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