六章 ハイ&ハーフと麦の町
第51話
さて、少し地理の整理をしよう。
と言っても僕もこの大陸の国々を余さず知ってる訳じゃないから、今回はルードリア王国を中心にした周辺国家の事を話す。
まずプルハ大樹海を東に出た位置に、ルードリア王国は存在してる。
ルードリア王国は周辺国に比べても国土が広く、西部で接するプルハ大樹海からは魔物の素材や森の恵み、北部の山地からは鉱物資源、東部の穀倉地帯からは豊富な食糧が得られ、国力的にも文化的に安定した大きな国だ。
また数年前に多くの貴族が失脚した事で、王家は直轄地を増やして強力になり、集権化が進んだらしい。
故に一見盤石の体制が築かれている様にも見えるが、統治者である貴族の数は減り、逆に国内の魔物の数は着実に増加傾向にあり、この先にどう転ぶかはまだまだ不透明だ。
そんなルードリア王国の南にあるのがパウロギア。
このパウロギアの大きさは、ルードリア王国のちょうど半分位だろうか。
あまり詳しくは知らないのだけれど、確かパウロギア産の陶磁器は評価が高いらしい。
ルードリア王国とは仲が良く、その食糧支援を受けて、南のヴィレストリカ共和国と争っている。
次にパウロギアの右隣、東にあるのがカーコイム公国。
ルードリア王国の南東、ヴィレストリカ共和国の北東に位置する国で、……実はサッと通り過ぎただけだから、この国もあまり良くは知らない。
カーコイム公国はルードリア王国、パウロギア、ヴィレストリカ共和国の何れとも友好的であり、人と物が流れる通り道である。
それから時には、パウロギアとヴィレストリカ共和国の争いを調停する事もあるんだとか。
因みにカーコイム公国を北東に行けば、オディーヌを含む小国家群に辿り着く。
ではそのカーコイム公国から北に進めば、ルードリア王国と小国家群に挟まれて、ザインツ、ジデェールと言う二つの国がある。
この二つの国は以前はルードリア王国とも、小国家群とも戦争をしていたそうだけれど、今は小競り合いも殆どなく、比較的穏やかな関係を築いているらしい。
と言うのも北東に、小国家群からすれば北に、ダロッテと言う好戦的な国が生まれた事で、そちらに注力せねばならなくなったから。
つまりルードリア王国の西はプルハ大樹海で、南にはパウロギアとカーコイム公国、東はザインツとジデェールと言った具合の位置関係だ。
では最後に残ったのは北になるけれど、ルードリア王国の北側は基本的に山地が多い。
中には人が踏み入るには険し過ぎる場所もあって、……その奥にドワーフの小国が存在するらしい。
また山地の更に北側にはフォードル帝国と呼ばれる大国があり、ルードリア王国とは敵対関係にある。
険しい地形が幸いしてまだ大規模な戦争には至っていないが、互いに山間に砦を築き、睨み合い、小競り合いを繰り返してる。
……うん、実に長い説明だったけれども、と言う訳でルードリア王国を出たエルフ達が移り住んだのは、パウロギアやカーコイム公国、ザインツとジデェールにある森。
そして例の件で生まれたハーフエルフの子を迎えに行く為に、僕は小国家群を後にしてザインツの首都、スゥィージの宿で知人の女エルフ、アイレナと落ち合う。
エルフである彼女は数年ぶりに再会しても、初めて知り合ったあの日と、殆ど姿は変わっていない。
「お久しぶりです。エイサー様。……確か前回も、こうやって再会しましたね」
僕の部屋に入って来て、そう言って笑うアイレナは、思ったよりも明るい顔をしていた。
どうやらルードリア王国との交渉は、それなりに前に進んでいるらしい。
彼女曰く、確かにルードリア王家は処刑した貴族家の領地を接収して力を増したが、同時にその増えた直轄領の民の扱いに関しては苦慮しているのだとか。
そう、ルードリア王国の東部の民は直接地震を経験し、あの災いが再来する事を酷く恐れてる。
だからエルフが未だにルードリア王国を許さず、謝罪を求めている事に対しても、同様に強い恐れを抱いた。
王家にエルフへの謝罪を求める嘆願は数年を経ても途切れずに、それが叶わぬならばせめて別の地に移り住みたいと願う。
再びあの災いが、エルフの怒りが、より強い形で降り注ぐだろう東部からは逃れたいと。
更にエルフが去った森から魔物が流出して来る数が増えた事も合わさって、民の不安はより大きく広がり、東部の収穫は落ち込みつつあるそうだ。
ルードリア王国の食糧庫とも呼ばれる東部の収穫が落ち込めば、影響は王国内のみに留まらない。
例えば、そう、これまで行われて来た、ルードリア王国からパウロギアに対する食料の輸出量も、当然減少する。
国内の食糧の値上がり、情勢の不安化、他国への食料輸出支援の滞り。
そしてそれ等の変化は王家が東部の地を直轄領とした後に起きていた。
幾ら王家がその原因は処刑した貴族達にあると主張したところで、問題の解決を求める声は止まないだろう。
幾らルードリア王国が強い国であっても、否、強い国であるからこそ、国内が不安に乱れていれば他国はそこに付け入ろうと動く。
故にまだしも状況の制御が利く間に、王家は事態の解決を図ろうとアイレナとの、つまりエルフとの交渉のテーブルに着いた。
恐らくルードリアの現王は一年か二年後、然程に遠くない間にエルフへの謝罪を表明し、その事態を防げなかった責を取って王の座を退く事になる。
次代の王にはまだ年若い王太子が、現王の弟である大公を補佐、後見人にして継ぐらしい。
ルードリア王国内の混乱がそれで全て収まるかどうかは王太子と、その後見人である大公の実力次第だが、エルフとしてはそれで問題は一応の解決だ。
王家の謝罪を受け入れ、増え過ぎた魔物を間引き、希望者を故郷の森へと戻す。
……魔物の間引きに関しては、恐らくは僕も参加を要請されるだろう。
勿論、全てのエルフがそれで人間を許せる筈もないし、人間がエルフに対して抱いた恐怖の感情も消える訳じゃない。
けれどもそれ以上の責任は、もう誰にも取れやしないから。
この話はそれで終結し、残った溝は時間が埋めてくれる事を待つばかり。
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