第50話


「エイ、ダー、ピットス、ロー、フォース!」

 定められた文言を正確に発音する事で、僕の放出した魔力は炎の塊と化して、手の平から撃ち出された。

 着弾と同時に炎は炸裂し、的となった岩は粉々に砕け散る。


 パチパチと、周囲で見守る三人の魔導士が、その結果に手を鳴らす。

 先程僕が行使したのは、爆裂する火球の魔術。

 発動に多少の時間はかかるが高い火力を持つ攻撃の魔術で、これを行使出来る事は、一人前の魔術師として認められる条件の一つだった。

 そう、今行われているのは、魔術師としての認定試験だ。


 正直、僕は自身が魔術を使えたら、見習魔術師でも一人前の魔術師でも、他人からの評価は何でも良いのだけれども、周囲としてはそうはいかないらしい。

 何故ならカウシュマンが他に弟子を取らないから、彼を魔導士にするには、唯一の弟子である僕が魔術師になるより他になかった。

 実に難儀な話である。


 本当は周囲の魔導師達も、エルフである僕を魔術師として認めたくはないのだろう。

 まぁ実際にはハイエルフなので、彼等が思うよりも遥かに精霊は大きな力を貸してくれるが、そんな事は敢えて言う必要もない。


 しかし魔道具研究の分野において、カウシュマンは色々と功績を立て過ぎた。

 勿論、魔剣の存在も、その功績の中の大きな一つだ。

 故にカウシュマンを魔導士にしなければ、彼より功績の低い他の魔術師が、魔導士になる道を閉ざされる。

 一介の魔術師が並の魔導士よりも大きな名声を集めると言うのは、オディーヌと言う都市の権威と秩序に波紋を起こす。


 ……と言った具合に、まぁ兎に角、オディーヌの指導者である魔導士達は、カウシュマンに魔導士になって欲しいそうだ。

 尤もカウシュマン自身は別に魔導士の名誉を欲してないどころか、逆に面倒臭がってるから、本当ならば僕としてはどうでも良い。

 だけど世の中には、自分達の思い通りに行かない目障りな相手を、あれこれと難癖を付けて社会的に、或いは物理的に排除しようと言う輩も存在するから、カウシュマンは魔導士になった方が良いだろう。

 魔導士の地位と名声は彼の身を守ってくれるだろうし、素直に魔導士になれば、他の魔導士からの妙な恨みも買わずに済む。

 

 それ故に僕は、今、この魔術師としての認定試験に、結構本気で臨んでる。

 認定試験の科目は五つあって、そのうちの三つに合格すれば魔術師として認められるが、僕の目標は五つ全ての合格だった。

 攻撃魔術、治癒魔術、汎用魔術、魔術史学の筆記と、術式学の筆記、これ等の全てに合格すれば、……僕は優れた魔術師として認められ、それを育てたカウシュマンも、魔導士として申し分なしと判断されるだろう。

 要するに僕なりの、魔術の師であるカウシュマンに対する恩返しの様な物だ。



 魔術を学び始めて五年が経ち、単独で作った訳ではないけれど、魔剣も無事に完成した。

 そろそろ頃合いだろう。

 これから先の道は、僕もカウシュマンも、それぞれ自身で進んでいける。

 支え合って飛ぶ時期は、もう終わりだ。


 だからこの認定試験が終われば、僕はオディーヌを旅立つ。

 ハーフエルフの赤子が子供となって、周囲と自分の違いに気付く前に、僕は迎えに行かなきゃならない。

 種族の違いがある以上は養子である事は隠せる筈もないけれど、されど幼い頃から周囲との違いを自覚して、苦しむ必要はない筈だ。

 

 僕が旅立ちの理由を話した時、カウシュマンは笑って、

「オレは子供は五月蠅くて好かないが、アンタが育てた子なら見てみたいな」

 なんて風に言っていた。


 ……カウシュマンは、魔道具を作る技術や知識を、誰かに引き継ぐ心算はあるのだろうか?

 彼はこの五年で恋人を作る気配もなかったし、僕の他には弟子も取らなかった。

 ちょっと心配になって来るけれど、いやいや、それは余計なお世話だろう。

 知識と技術が後世に残らずとも、作った物が残れば良いと考えてるのだとしたら、それはそれで浪漫はある。


 そう言えば僕の魔剣だが、カウシュマンの炎の魔剣と対にして氷の魔剣……、なんてベタな真似は当然しない。

 氷の魔剣は確かに格好は良いだろうが、現実的にはあまり意味がないどころか、凍った金属は人体にくっつくから、剣としての使い勝手が著しく悪くなってしまうだけだろう。

 と言う訳で僕の魔剣は、紙の様にとまでは流石に行かないが、それを幾重にも重ねた程の薄い刀身の剣にした。


 あまりに刀身が薄すぎるその剣は、本来ならば間違いなく使い物にならない代物だ。

 アズヴァルド、僕のクソドワーフ師匠が見たら、迷わずハンマーで叩き折ろうとして来る位に、全く以て使い物にならない。

 何故ならその薄い刀身は、ハンマーで叩き折られるまでもなく、剣を打ちあう程度の衝撃でも容易く曲がり、折れてしまうだろうから。

 けれどもその魔剣は、魔力を流せばスレッジハンマーで殴られてもビクともしない程の強度を得られる様に、強度と切れ味を高める魔術の術式が刻んであった。

 魔剣との言葉から連想される様な目立つ効果は一切なしで、執拗なまでに強度と切れ味だけを求めて、術式を何重にもびっしりと。


 故にこの魔剣は、魔力を流さねば薄く脆い玩具の刃だが、ひとたび魔術が発動したら、軽さと鋭さにおいては比類なき剣となる。

 まぁ癖の塊の様な剣だから、扱うには物凄くコツがいるが、僕にとっては最良の剣だろう。


 またこの剣を納める鞘には魔術の適性試験の時に使用した金属、魔力を引っ張り出す不思議な特性を持った、妖精銀と呼ばれる金属を少しばかり使ってみた。

 妖精銀はある種の魔物が食べた物を磨り潰して消化する為に鉱石を取り込み、その結果として体内で精製される金属だ。

 これにより鞘に納めた剣を肌身離さず持つだけで、不慮の事故に耐えてくれるだろう程度の強度の強化はずっと維持される。

 身に帯びるだけで勝手に魔力を吸う剣なんて、悪い意味で実に魔剣らしくないだろうか?


 魔力を流せるならばとの前提は付くが、誰が使っても、誰が見ても、間違いなく強いと判断されるだろうカウシュマンの魔剣。

 一方、僕以外にこの魔剣の真価を認めてくれそうなのが、今の所は他に剣の師であるカエハ位しか思いつかない、マニアックな僕の魔剣。

 こう言う形で対になるのも、それはそれで面白くて良いと思うのだ。


 僕にとってカウシュマンは、確かに魔術を教えてはくれたけれど、それでも師であるとの認識は殆どなく、悪友か、……或いはライバルと言った関係の方がしっくりと来る。

 ここまでは協力し合って同じ道を歩いて来たが、この先は独自に、彼より先に進むとの決意を込めて、全く別の形の魔剣を完成させた。



「カウシュマン・フィーデルの弟子、エイサー、術式学試験、……合格だ」

 何故だか僅かに悔しそうに、魔導士の一人が僕に五つ目の合格を言い渡す。

 当然の結果……、とまでは言わないが、そうなるだろうと自信を持っていた結果に僕は満足し、認定試験を行ってくれた魔導士達に丁寧に礼を言う。


 カウシュマンは涙で別れを惜しむタイプじゃないから、僕も敢えて大仰に別れの言葉を告げる気はなかった。

 今生の別れになるかどうかなんて、今の段階じゃわからないのだ。

 もしも引き取るハーフエルフの幼子が魔術師になりたいと言い出せば、このオディーヌに連れて来る事もある。

 その時はもう、カウシュマンもきっと良い中年……、いや、老年にすらなっているかもしれない。

 そんな彼と新しく作った魔剣を見せ合うのは、恐らくきっと、とても楽しい事だろう。


 そうして認定試験から数日後、僕はオディーヌの議会が発行した魔術師の証明書を手に、カウシュマンのアトリエを出て、町を発つ。



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