第49話


 剣に紋様を刻むと言うのは、術式云々は別にして、それなりに良くある事だ。

 別に紋様を刻んだからと言って剣が頑丈になる訳でも切れ味が良くなる訳でも、重量が大きく増したり軽くなる訳でもない。

 あ、勿論、ほんの少し、誤差程度には重量も変わるし、剣のバランスも変わる。


 では何の為に紋様、装飾を施すのかと言えば、簡単に言ってしまえば格好良いからだろう。

 しかしこれは別に馬鹿にした話でなくて、見た目というのは意外に大事な物だ。

 素っ気も何もない鉄剣を構えた戦士と、流麗な紋様が施された剣を構えた戦士、どちらがより手強く見えるかと言えば、状況にもよるが後者の場合が多い。

 また飾り気のない剣よりも、優れたデザインの装飾を施された剣では、握った当人の心も多少変わる。

 そしてその多少の変化が、戦いの結果に影響を及ぼす事は、実は決して少なくなかった。

 それは己を鼓舞する為に施される、戦化粧にも通じる所があるだろう。

 

 要するに何が言いたいのかと言えば、僕は剣に装飾を施すのも上手いよって自慢である。

 尤も装飾を施した剣を品評会に出しても、ルードリア王国で一番と言われる鍛冶屋には勝てなかったのだけれども。

 ……当時は剣技の習得に心を傾けてたから然程に何も思わなかったが、今思い返すと結構悔しい。

 あのドワーフの名工の作には、今でも勝てる気がしなかった。


 ま、まぁさて置き、僕は装飾を施した剣を提出し、それなりに大きな国であるルードリア王国で二位を取った鍛冶師だ。

 故に指定された紋様を正確に、術式としての繋がりを持つように配置して刻む事など、全く容易くなくて物凄く苦労したけれど、一応は可能だった。



 完成した魔剣を見て、カウシュマンが声もなく震えてる。

 感動と、歓喜と、悔しさに。

 量産した剣に術式を刻んで魔術の発動を確認した試作ではなく、完全に魔剣として一から打ち上げた完成品は、僕としても自信作だ。

 それを目の当たりにした感動と、魔剣が形となった歓喜に、しかしそれを打ち上げたのが自分でないという悔しさ。

 どれもわかるし共感も出来るが、……今の僕は魔剣を打ち上げるのに精も根も全て注ぎ込んでしまったから、正直喋る事さえ億劫だった。


 剣としての完成度、バランスを確かめる為に、僕は既にその魔剣を数回振ってる。

 確認をせずして完成とは言えないから。

 但しそれは、剣としての完成度の確認であって、魔力を流して魔剣としての完成度を確かめる事は、まだしていない。

 それは、そればかりは、カウシュマンの役割だろうと思ったから。


 僕と彼が出会った事で、この魔剣は完成した。

 だけどその出会いの運命を引き寄せたのは、僕じゃなくてカウシュマンだ。

 故にこの剣を、最初に魔剣として振るうのは、そう、彼こそが相応しい。


 僕とカウシュマンが出会ってから四年。

 その四年間の全てが、その魔剣には詰まってる。

 震える手で柄を握り、彼が剣に魔力を流す。

 刀身に刻まれた紋様、術式が光り、その刃が炎を纏う。

 高熱を発する炎は鋼の刃にも影響を及ぼすが、魔剣の刀身が歪む事への対策として刻まれた復元の魔術が、刀身のみならず炎の熱に負ける刃をも元の状態に戻してる。


 実はこの、刀身の歪み対策に関しては、僕とカウシュマンで意見が分かれた。

 彼は剣の素人であるがゆえに、使い手に優しい復元の魔術が合理的だと思ったらしい。

 しかし僕は魔剣の使い手ならば、それに相応しい実力を持つべきだと考えて、刀身の保護は硬度を高める魔術で行う事を主張したのだ。


 勿論、双方にメリットデメリットは存在する。

 例えば復元の魔術を刻まれた剣は、刀身の強度自体が増した訳ではないので、一度に大きな衝撃を受けた場合は、復元の魔術の術式自体が歪んでしまって壊れるかも知れない。

 硬度を高めて刀身を保護する方法だと、咄嗟の攻撃を防ぐ際、魔術の発動が間に合わずに受けて刀身が小さくでも歪めば、それを修復する手段がないので、歪みは少しずつ蓄積して行く。

 どちらも一長一短で、優劣は使い手の好み次第だろう。

 まぁ僕は刀身の歪みを自分で修復できるから、別にどちらを使っても問題はないけれども。


 さて置き、僕は今でも刀身の保護は硬度を高める方が好みに合うが、……この刃に炎を纏わせる魔術と、復元の魔術の組み合わせが、ピタリと噛み合ってる事は否定のしようがなかった。



 カウシュマンが、ゆっくりと炎を纏った剣を振る。

 正直へっぴり腰で握りも甘くて、何時すっぽ抜けるかわかったもんじゃないから、僕はサッと物陰に隠れた。

 疲れていてもリスク管理は大切だ。

 今の彼に何かを言う程に無粋じゃないが、それでも見てて怖い物は怖い。


 剣士でないカウシュマンの素振りは見てて怖いが、それでも本当に楽しそうで嬉しそうで、僕も素直に羨ましく思う。

 あぁ、僕も早く自分の魔剣を打ちたいし、完成させて握って振りたい。

 既に刻む術式は、僕の希望通りに彼が選定してくれて、配置も完璧に決まってるのだ。

 尤も今は体力も精神力も空っぽだから、……多分数日は思いっ切り寝て、取り掛かるのは一週間後くらいになるだろうけれども。

 今の僕は、多分ゆっくりと休むのが困難であろう位に、その日が楽しみで仕方なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る