第48話


 魔術の修練は、実は凄く単純だ。

 魔術師の実力とは、即ち扱える術式の数。

 要するに魔術の修練とは、基本的には術式に対する知識量を増やす為の、勉強である。


 幸い、僕は興味がある事に関しての記憶力は良い方だった。

 尤も頭の出来が良いかと言うと、阿呆とか気狂い呼ばわりは良くされるので、あまり自信はないけれど。


 カリカリと羽ペンを動かして、書に記された紋様、術式を紙に写す。

 何だかんだで結局は書き写す事が、僕にとっては一番覚えが早い方法だ。

 紋様の術式は兎にも角にも、正確さが最も重要である。

 いや、正確さが重要でない術式なんてないけれど、紋様は特に完璧に形を再現しなければ意味を成さない。


 最初にこの紋様を発見した人は、一体何がどうして、これで魔術を試そうと思ったのか。

 今でこそ数が揃い、術式となる紋様にも一定の法則が発見されているけれど、最初の一つ目なんて何のヒントもなかった筈なのに。

 術式を知れば知る程に深まるその疑問に、僕は首を傾げながらも、手を止めずに見本通りに書き写して行く。


 僕が魔術を学び始めて、三年が経つ。

 思い付きから作った護身用の魔道具、杖は、当初は魔道具と言うだけで魔術師達には見向きもされなかったけれど、ある出来事が切っ掛けで爆発的にとまでは言わずとも、オディーヌでは広く知られ始めた。

 その切っ掛けとは、小国家群の北部、北ザイール王国に対するダロッテ軍の侵攻が本格化した事だ。

 それを受けて北ザイール王国は小国家群の各国に対する、アズェッダ同盟の発動を要請し、オディーヌからも軍属の魔術師達が北部に派遣される。


 カウシュマンは軍属ではなかったし、当然ながら僕もその北部派遣に関しては無関係だった。

 ただ魔術学院の一つ、軍用魔術学院の生徒達が、支援隊として北部派遣に同行する事になる。

 そしてその際、一人の軍用魔術学院の生徒がお守り代わりに、僕とカウシュマンが作った障壁の魔術を発動する短杖を買い、……そのお陰で北部の戦場で命を拾う。

 何でも後方宿営地に夜襲を掛けて来たダロッテ軍の騎馬を、その生徒は半ばパニックに陥りながらも障壁の魔術で防いだらしい。


 見習いの魔術師が奇襲を受けて生き残る。

 これは軍属の魔術師達にとっては驚くべき事だったらしく、障壁の短杖は一気に注目を浴びる。

 そしてその安定性を評価した軍は、軍属の魔術師の正式装備として、障壁の短杖を採用したのだ。

 そう、これにより魔道具は、その存在価値が示された。


 今のオディーヌで、魔道具を専門に研究していた物好きは、カウシュマン唯一人。

 故に彼はこの分野での第一人者となる。

 名が知れた事で共同研究の申し込みが相次ぎ、彼に弟子入りを志願する見習いも多く現れた。

 その見習いを育てて一人前にすれば、カウシュマンは魔導士にだってなれたに違いない。

 けれども……。



「あーっ、もう、研究発表とかうぜぇ。今まで興味も示さなかった奴に幾ら説明したって無意味だろ……」

 向こうの机で、半月後の研究発表の為に資料を纏めるカウシュマンが、机に突っ伏して力尽きてる。

 彼は共同研究の申し入れも、弟子入りの志願も、全て興味がないとばかりに追い返してしまったのだ。

 自分が魔道具を作る時間が、魔剣を打つ為に鍛冶技術を鍛える時間が、足りなくなるからとけんもほろろに。

 カウシュマンにとっては魔導士の地位よりも、自身が何を作れる様になるのかの方が、余程に重要なのだろう。


 でも共同研究はしないし、弟子入りも断るでは、彼の他に魔道具を研究する人材が出て来ない。

 折角、軍が短杖タイプの魔道具を正式装備としたのに、カウシュマン以外に魔道具を研究する魔術師が居なければ、……利権とか色々で困る人が出る。

 何故なら紋様の術式は、その使い勝手の悪さから、これまであまり研究がなされて来なかったから。

 よってお偉方に呼び出されて説得されて、彼はしぶしぶながらに、今までの研究成果の発表だけは引き受けたと言う訳だった。


 まぁ、カウシュマンが愚痴を言いたくなる気持ちは良くわかる。

 しかしそんな事よりも、僕の興味は彼の研究発表が終わった後だ。

「そんな事よりさ。その発表が終わったら、そろそろ魔剣の試作だね。カウシュマンが考えた術式を、僕が剣を打って刀身に刻む。楽しみで仕方ないから、早く研究発表なんて終わらしてね」

 それは慰めでも何でもなく、単に僕の欲求をぶつけるだけの言葉。


 だけどカウシュマンは。

「あぁ、そうだよな。こんな事に時間使ってられねぇよ。オレもさっさと終わらせるから、先に素体になる剣の量産を頼んだぜ」

 そんな言葉で意欲を取り戻し、起き上がって資料を片付け始めた。


 僕の知識量ではまだ、最良の術式を選択する事は難しい。

 またカウシュマンの鍛冶の技量は、仮にもドワーフを師としただけあってセンスは良いが、それでも未熟の一言だ。

 これでは互いに、剣の強度を落とさぬ様に刀身に、正確な紋様を刻んで術式とするなんて、まだまだ出来やしないだろう。

 但しそれでもお互いに、今後の目途は付いて来た。


 今の調子で二年程を修練すれば、互いに完璧には程遠くても、その後の道を自分で模索出来る様になる。

 それに後二年すれば、僕もハーフエルフの子供を迎えに行かなきゃいけないし。


 故にその二年後、自分達で道を模索する様になって以降、お互いに目指す目標として、共作の魔剣を一本ずつ所持しようと言う話になったのだ。

 今の互いが持てる、全ての技術を費やして。


 勿論、さっき僕が言った通り、先ずは試作から。

 魔剣と言う武器を作るには、まだまだ問題が多い。

 例えば意図通りの効果を発揮する魔剣が打てたとしても、武器として使う間に刀身に歪みが生じれば、紋様も歪んで術式としての役割を果たさなくなってしまう。

 それを避ける為に敢えて刀身に歪みが生じ易い、負荷を他から逃がす部分を作って、そこには紋様の刻印を避けるのか。

 或いは魔術で刀身を保護するのか。

 前者は剣としての使用に不安が残り、後者は攻防の最中は常に剣に魔力を流し続ける必要がある。

 他にも複数の方法を考え、試して、最良を探さなきゃいけない。


 つまりとても楽しい試行錯誤の時間が待ってる。

 だからカウシュマンには、さっさと研究発表なんて終わらして貰いたい。


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