第35話


 ジャンぺモンの町は麦の中に浮かぶ石船なんて詠われるだけあって、麦の生産が盛んだ。

 まぁ土地が肥沃なのはジャンぺモン、トラヴォイア公国のみならず小国家群の国は多くがそうなのだけれども、他の国は林檎や葡萄の産地として知られていたりと、栽培されている物にも特色がある。

 勿論、麦は主となる食料だから、どこでも生産はされているけれども。


 しかしそれはさて置いて、麦の生産が盛んなトラヴォイア公国では、その食べ方も大いに研究されてるらしい。

 空きっ腹を抱えて降りた一階の食堂で出された夕食は、ホワイトソースを絡めて食べる大盛りのパスタ。

 削いだベーコンが散らされていて、食べ応えも中々だ。

 それから皿に残ったソースを付けて綺麗にする為の小さなパンに、ワイン。


 本当に小麦だらけで笑ってしまうが、味は決して悪くないどころか、素直に美味しい。

 食べてる時はするすると胃に収まるが、その後はずっしりと腹の中で存在を主張し、満足感を与えてくれる。


 食事の余韻に浸りながらワインを楽しんでいると、

「空いたお皿下げますね。エイサーさん、美味しかった?」

 宿の少女が綺麗に空になった皿を見て、笑みを浮かべながら問う。


 僕は頷き、身体を洗う湯も欲しいと、食事代と一緒に湯の料金も出して、彼女に頼む。

 湯は重いし少女に運ばせるのは気の毒だから、一階に来たついでに持って上がりたい。

 食事にも十分満足したし、この町で滞在する宿は、もうここで良いだろう。



 翌日、ジャンぺモンにあるトラヴォイア公国の鍛冶師組合を訪れた僕は、少し戸惑われながらも丁重な扱いを受けた。

 ただでさえエルフが珍しいであろう都市国家に、エルフの鍛冶師なんてものが現れたなら、その戸惑いもやむなしだ。

 鍛冶場は組合が保有する設備を借りられる事になり、早速だが仕事も引き受ける。


 尤も幾ら上級鍛冶師の免状を持っているとは言え、突然現れた流れ者にあまり重要度の高い仕事は回されない。

 その手の仕事を任されるに必要な物は、その町で培った信用なのだ。

 と言う訳で引き受けたのは、町の衛兵隊が使う槍の穂先を、一週間後の期日までに見本通りの形に十本以上作る仕事。

 素材は鉄。

 余分に作った穂先も、鍛冶師組合が責任を持って報酬を支払ってくれるらしい。

 設備の利用料、燃料代、材料費は鍛冶師組合持ちで、報酬は穂先一本に付き、銀貨一枚。


 まぁ報酬は多少安めだが、流れ者の鍛冶師に任せられる仕事としては、そんな物かとも思う。

 ドワーフの名工に学んだ上級鍛冶師と言う肩書が物を言った、ルードリア王国での鍛冶とは違うのだから。


 課されたノルマは一日二本弱だが、買い取りに上限がないなら遠慮は要らない。

 ノルマ通りに打てば一週間に銀貨十枚の仕事で、滞在費を差し引けば大した金額は手元に残らないが、ノルマの二倍、三倍の数を作れば話は全く別物になる。

 見た所、見本として渡された穂先の出来はあまり良くないし、もう少しマシな代物を、出来る限り多く作るとしよう。

 折角の久しぶりの鍛冶なのだから、張り切って、尚且つ楽しんで、僕は仕事に取り掛かった。


 炉が発する熱と、流れる汗が心地良く、槌を一振りするごとに自分の集中力が増していく。

 また僕自身の腕も思った程には鈍っておらず、炉の中に棲む火の精霊が、パチパチと火の粉を散らして僕を応援してくれる。

 でも火の粉に当たると流石に熱いから、それはちょっと要らないかな……。


 そして夕方までに、磨きと仕上げ以外の工程を終わらせた穂先は五本。

 仕上げは明日で、それから納品だ。

 明日は今日の分の穂先を磨いて仕上げる作業もあるから、……新しい穂先を作るのは四本位が精々か。

 今の作業にもう少し慣れれば、作る数も増やせるだろう。


 今日の作業を、途中から鍛冶師組合の職員達が、入れ代わり立ち代わり見学に来てた。

 物珍しさもあったのかも知れないが、彼等の口から出たのは、純粋に僕の技術を称賛する声。

 いやはや、他人に褒められると言うのは、照れ臭いけれど嬉しい物だ。


 だけどこうして鍛冶に没頭していると、ふとアズヴァルドの、僕のクソドワーフ師匠の罵声を懐かしく思う。

 ハイエルフの長い時間感覚からすれば、彼との別れはそんなに前の事じゃないのに。



 感傷に浸りながら、宿への帰路に就く僕を、鍛冶師組合の職員達が見送ってくれる。

 今日は作業に夢中であまり話が出来なかったが、慣れて作業速度が上がったら、もう少し彼等とも交流してみよう。

 今の宿の食事には満足しているけれども、地元の人間だから知ってる類のお勧めの店にも食べに行きたいのだ。

 その時は、彼等も一緒に食べに行ってくれると、嬉しいのだけれども。


 しかしそれはさて置き、今晩の宿の夕食は何だろうか?

 ホワイトシチューだったりすると、僕的にはとても嬉しい。

 吹く風が、まだ熱の残る身体には心地良く、疲労感はあるけれど、僕の足取りは軽かった。


 そう、満足感のある一日と言う奴だ。

 恐らく今晩は、きっと良く眠れるだろう。

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