四章 旅と気まぐれ

第33話


 東の小国家群とは、元々アズェッダ帝国と言う名の大国が後継者争いで滅茶苦茶になった時に、各都市が好き勝手に独立して生まれた都市国家が集まる地域の事だ。

 小国家群の国々はどれもとても規模が小さく、都市が一つとその周辺の村々だけで構成される国が過半数を占める。

 この地域には十数個の都市が存在するが、最大規模の国でも精々三つの都市を保有しているに過ぎない。


 要するに言い方は悪いが小魚の集まりなのだけれども、では何故この小魚が周囲の大魚に食われてしまわないのかと言えば、彼等は外敵に対しては一致団結して立ち向かうからだった。

 アズェッダ同盟と言う名のその盟約は、小国家群が他の地域から侵略を受けた時に発動され、その時ばかりは都市国家間の諍いも全て棚上げし、外敵に対して連合軍を興す。

 それはまるで、小魚が集まって大魚を模した群れを作るが如く。


 小国家群の都市と都市は、資源を巡って争うこともあり、普段は別に仲良しこよしと言う訳ではない。

 しかし同時に彼等は他の都市が存在するからこそ、自らも立っていられるのだと正しく理解をしている。

 なので貿易や防衛に関しては、アズェッダ同盟以外にも取り決めや、暗黙の了解が幾つもあるそうだ。

 そしてその中の取り決め、或いは暗黙の了解によって成り立っている物の一つが、この地域が小国家群となって以降に新たに建設された都市、オディーヌ。


 オディーヌは一国の規模では周辺国家に大きく劣る小国家群の国々が、それでも時に戦の趨勢を左右する事もある魔術師の育成、魔術の研究を行う為に金を出し合って作られた、魔術の為の都市だった。

 またその恩恵を一国が独占しない様にと、小国家群の国々が金を出し合って作られた都市ではあるけれど、オディーヌは都市国家として独立している。

 故にそこは魔術の国、オディーヌと呼ばれているのだ。


 はい、説明終了。

 地元の人間でもなければ、そもそも人間じゃない僕には、些かややこしくて理解が面倒くさい地域である小国家群だが、オディーヌに行けば優れた魔術師に出会える可能性が高い事はわかってる。

 仮に師となってくれる魔術師には巡り会えなかったとしても、魔術の為の都市を見て回るだけでも、僕の好奇心を満たしてくれるだろう。


 知人のエルフであるアイレナには、ヴィレストリカ共和国のサウロテの町を出る前に、オディーヌを目指す旨を記した手紙を送ってる。

 だからオディーヌで暫く過ごしていたら、何らかの形で連絡は届く。

 尤も出した手紙が絶対に届く訳じゃないと言う辺りが、前世に生きた世界に比べて、この世界の困った所ではあるのだけれども。

 まぁその時はその時だ。

 オディーヌに辿り着いて以降もサッパリ音沙汰がなければ、もう一度こちらから手紙を送れば良い。


 何にせよ、今の僕に出来る事は目的地を目指して歩くのみ。

 だって馬車は酔うからね。

 結局、ヴィレストリカ共和国では試さなかったけれど、僕は船にも酔うんだろうか?

 揺れ方が馬車とは全く別物だろうし、上手くすれば酔わずに乗れるかもしれない。

 そうすると随分と旅を出来る範囲も広がるから、……今度サウロテの町に行く機会があれば、ドリーゼに頼んで乗せて貰おう。



 街道を北東にひたすら歩けば、吹く風も変わる。

 潮風は遠くに置き去りになって、今は高い所を西風が吹く。

 下から空を眺めると、悪戯を思い付いたかのように風の精霊が西風の中から地表近くまで降りて来て、びゅうと強い突風を吹かせて笑うのだ。


 僕は風の精霊の悪戯に、長旅用の日除けの帽子が飛ばない様に頭を押さえた。

 吹き抜ける良い風に、僕は思わず笑みを浮かべる。

 風を受ける翼でもあれば、さぞや良く飛べるだろうに。

 そうすれば馬車酔いする僕であっても、素早くこの世界を移動出来るのだけれども。

 まぁ言っても仕方ない話である。


 するとその考えを察したかのように、びゅうびゅうと風が背を押して吹く。

 だから僕はトントンと、その背を押す風に乗るかの様に、跳ねて前へと進む。

 いや勿論、そんな真似をしても鳥ではなく、単なるハイエルフに過ぎない僕は飛べたりしないが、風の精霊は楽しんでるみたいなので良しとしよう。



 街道を黙々と歩いていると、後ろからガラガラと音を立てながら馬車がやって来る。

 僕が街道を逸れて道を開ければ、御者は馬が歩む速度を少し緩めながら、

「よう、兄さん。乗ってくかい?」

 親切にもそんな風に問う。

 恐らくは町から町へと荷を運ぶ商人なのだろう。

 馬車には固定された沢山の荷と、武装した男が二人乗っていた。


「大丈夫だよ。ありがとう。馬車はどうも苦手でね。のんびり歩いて旅してるんだ」

 僕の言葉に御者、商人は納得した様に頷いて、こちらに向かって片手を上げて、馬車は通り過ぎて行く。

 

 馬車酔いが嫌で断りはしたが、それでも親切を向けられれば気分は良い。

 僕が思わず馬車に向かって手を振れば、護衛だろう武装した男達が手を振り返してくれる。

 中々に気の良い人達だった。

 彼等の旅の安全を吹く風に祈り、僕は再び街道を歩く。


 小国家群の最初の国は、もうそんなに遠くない。

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