第32話


 先日の襲撃で捕縛した人数は、僕を直接襲って来た襲撃者が五名で、砂に埋まった彼等を助けに来て、自分達も埋まった者が十名。

 全員がラーレット商会に所属する船乗りだった為、彼等を警備隊に突き出した結果、商会ぐるみで僕を殺そうとした事はもはや言い逃れが効かない状況となった。

 またその件で警備隊がラーレット商会の取り調べを行ったら、彼等が自分達の権益を拡大する為に、漁師に対して数々の酷い嫌がらせを行っていた事や、商売上の不正等が都合良く発覚する。

 恐らくラーレット商会は、取り潰しになるまでは行かないまでも、商会長を含めた幹部も幾人かが罪を問われ、規模を縮小するだろう。


 要するにラーレット商会は、僕への襲撃が言い訳のしようがない形で発覚した事で、トリトリーネ家から切り捨てられたと言う訳だ。

 でなければ、あんな風に都合良く他の罪が纏めて発覚する筈もない。

 或いは幾つかの件に関しては、トリトリーネ家がラーレット商会に罪を押し付けた可能性だってある。

 まぁ旅人を商会ぐるみで殺そうとした件が、しかもボロ負けして発覚すると言うのは、商業を柱とするトリトリーネ家にとってそれだけ大きな醜聞だったのだ。


 勿論だからと言って、サウロテの町が抱える問題が、これで解決した訳じゃない。

 傘下の商会の一つが規模を縮小した事で、確かにトリトリーネ家は多少のダメージを負ったが、パステリ家がこの機に乗じて相手を潰しに動くなんて展開はないのだ。

 ラーレット商会や、或いはドリーゼ達の様な漁師は理解をしてなかったとしても、トリトリーネ家やパステリ家は、互いの存在が町にとってどちらも欠けてはならぬ物である事を理解してる筈。

 両家は傘下の船乗りや漁師を適度に争わせてガス抜きをさせ、権益の綱引きをしながら町を発展に導いている。

 だから今回の件は、要するに暴走気味な強硬派だったラーレット商会の一人負けで終わるのだ。

 些か以上の急展開だった割には、結局何も変わりはしない。

 まるで全てが予定調和であったかの様に。


 つまり僕は、もしかして誰かに都合良く使われたのだろうか。

 疑い出せばキリがなく、深く考えれば考える程に怖いから、僕は思考に蓋をする。



 僕はそれからもグランドの店で食べて飲んでを繰り返し、結局一月近くもサウロテの町に滞在して、魚介類を満喫した。

 そして今日は、この町で過ごす最後の夜だ。

「はい、十足のイチヤボシ。エイサーさん、これ好きよね。でも最近、これとか八足を頼む人すっごく増えたのよ。お陰で忙しいったらありゃしない」

 そう言って笑いながら、イカの一夜干しを焙った物をテーブルに運んで来てくれたのは、給仕の女性であるカレーナ。

 まぁ彼女が忙しいのは店の繁盛のせいだけじゃないのだけれども。


「忙しいならグランドに言って、人手かお給料増やして貰いなよ。八足も十足も、グランドがもっと色々な料理を増やすだろうから、お客もまだまだ増えるだろうしね」

 その言葉に唇を尖らせるカレーナに笑って、僕は辛口のシードルを口に運ぶ。

 多少の事件はあったが、ここは良い町だった。

 発展しようとするからこそ、その方向性を巡ってぶつかり合いが生じ、問題は起きる。

 それも含めて活気があるのが、このサウロテの町だった様に思う。


 人との関わりも、魚介類も、この一月で十分に堪能した。

 そろそろ良い頃合いだ。


「まぁカレーナも色々と忙しそうだけれど、僕はもう旅立つ心算だから、少しは仕事が減るんじゃないかな」

 僕の言葉に、カレーナは一瞬目を見開いて、こちらを見る。

 そう、僕をずっと監視していた誰かの正体は、このカレーナだ。

 だけれども、だからどうって訳じゃない。


 ラーレット商会が規模を縮小せざるを得なくなって僕どころじゃなくなっても、監視の目は消えなかった。

 つまりカレーナを僕に付けていたのはラーレット商会ではなく、トリトリーネ家かパステリ家か、或いはその両方だろう。

 要するに町中に根を張った間諜の類である。

 グランドがそれを知っているのか、もしくは彼自身もそこに関わっているのか、そこまでは僕にもわからないけれども。

 少なくとも僕は、彼女がラーレット商会をハメたんだと思ってる。

 何の証拠もないけれど、やはりカレーナは最初の日に思った通り、意外と逞しい女性だった。


「確かに、エイサーさん良く食べるから、お仕事も少しは減るかもね。でも寂しがるわよ。ドリーゼも、グランドも、……勿論私も」

 そんな風に言うカレーナに、僕は笑みを向ける。

 確かに、この町で僕を一番見てたのは、他ならぬ彼女である事は間違いないから。

 事情はさて置き、情は湧く。

 互いに口に出せない秘密の関係って言うと、格好を付け過ぎだろうか?


「うん、ありがと。でも多分、またそのうち来るよ。また魚や貝や、八足に十足も食べたいしね」

 僕の言葉に、カレーナは頷く。

 そう、これが今生の別れと言う訳でもないのだ。

 今は魚介類に満足し切っていても、また半年や一年もすれば食べたくなるかも知れないし。

 だからその時まで、この町は今のまま、発展しながらもあまり大きく変化はせずに、僕を待ってて欲しいと思う。


 さぁ、次はどこへ行こうか?

 そろそろちょっと鍛冶もしたいし、いい加減に魔術も学びに行きたい。

 ルードリア王国のその後や、ハーフエルフが生まれるのかどうかも気になるから、どこかに腰を落ち着けて、エルフのアイレナに連絡を取る必要もある。

 そう、取り敢えずはそうしよう。


「明日の朝、北東に向かって旅立つよ。目指すは東の小国家群の一国、魔術の国と言われるオディーヌかな」

 間諜であるカレーナに向かって、僕は敢えて行き先を告げた。

 この言葉に嘘はない。

 僕は敢えて行き先を告げる事で、カレーナが報告を行うであろう雇い主に、敵意がないとのメッセージを送ってる。

 彼女なら、この言葉の意味を正しく理解するだろう。


「えぇ、また会える日を楽しみにしてるわ。エイサーさん、その時は私に、ちゃんと町を案内させてね」

 カレーナのその言葉に僕が右手を掲げると、彼女はパチンと軽い音を立て、僕とハイタッチを交わす。


 そうして僕は、サウロテの町を後にした。

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