三章 海と漁師と船乗りと
第26話
「うーみーだーあーっ!」
こちらの世界に生まれてから初めて全身に浴びる潮を感じさせる風に、僕は思わず叫び声をあげる。
でもその叫びは決して不快だったからじゃなくて、湧き上がるテンションを抑え切れずに飛び出た物だった。
ルードリア王国の南の隣国、パウロギアを越えて更に南に進むと、ヴィレストリカ共和国と言う、南方を海に面した国に辿り着く。
ヴィレストリカ共和国はその名の通り共和制の国で、君主が存在せずに名家による議会と、議会から選ばれた元首によって統治される国だ。
決して国土が広い訳ではないのだが、海洋貿易で大きな利益を上げ、その豊かな財を以って強力な兵団を抱えている。
南下して港を得たいパウロギアとは国境での小競り合いも多く緊張状態が続き、それを食料の輸出で支援するルードリア王国も、ヴィレストリカ共和国との関係はあまり良くない。
なのでルードリア王国からパウロギアを通り、ヴィレストリカ共和国に至る道のりは決して平穏とは言い難かったが、それでも僕がこの国を目指した理由は唯ひと……否、三つ位。
そう、この世界に生まれて随分と経つけれど、僕はまだ海産物を口にした事が一度もなかった。
知らなければ知らなかったで何も問題のない話ではあるのだけれど、僕は前世の記憶で海産物の味を知っている。
ふとそれを思い出してしまったら、どうしても食べたくてたまらなくなって、街道を使わずに草原や森を通って国を一つ越え、僕は海へとやって来たのだ。
いやもう、本当に、すごく大変だったけれども。
それから海を越えてやって来る舶来の品々にも興味がある。
ヴィレストリカ共和国はこの大陸の沿岸部にある国々だけではなく、完全に海を越えた南方大陸とも取引をしてるそうだから。
もしかすると僕の想像も付かない物にだって、この地でなら巡り会えるかもしれない。
最後にルードリア王国では色々と思うところもあったから、何も考えずに遠くへ来て、広い海が見たかったと言うのもある。
まぁしかし取り敢えずは海産物だ。
僕は特に貝類が食べたい。
醤油があれば最高だけれど、それは期待をし過ぎだろう。
魚醤ならもしかしたら、頑張って探せばあるかも知れないが、いやまぁ塩味でも貝は美味い筈。
あぁ、バターを落とすのも良いかも知れない。
期待感に胸を躍らせ、僕はヴィレストリカ共和国の港町の一つ、サウロテの町の門に並んだ。
ヴィレストリカ共和国の町への入場には、当然ながらルードリア王国の町である、ヴィストコートの市民権は身分証としては使えない。
また上級鍛冶師の免状ならばこの国でも通じるだろうが、旅をするエルフはただでさえ目立つのに、鍛冶師であると喧伝すれば尚更だろう。
だから僕は修行中の旅の剣士と称して、身分証を提出せずに、金で解決して町へと入った。
ヴィレストリカ共和国では身分証を出さずに町に入るには、銀貨三枚が必要である。
ルードリア王国の三倍もの金額だが、逆にキチンと身分証を提示すれば出入りは無料なんだとか。
どうやらヴィレストリカ共和国は、商業の活性化を促す為に身元の確かな者は町の出入りがし易く、その反面、間諜の類を締め出す為に身元の保証がない者に関しては出入りが厳しくなってるらしい。
だから僕も、町に入る際は質問攻めの嵐だった。
先ず年齢と名前。
次にどこから来たのか、どこへ行くのか。
この町には何をしに来たのか。
どのくらい滞在するのか。
……等々。
でも多分、僕はエルフだから、これでも比較的質問は軽めだったのだろう。
何せエルフは目立ち過ぎるから、間諜に適性がある筈もない。
だけどルードリア王国から来たって事に関しては、衛兵を少し警戒させた様だったけれども。
「すまないね。エルフの兄さん。うちの国はどうにも北からのちょっかいが多くてね。旅人は色々と調べざるを得ないのさ。それはさて置き、ようこそサウロテの町へ。お望みの魚介類はホント美味いぞ。楽しんで行ってくれ」
身分証を持たない者を調べる為の別室で、二、三十分程の質問攻めの後、僕を担当した衛兵はそう言って街中に通してくれた。
まぁまぁ、僕には仕事熱心な衛兵を責める心算など欠片もない。
質問を長引かせて賄賂を要求されたなら兎も角、衛兵が職務に手を抜かないのは、この町の治安が乱れていないと思える要素である。
しかも彼は、自身がお勧めだと言う店を、三つも教えてくれたのだ。
僕は期待感に唾を飲んでから、衛兵に礼を言って街中を歩く。
因みに何故お勧めの店を三つも教えてくれたのかと言えば、一つは旅人向けに癖の強い貝料理や生の魚、カルパッチョの様な料理は出さない初心者向けの店。
もう一つは地元の住民が食事処として使う中級者向けの店で、最後の一つは、漁師達が獲った魚介類を直接持ち込んで酒を飲む上級者用の店だった。
勿論僕は、迷うことなく上級者向けの店に向かう。
だって漁師が獲れたての魚介類を持ち込んでる、港に近い店だ。
絶対美味しいに決まってる。
この町ならどこで食べても鮮度に間違いはなかろうが、それでもどうせならその中から一番を選びたいのが人情だろう。
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