第24話
何時までも立ち話と言うのも何なので、場所を道場の中へと移す。
本来は道場主であるカエハが、一番物珍し気に周囲をきょろきょろと見回してると言う絵面が、どうにも面白くて思わず笑いが零れてしまう。
まぁ彼女は道場の図面は見ていても、完成には立ち会えなかったから仕方ない。
「お久しぶりです。エイサー様。今日は囚われた同胞の救出に、エイサー様の力をお借りしたく、クレイアスに貴方の所在を聞いて、カエハさんを紹介して貰って案内して頂きました」
着座すると同時に深く頭を下げた知人の女エルフ、アイレナは、そんな風に話を切り出した。
彼女曰く、どうやらルードリア王国の貴族の一部が、秘かにエルフを奴隷として捕らえ、所有しているのだと言う。
物語としてはありがちな話だが、果たしてそんな事が貴族とは言え人間に可能なのかと思わず首を傾げてしまうが、アイレナは僕が抱いた疑問を察したのか、
「エイサー様がご存じのエルフは、私を含む冒険者になった変わり者か、或いは深い森の方々でしょう? 大樹海の外、普通の森に住む一般的なエルフは、私達の様に戦い慣れはしてません」
少し困ったように笑って、そう言葉を口にする。
精霊に語りかける事は出来ても、上手く力を借りられるか、それを戦闘に利用出来るかどうかは、また別の話らしい。
だから人間が武力でエルフを捕獲するのは、決して不可能じゃないそうだ。
つまりその貴族とやらは、私兵を使って領内の森の集落を襲い、戦闘を得意としないエルフを捕らえたのだろう。
閉鎖的なエルフの集落がどうなろうと、多くの人は気付きもしない。
「また囚われたエルフは精霊との繋がりを断つ為、視覚を奪い、感覚を狂わせる薬を定期的に服用させられています。拠り所となる精霊との繋がりを奪い、空いた隙間を埋める様に人間を主として認識させ、……ちょ、調教をするそうです」
恥ずかしいなら言わなくて良いのに、アイレナは必死にその言葉を絞り出した。
成る程。
確かに精霊を認識すると言う繋がりを断たれれば、エルフの精神は非常に不安定な状態になるだろう。
エルフの独自の感覚からすれば、それは世界から切り離されるも同じだ。
そしてそこに唯一の他者として繋がりを持てば、どんな関係であっても好きに構築出来ると言う事か。
不謹慎にも思わず感心してしまう程に、それを考えた誰かは随分とエルフに詳しく、賢い。
エルフは変化に乏しい種族だが、見た目は整っている。
またその変化の乏しさも、絶えず変化する人間には逆に魅力に思えるのだろう。
僕には奴隷なんて物を欲しがる人の気持ちはさっぱりわからないが、需要があるのであろう事は理解が出来た。
「恐らく今回の件は、それとなく国の方でも察してる筈です。しかしそれでも動かないのは、事態に関わる貴族が大物で、軽々に処罰を行えないからでしょう」
今回の件に関わってるのは、ルードリア王国の東部に大きな領土を持つ、侯爵や伯爵と言った大物貴族。
彼等が率先して動き、処罰されずにエルフを秘かに所有すると言う流行を貴族の間に広める事で、やがては正式にルードリア王国でエルフを奴隷として所有出来る法を作る動きが出るだろう。
故に今回の件は単純に、捕まったエルフをこっそり助けるだけでは終わらない。
この流れを断ち切るには、発端となった侯爵や伯爵が責を問われて処罰を受け、国がエルフに対して公的に謝罪をする位に、事を大事にする必要がある。
人間は世代が変われば痛みを忘れてしまうから、寿命の長いエルフが再び同じ災いを受けずに済むようにするには、国に痛みを刻まなきゃならない。
「……だから君じゃなくて、僕の力が必要なんだね」
攫われたエルフを助けるだけなら、アイレナの力で充分だ。
彼女は現役の七つ星の冒険者で、人の世界への影響力は僕より遥かに強い。
だけど今回の件を大事にするには、アイレナの影響力だけではとても足りないだろうから。
まずその侯爵や伯爵の領地で、誰の目にもわかる程の大きな破壊を起こしてエルフの怒りを演出し、その隙に囚われたエルフを助け出す。
次にルードリア王国の中にある全てのエルフの集落が、今回の件を非難して、国外の森へと移り住む。
エルフが住むのは自然の力が強い森が多いから、彼等がどこかへ行ってしまえば空いて管理されなくなった土地を魔物が利用し、繁殖して増えるだろう。
その結果として起きるのは、森の外に増えた魔物の流出だ。
それが分かっているからこそ、エルフは森を離れたがらない。
愛する森の環境の変化を、彼等は何より嫌うから。
それ故に、エルフ達に移住を納得させ、また移住先の森に受け入れを納得させるには、ハイエルフとしての僕の言葉が必要だった。
そして大規模な破壊には、ハイエルフとしての僕の力が。
そこまでしなければ、ハイエルフと言う劇物に頼らねばならない位に、事態はエルフにとって深刻な物である。
「わかったよ。アイレナ、頭を下げなくて良い。そうなるともう、僕はこの国に住めないけれど、それは君を含む全てのエルフが同じ事だからね。君が悪い訳じゃない」
僕はその結果を受け入れ、アイレナの願いに頷いた。
だけど僕のその言葉に、目を見開いて顔色を変えたのは、隣に座っていたカエハ。
「待って、私は、私はまだエイサーに何も教えていない。まだ貴方に、この三年のお礼を、その前からのお礼を、何も出来てないの!」
カエハは僕の左腕を掴んで、そう強く言葉を吐く。
三年で随分と落ち着きを身に付けた風に見えたカエハだったけれど、間近で見ればその瞳に映る感情の強さは、以前と変わってはいなかった。
僕がちらりと横目で見れば、アイレナはずっと頭を下げたまま。
つまりアイレナはカエハに、詳しい事情は、少なくともこの件の結末に関しては何も言わずに、この場に案内させたのだろう。
だからアイレナが頭を下げているのは、僕に対してだけじゃなく、カエハに対しても同様にだったのだ。
仕方のない話だとは思う。
アイレナにとって大事なのは、多くのエルフを救う事。
その為にはどうしても僕の助力が必要だった。
でも少し、この状況に陥った事に関しては、僕はアイレナが恨めしい。
「いいえ、師よ。僕の目には先程の、貴女の剣が焼き付いています。道標は再び示されました。貴女の居ない三年で、僕が今ここに辿り着いた様に、僕は再びその道標を目指すでしょう」
僕は左腕を掴んだカエハの手に、自分の右手を添えて、そう語る。
そう、何も教えて貰ってないなんて、何も返して貰ってないなんて、そんな事は決してなかった。
投資した以上の物を、僕はもう既に得ているのだ。
今の僕には、ここを去る事に何の不満も……、とまでは言わないけれど、不満は然程に大きくなくて、飲み込み済みの納得済みである。
「でもそれでも、もし仮に貴女が足りないと思うのなら、更に先へ剣の道を進んで下さい。そしてそれを弟子に、或いは貴女の子に継承して下さい」
何しろ僕はハイエルフで、時間はたっぷりと存在してる。
ほとぼりが冷めた頃に、ひょっこりとまた現れて、この続きを教われば良い。
「それが十年後なのか、三十年後なのか、五十年後なのかはわかりません。その時に貴女が居なければ、子や孫、弟子の誰かに教わります」
僕の左腕を掴むカエハの手が、ぎゅうと力を増す。
正直、痛い程だ。
でもその痛みが、彼女が一体どれ程に僕との再会を、僕に剣を教える日々を楽しみにしてくれていたのかが良く分かって、辛かった。
「わかりました。この剣を更に昇華させ、後に継ぐ事を約束します。ですが、駄目です。……許しません。貴方の師は、私です。……ですから、私が生きてる間に、どうか戻って来て下さい」
絞り出す様なその言葉に、僕はカエハの手を離させてから彼女に向き直り、深々と頭を下げる。
カエハの剣は目に焼き付け、彼女の言葉は胸に刻んだ。
僕は果報者である。
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