第23話


 カエハが冒険者となる為に王都を出てから二年目、僕に鍛冶師組合から王に献上する剣を選ぶ品評会があるから、参加して欲しいと依頼が届いた。

 結果は三位で、一位と二位は王都に住むドワーフの鍛冶師。

 二位とはある程度競ったらしいが、今の王は華美な装飾を好む為、実用性を重視した僕の剣は品評会の趣旨に合わなかったらしい。

 そう言う事は先に言って欲しいと思う。


 でも城の騎士長が僕が提出した剣を気に入って購入してくれたらしく、結構なお金にはなったから、結果良ければ全て良しだ。

 しかしその結果として剣を打てと言って来る輩も増えたので、そこは少しマイナスだろうか。


 そして王都にはエルフの冒険者が幾人かいるらしく、僕の噂を聞き付けた彼等に装備を相談される様にもなった。

 最初はエルフの鍛冶師がどんな者かに興味を持って見に来て、顔を見てハイエルフだと悟って跪くまでがパターンだ。

 だが冒険者をしてるエルフなんて誰も彼もが変わり者だったから、僕がそう言った態度を求めてないと一度理解すれば、誰もが普通に接してくれる様になる。

 少しずつ、僕の王都での知り合いが増えて行く。


 因みにこの年、カエハは冒険者としてのランクを五つ星に上昇させている。


 三年目、騎士長が僕の剣を愛用しているらしい影響だろうか?

 鍛冶師組合を通しての依頼に、貴族からの物が増え始めた。

 とは言え相手の身分が何であれ、物を作って納品すると言う作業に変わりはない。


 でも道場にやって来る輩の中に、貴族からの使いが混じる様になった事には辟易としてしまう。

 自分の依頼を優先的に受けろだとか、召し抱えるから領地へ来いとか、食事会に招くだとか、全てお断りはしているが、しつこい様ならやはり風の精霊に吹き飛ばして貰ってる。

 人間の社会では、このルードリア王国では貴族の権力は大きいらしいが、そんな事は関係がない。

 複数人で押し寄せても吹き飛ばし、鍛冶師組合を通して苦情を入れたりしていれば、やがて貴族達も僕がドワーフ以上に頑固で、下手に触るだけ損だと理解したのか、余計な手出しは次第に減って行った。


 またこの年の品評会では、前の年よりも装飾を多めに施したにも拘らず、結果は二位。

 一位を取ったドワーフは去年と同じで、どうやら疑う余地もなく名工らしい。

 尤もこの品評会は、上位はドワーフが占める事が常であり、二年連続でドワーフ以外が、それもエルフの鍛冶師が上位に食い込むなんて、前代未聞なんだとか。

 まぁそもそもエルフの鍛冶師なんて存在自体が、僕以外に居そうにないから、それも当たり前の話だが。


 あぁ、それから肝心の剣の方も訓練は怠っておらず、多分今の僕は、冒険者となってヴィストコートへ行く前のカエハと同程度とまでは言わずとも、近い水準で剣を振れるだろう。

 何せ僕の脳裏には、今も剣を振るあの時のカエハが焼き付いていて、それを手本に訓練を続けているのだから。

 ここ迄は謂わば、整備された道を歩いて来たような物である。


 そしてこの年の終わりに届いた手紙には、カエハが六つ星のランクに昇格し、あと少しで王都に、この道場に戻って来ると記されていた。



 その日も、僕は午前中に剣を振り、昼にはカエハの母の買い物を手伝って、それから鉄を打つ。

 あの手紙が届いて以降、カエハの母は毎日御馳走を用意して、カエハの帰りを待っている。

 勿論、それ等を無駄にする訳にはいかないから、毎日毎日、残るそれを僕が食べてた。

 カエハが早く帰って来てくれないと、僕は間違いなく太るだろう。


 炉に焙られて流れ出る汗を布で拭うと、開いた戸から風が吹き抜けて僕の肌を冷やした。

 鍛冶場は閉め切る物だが、敢えて戸を少し開け、些かの風が入る様にしてる。

 それは、そう、今の様に道場に近付く者があった場合、こうして風の精霊に教えて貰う為だ。

「うん、教えてくれてありがとう。出迎えに行くよ」

 僕は腰に剣を吊るして、道場の門へと向かう。


 この胸の期待感通りなら、こうした番犬の役割も今日が最後だ。

 だけど世の中は、僕のそう思う通りに行かない物だった。

 門の中で暫く待つと、階段を登り切り、中に入って来た姿は二つ。


 一人は間違いなくカエハ。

 冒険者になる前は、少女と呼ばれる年頃の終わりだった彼女も、今はもう立派な大人の女性になっている。

 身に纏う雰囲気も随分と違う。

 自分が全てをどうにかせねばと、背伸びをしてもがくばかりだった少女はもうおらず、背伸びをした高さにその身が追い付いた、落ち着いた風情の女性がそこに居た。


 だが問題はその隣に立つ一人。

 僕は、僕も良く知るその人物の姿がここに在る事に微かな予感を覚えながら、剣を抜いて構える。

 すると僕の意図を察したのか、カエハもまた同じ様に。


 互いの視線が絡んだ次の瞬間、僕と彼女は同時に踏み出し、剣を振るう。

 剣と剣がぶつかり合う音はしなかった。

 ただ僕の振った剣は、綺麗に中ほどから断たれている。

 ぶつかり合うのではなく、ただ一方的に剣が斬られた。

 故に音はしなかったのだ。


 ……剣の質で言うならば、僕が持っていた剣の方が上等だった筈。

 何故ならカエハが手に持つのは、三年前に僕が鍛えた剣であり、先程斬られた剣は半年ほど前に打った物。

 僕の鍛冶の腕は三年前より少し上がってるから、僅かではあっても間違いなく、出来はこちらの剣の方が良かっただろうに。

 それを物ともしない圧倒的な技量の差で、僕の剣は断たれた。


 成る程。

 これが今の、三年で幾つもの実戦を経験し、練り上げて昇華したカエハの剣か。

 あぁ、それは驚く程に、美しい剣技である。

 実戦を通して磨いたはずなのに、荒々しさを全く感じさせないどころか、気品すらある。

 僕はそれを目の当たりにして、思う。

 彼女を待った三年間は、決して無駄ではなかったのだと。

 たった三年で、これほどに鮮やかで大輪の花が咲いたのだから


「お帰りなさい、カエハ師匠。……それからお久しぶり、アイレナ。僕の力が必要なんだね?」

 再び道標は、この目にしっかりと焼き付けた。

 だから斬られてしまった剣には可哀想な事をしたけれど、この結果には満足だ。

 故に僕は問う。

 カエハと共に現れた、恐らくは厄介事を運んで来たアイレナに。


 この地に留まり、カエハに剣を教わる時間は、恐らくないのだろうと予感しながら。

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