第22話


 大勢の大工が敷地内に入り、ヨソギ流の道場だった廃墟を解体して行く。

 その手際は実に良く、みるみる間に、とまでは言わないものの、ハイスピードで解体は進む。

 鍛冶師組合が紹介してくれた大工集団だけあって、その腕は確からしい。

 持つべき物は、やはりコネの力と言う奴だ。


 カエハが冒険者として旅立つにあたって、僕はこの道場の建て直しを提案した。

 と言うのも彼女の大事な母親を任された以上、その傍をあまり長く離れる様な真似はしたくない。

 しかしそうなると鍛冶師組合から頼まれる鍛冶仕事もままならないので、いっその事この敷地内に鍛冶場を造ろうと考えたのだ。

 ならばどうせならば、道場も一緒に建て替えてしまった方が、工事が一度で終わる分だけ楽だし、何よりも割安で済む。


 尤も道場を建て直す程の大工事には、僕の手持ちの金も殆どが吹き飛んでしまうけれども、鍛冶場が出来れば鍛冶師組合からの仕事を受けて、それなりに稼げるから然程の心配もない。

 カエハは物凄く申し訳なさそうな顔をしたけれど、これはどちらかと言えば僕自身の為だから問題はなかった。

 寧ろ敷地内に鍛冶場を置くスペースが貰える分、僕が得をする……、とまでは行かずとも、少なくとも一方的に損をする訳ではないのだ。

 それに僕だって道場は型と素振りの訓練で使うし。

 カエハがずっとそうして来たみたいに、彼女が戻るまでは、僕は目に焼き付けたヨソギ流の模倣を一人で続ける。


 そして少しカエハを可哀想に思うのは、彼女はもう間もなく冒険者としてヴィストコートの町へ旅立つ為、この道場の完成を見届けられない事だろう。

 大工から設計図を見せられて、一番嬉しそうに、楽しそうに声を弾ませていたのはカエハだっただけに、道場の完成には半年以上の時間が掛かると聞いた時の彼女は、絶望感溢れる顔をしていた。

 何しろ僕の鍛冶仕事の都合上、真っ先に取り掛かるのは鍛冶場の建設からである。

 僕はそんなカエハの重過ぎない、寧ろお手軽な絶望の表情は、結構好きだ。


 カエハの母は、娘が冒険者となる事にも、道場の建て直しにも、異論は挟まずに頷く。

 思う所がない訳では、勿論ないだろう。

 夫を失った彼女の、残された最後の一人の家族が、自ら危険に飛び込もうと言うのだから。

 だけどそれでもカエハの母は、娘を抱きしめはしても引き止めず、それから僕に礼を言った。


 とても強く、気高い女性だと、そう思う。

 だからこそ任された以上は、彼女をキチンと守らねばならない。

 少なくともカエハが成長して無事に帰って来るまでは。



 それから季節が二つ程変わる頃、道場は完成した。

 とは言え僕のやる事にはあまり大きな変化はない。

 精々が、これまで外で振っていた剣を、道場の中で振る様になった位だ。


 朝起きれば食事をいただいてから剣を振り、昼になればカエハの母の買い物に付き合う。

 買い物が終われば鍛冶場に籠り、夜になれば寝る。

 打ち上がった武器防具は、鍛冶師組合の職員が引き取りに来て、燃料の木炭や素材の金属、それから金を置いて行く。


 剣の訓練を始めてから、不思議と鍛冶の腕もまた一つ上達した。

 恐らく身体の動かし方に思いを巡らす時間が増えたから、武器の重心や防具が及ぼす動きへの影響に関して、理解がより深まったからだろう。


 でも新しい道場は大きいからどうしても目立つし、そこに腕の良い鍛冶屋が居るって噂が広まれば、妙な輩も集まって来る。

 自分は名のある武人だから武器を打てだとか、立派な道場もまともに使われないのでは勿体ないから自分が使ってやるだとか。

 そんな戯言を言う為に、月に一人か二人は愚か者がやって来るのだ。

 この王都、ウォーフィールはルードリア王国中から人が集まって来る都市だと言うが、どうやら愚か者も国中から集まって来るらしい。


 勿論、多少の腕自慢が来た所で、例えば風の精霊に頼めば、彼等はいとも容易くそれを吹き飛ばす。

 流派の道場にやって来た相手を精霊の力であしらうのはどうかと僕も少し思うけれども、弓矢で射たり剣で斬ると、どうしても過剰に傷を負わせてしまう上に、血が流れてしまう。

 折角の新しい道場や、敷地内が血で汚れるなんて業腹なので、やはり風で吹き飛ばして貰うのが一番手っ取り早いし後腐れもない。

 しかしそれでも、こうも度々やって来られると、その相手をする事にも多少の嫌気がさして来る。


 相手が組織に所属していたら、その拠点を潰す事で根から断つ手も使えるのだけれど、大抵は流れ物の武人もどきで、名を上げたい小さな流派の所属者が時折混じる位だ。

 つまり碌な拠点は持っていない相手ばかりだった。

 三大流派の様に大きな組織からのちょっかいがないのは幸いと思うべきか、叩き潰して見せしめに出来ない事を残念に思うべきか。

 なんて風に物騒な方向に思考が行くと、以前のクレイアスの手紙に書かれた心配事をあまり笑えなくなってしまう。


 手紙と言えば、冒険者になったカエハからは大体月に一度、依頼の関係で間が空いた場合でも二月か三月に一度は、手紙が届く。

 ヴィストコートから王都へ、魔物から得た素材等を運ぶ商人が、一緒に手紙も持って来てくれて、馴染みの商店まで届けてくれるのだ。

 それを受け取り最初に読むのは、勿論カエハの母。

 返事の手紙を出すのも彼女で、僕は届いた手紙を次に読ませて貰うだけである。

 と言うか定期的に手紙でやり取りできる程、僕は筆まめじゃないから、伝えたい言葉はカエハの母からの手紙にそっと添えて貰う位が丁度良い。


 まぁ返事の話はさて置き、送られて来る手紙の内容だが、近況報告が半分程で、残りは嬉しかった出来事や悩み事、時には愚痴の様な物が添えられている事もあった。

 酒場で骨付きの肉が出て来た時、カトラリーを求めれば、手で掴んで食べろと笑われた。

 臨時のチームとして一緒に討伐に出かけた男性冒険者から、帰還後に口説かれて対応に困った。

 他にも実戦で気付いた事や、戦いの最中に失敗してしまった話等々。


 手紙からはカエハの喜びや苦悩が、一つ一つ伝わって来て、僕も彼女の母も、それが届くのを楽しみにしている。

 何でもカエハは、冒険者となって一年で、冒険者チームではなく単独で、四つ星ランクの冒険者となったらしい。

 要するにそれは固定のチームを組んでいないと言う事で、なのに一年で四つ星と言うのは、相当に早いランクアップの速度だ。

 

 早すぎて無茶をしていないか心配になるけれど、ヴィストコートでなら、カエハが前のめりになり過ぎていても、クレイアス辺りが止めてくれるだろうと言う安心と信頼があった。

 と言う事はつまり、彼女は過剰の無理をしてる訳ではないが、それでも早い速度でランクアップ条件を満たしてる。

 要するに今、カエハはランクアップ以上の速度で、実戦で得た経験を自らの血肉とし、実力を上げているのだろう。

 ひたすらに剣を振って積み上げた基礎が、次々に花を咲かせてると言った所か。


 ……それを間近で見れているのであろうクレイアスが、少々妬ましい。

 何せ僕は、師としてカエハを仰ごうと決める程に、彼女の剣のファンであるから。

 この道場にカエハが帰って来るその日が、本当に、本当に楽しみだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る