第21話
「エイサー……、私はどうすれば、良いのでしょうか?」
クレイアスがロードラン大剣術の道場へと向かった日の午後、カエハは剣を振りながら、僕に問うた。
僕も隣に並んで同じ様に剣を振りながら、でもその質問には笑みを浮かべてしまう。
今、カエハはとても弱気になってる。
クレイアスと立ち会い、そして何も出来ずに、自ら動く事すら出来ずに、降参してしまったから。
勝敗ではなく、力量差でもなく、動こうとしなかった自分を、彼女は嫌悪していた。
剣士であり、僕の師であると言う自負も、今は打ちのめされている。
でもその自負は、打ちのめされてはいても、打ち砕かれてはいなかった。
「どうすればって……、もう結論は出てると思うよ。カエハ師匠、だって貴女は、あんな事があった後にもこうして剣を振ってるから。だから未来はその先にある」
そう、あんな事があった直後にも、カエハは剣を振っているのだ。
父を失い、道場を打ち壊され、門下生が去り、母は身体を悪くして、それでも彼女は、たった一人で剣を振り続けた。
その先に未来がない訳が、ないではないか。
少なくとも今は、カエハの隣に僕がいる。
剣を振り始めて一年にも満たない、剣士未満の僕だけれど、それでも彼女は一人じゃなくなった。
以前に比べて前に進んだ。
そして今日、カエハは自分に足りぬ物を知った。
ならば進むべき道は、もう彼女自身が知っている。
勿論その道には、色んな障害があるだろう。
だけどその障害は、カエハにどうにもならぬなら、僕が代わりに打ち砕く。
彼女に背負えぬ荷があるなら、僕が代わりに背負えば良い。
僕にとっての剣の道は、カエハの道と重なっているから。
一蓮托生と言う奴だ。
「後は貴女が、望む道を口にするだけ」
カエハが剣を振る手を止めないから、僕も剣を振り続けて、そう言った。
僕が決めて良いのなら、最善手はカエハとその母が、ヴィストコートへ移住する事だ。
ヴィストコートには僕の家が残ってるし、プルハ大樹海が間近だから魔物相手の実戦経験も積み易い。
ロードラン大剣術や他の流派ともめる事もないし、気の良い人が多いから、カエハの母が家で一人残されて寂しい思いをする事もないだろう。
でも恐らく、カエハはそんな甘くて優しい道は選ばない。
「私はエイサー、貴方に、ずっと甘えっぱなしです。この剣も、母の病も、クレイアス殿の事も。……ですが、図々しくも、もう一つ頼みごとをします」
カエハの剣は、一振り毎に鋭さを増してる。
今、彼女はこうして語りながら心を鍛え、研ぎ澄まして行く。
「私は実戦を経験する為、冒険者となります。ですが母を一人には出来ません。母は気にするなと言うでしょう。ですが母は、たった一人の肉親で、私の心の支えです。……だからエイサー、たった一人の私の、誰よりも頼れる弟子である貴方に、母を頼みたい」
そう言ってカエハは、振った剣をピタリと止めた。
まぁ、成る程。
それが彼女の望みならば、それも良いだろう。
……少しばかり寂しくは思うけれども。
「それが師の望みであるならば。……でも二つ条件があります。一つは冒険者として活動する前に、僕に貴女の防具を作らせる事。もう一つは冒険者としての活動拠点に、ヴィストコートにある僕の家を使う事」
絶対に無事に戻れとは、言わない。
冒険者として活動するなら、何が起きても決して不思議ではないから。
しかしだからこそ、この二つの条件は絶対だ。
武器は勿論だが、防具もなしに冒険者なんて出来やしない。
何せカエハは採取ではなく、実戦経験を積む為に討伐を行う冒険者になるのだから。
僕の持てる技術の全てを使って、彼女の振るう剣を邪魔せず、だけどその身を守ってくれる防具を作り上げる。
またヴィストコートにある僕の家を使う。
つまりあの町での僕のコネを使う事も、同じ位に必要だ。
何故なら道場が壊されて没落したとは言え、カエハは基本的にお嬢さんだった。
或いは道場の敷地内では、お姫様だったと言っても良い。
金の稼ぎ方は下手だったし、随分とお人好しな所もある。
もしも金に窮したり妙な輩に付き纏われれば、実戦経験を積むどころじゃ無くなるだろうから。
僕の家を使えば少なくとも宿代は浮くし、僕の知人達の目もあるから、妙な輩がカエハに近寄り難くもなる。
何不自由なくとまでは言わずとも、日々の生活に追われて鍛錬どころでなくなる事態は避けられる筈だ。
道を決めるのはカエハだけれど、その支援は最大限にさせて欲しい。
それが僕の出す条件だった。
……何と言うか、ふと外の世界に出て来たばかりの僕に、何かと世話を焼いてくれたアイレナを思い出す。
もしかしたら彼女も、今の僕と似た様な気持ちだったのだろうか。
「わかりました。何から何まで……、いえ、感謝します。エイサー、私は必ず、貴方の師に相応しい剣士になりますから。……少しだけ待ってて下さい」
そう言って剣を鞘に納め、振り返ったカエハの瞳には、もう迷いも弱気も存在しなかった。
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