第19話
組合から借り受けた鍛冶場で炉の前に座り、燃える炎の中に踊る火の精霊と対話しながら、僕は精神を集中していく。
うん、とても元気な火の精霊だ。
今日は、と言うか今日から暫くは、カエハの剣の打ち直しと僕の剣の作製、それからそれ等の剣と同じ重さ、近いバランスで、刃を付けない練習用の剣を数本ずつ打つ。
カエハは今の剣を、子供の頃に習ったヨソギ流をベースに、自分で発展させたと言っていた。
つまり今の彼女の現状を考えれば、訓練内容は自然と察しが付く。
即ち唯一人で行える稽古である、素振りと型の訓練だ。
僕はまだカエハから剣を一度も教わらず、ヨソギ流がどう言った物かを軽く聞いただけだけれども、多分この推測は間違いようがないだろう。
そしてカエハから預かった剣を見ればわかるが、彼女は素振りや型の稽古も、全てこの剣を使って行っている。
この剣は、カエハの剣技を共に育てた功労者と言っても過言じゃない。
でも彼女が道場を立て直したいと思ってるなら、これから先は訓練には訓練用の道具を使うべきだと思うので、この際だから何本か用意しておく事にした。
カエハの剣は、この辺りではあまり見られない片側にしか刃の付いていない直刀で、ファルシオンやグロスメッサーの一種だ。
何でもヨソギ流はルードリア王国の外から流れて来てこの地に根を張った剣技で、本来はもう少し違う形の武器、恐らくは刀の様な物を使っていたらしい。
けれどもルードリア王国ではその刀の類は手に入らない為、この形の剣で代用する様になったんだとか。
実は師がドワーフの名工だから、僕は刀の打ち方も一応は教わってる。
だからそれに近い物は何とか打てるのだけれど、しかしそれを渡しても、きっとカエハは戸惑うばかりだ。
もっと時間が経ってから、彼女に興味があるようならば新しく打っても良いし、何なら先に僕が使い始めても良い。
取り敢えず今は剣の重さやバランスは変えずに、質を高める為に打ち直そう。
早朝に目を覚まし、カエハの母が作ってくれた朝食を食べ、まずは森に薬草を採取に出かける。
肺に効果の高い薬草はそんなに日持ちがしないから、なるべくなら毎日の採取が必要だった。
しかし幾ら王都に近い森とは言え、気楽な散歩ついでに寄れる場所と言う訳じゃなく、採取までして帰るとなれば、朝早くに出ても戻るのはもう昼過ぎだ。
故に昼食は屋台で軽く済ませて、そのまま借りた鍛冶場に向かう。
それから夜まで鉄を打ち、カエハの家に戻って食事と風呂を済ませたら、彼女の母の為に薬草を煎じて、薬を一日分用意する。
そしたらもう、翌日の採取の為に睡眠だ。
うん、見事に剣の訓練をする暇が全くない。
とは言え、これは勿論一時的な物だろう。
剣が出来上がれば鍛冶は週に一度か二度に減らせるし、カエハの母の体調が戻れば、薬草を採取する必要もなくなる。
弟子が出来たと張り切っていたカエハには気の毒だし、訓練計画にあれこれ頭を悩ませていた様子なので更に申し訳ないが、もう少しばかり待って欲しい。
まぁ機嫌を取る為にカエハの剣を最初に仕上げ、先に渡したら大層な感動ぶりだったので、多分暫くは大丈夫。
鍛冶は数週間で終わるだろうし、カエハの母の体調も、アプアの実や薬草が効いているらしく良好なので、多分二、三ヵ月もあれば薬草摘みも不要となるだろう。
元々身体が弱い体質らしいので油断は出来ないが、咳が止まって顔色が良くなっているから、少なくとも肺に関しては治癒されつつあった。
カエハも、その母も、それを随分と感謝して、僕に色々と良くしてくれる。
訓練はまだ始まっても居ないが、一つずつ問題が解決されて、先が見えると言う意味では順調だ。
そして鍛冶の日々もそろそろ終わろうかと言う頃、ヴィストコートの町から手紙が届く。
そう、クレイアスからの返事だった。
因みにこのルードリア王国では、遠方に手紙を届ける方法は二種類ある。
一つは馴染みの商人に任せる方法と、もう一つは冒険者を雇う方法だ。
商人とは、たとえそれが店を構えた商人であっても、仕入れを行う関係上、流通を司る者だ。
例えば近所で麦を扱ってる店は、近隣の村々と取引をし、大きな倉庫を持つ商会の傘下で、彼等から仕入れを行って麦を売ってる。
だから麦を売る店ではあるけれど、そこに幾許かの金と共に手紙を託せば、時間は掛かれど近隣の村々には届く。
逆に返事の手紙も、商会を通して店までは届くだろう。
但しこの方法で手紙が届くのは、村に住む個人にではなく、村長に纏めて渡されたりするので、こっそりと手紙をやり取りするにはあまり向かない。
封蝋をした所で、村長によってはそれを確認する権利があると言い張って、開けてしまわないとも限らないから。
なのであまり他人の目に触れたくない手紙や、成るべく早く届けて欲しい時は、金はそれなりに掛かるけれども、冒険者を雇うのだ。
冒険者が集まる組合に預けた手紙は、町を移動する冒険者の手で運ばれて、そこから更に町で雑用をこなす冒険者の手で届けられる。
或いはより金は掛かるけれども、信用出来る冒険者を指名して、手紙を預ける所から届ける所まで、その一人に任せても構わない。
特に指名した冒険者なら、家族でなく直接本人に渡して欲しいや、何日以内に届けて欲しいと言った、細かな条件にも対応してくれるだろう。
クレイアスからの手紙を運んで来たのは、僕も顔を知っているヴィストコートの冒険者だった。
つまりクレイアスはわざわざ指名依頼を出して、この手紙を運ばせたのだ。
僕は手紙を運んでくれた冒険者に礼を言い、ヴィストコートの近況を聞いてから、土産代と称して幾らかの金を握らせる。
手紙を運ぶ料金はクレイアスから受け取っているだろうが、それでもわざわざ王都まで足を運んでくれたのだから、これ位はしても罰は当たるまい。
さて、クレイアスの手紙には、ロードラン大剣術の道場に釘を刺す役割は引き受けるから、何か問題が起きても道場を破壊する前に連絡して欲しいと書かれてた。
それからすぐに手紙は出してくれるらしいけれど、それ以外にも仕事の都合で半年ほど先にはなるが、ロードラン大剣術の道場に直接釘を刺しに、王都を訪れる心算だそうだ。
その時には、是非会って話そうとも。
……ふむ。
一体彼は、僕を何だと思ってるのだろうか。
多少腹が立った程度では、行き成り相手の道場を吹き飛ばそうなんて思わないのに。
まぁ余程の事があった場合は話は別だが、その時は手紙で知らせる暇なんてないだろうから、この頼みは無駄である。
しかしクレイアスが直接来るのか。
冒険者を引退した彼は、それでも冒険者に関わろうと、ヴィストコートの冒険者組合で、剣を教える教官をしている。
多分彼は、僕の今の生活環境を見たがるだろう。
だがクレイアスはロードラン大剣術を扱う剣士だ。
だから彼を、カエハやその母に会わせても大丈夫なのだろうかと、悩む。
例の事件が起きた時、彼は既にヴィストコートの町で冒険者をしていたから、その件には全く関与がない。
だけど理屈と感情は別物だから、それで彼女達が納得出来るかどうかは、不明だった。
流派は違えどクレイアスは、遥かな高みに登った剣士だ。
仮にカエハが彼と友好的な関係を持てれば、それは彼女にとって大きな糧となる筈だけれども……。
でも僕があれこれと悩んでも、仕方のない話でもある。
取り敢えず会うか会わないかは、クレイアスがロードラン大剣術の道場に釘を刺しに来ると教えた上で、カエハとその母に、本人達に決めて貰おう。
無理そうだったらその日は僕も、クレイアスが泊まる宿に部屋を取れば良い。
自分と誰かの関係なら、僕は時に強引に物事を押し進めるけれど。
誰かと誰かの関係は、あまりに繊細で触る事が難しい。
エルフやハイエルフが外を厭うて内に籠る気持ちも、こう言う時ばかりは少しだけ、分かる。
そう、ほんの少しだけ。
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