第18話


 その日のうちに宿を引き払った僕は、新たな師となったカエハ・ヨソギの家の客間に泊めて貰う事になった。

 流石にそれはどうかとも思ったが、弟子の面倒を見るのは師の役目だと、物凄く目をキラキラとさせて彼女が言うのでやむなく折れたのだ。

 警戒してた割に、一度懐に入ると随分と距離が近い。

 恐らく昔、カエハが子供だった頃は、道場で高弟達が寝泊まりをしていて、彼女にとって弟子とはそう言う物だとの思い込みがあるのだろう。

 ……その認識に関しては道場を立て直す、つまり他の弟子を受け入れる前に、速やかに正した方が良い気がする。

 家で待っていたカエハの母も、突然連れて来られた僕の存在には、少し戸惑った表情だったし。


 それからそのカエハの母だが、彼女は胸を病んでいる。

 元々あまり体が丈夫ではなかったらしく、夫が亡くなり、道場が打ち壊され、残った資産を少しずつ食い潰す生活に、少しずつ身体を弱らせてしまったそうだ。

 カエハの大道芸は、そんな母の薬を購入する費用を稼ぐ為だったらしいのだけれど、その薬を見れば森の薬草を煎じた物だったので、次回以降の分は僕が近くの森で採って来る事にした。

 一応、僕はこれでもハイエルフなので薬草摘みなんて朝飯前と言うか、もっと効きの良い薬草だって簡単に見つけられるから。

 木々に聞けば教えてくれるし。


 とりあえず今日の所は、アプアの実を擦って飲ませた。

 朽ちぬアプアの実は身体を賦活させるから、少なくとも安物の薬よりは余程に良く効くだろう。


 それからついでに、ヴィストコートへの手紙も出しておく。

 宛先は勿論、元白の湖の剣士、クレイアスだ。

 冒険者の最高位である七つ星まで上り詰めた剣士は、ロードラン大剣術にとって非常に大きな存在である。

 故にクレイアスの方から、ロードラン大剣術に釘を刺して貰える様に頼んだのだ。

 ヨソギ流が道場を立て直そうとする様を見ても、余計な気を起こさない様にと。


 僕としては、別にロードラン大剣術を敵視する理由はない。

 もし仮にちょっかいを掛けて来た時は、相応の対処をする心算だけれど、もめ事が起きないならそれに越した事はなかった。

 そりゃあ勿論、カエハやその母は、ロードラン大剣術に思う所はあるだろうが、それでも彼女達も、進んで揉めたいとは思っていないだろうし。



 次の日は、借りられる鍛冶場を探す為、鍛冶師組合に顔を出す。

 上級鍛冶師の免状の効果は覿面で、鍛冶師組合の職員はすぐさま鍛冶場と鉄の手配を約束してくれた。

 他にも仕事を幾つか引き受けて欲しいとの事だったが、まず優先すべきは師であるカエハの剣の打ち直しで、次に僕の剣の作成である。

 その後で良いのなら、鍛冶の腕も鈍らせたくはないし、多少は引き受けようと思う。


 それから帰り道、僕は情報を得る為に、店を渡り歩いてこれからの生活に必要な品を買い揃えながら、店員、店主達から話を聞き出した。

 仕入れる情報は、ロードラン大剣術以外の二つの流派、ルードリア王国式剣術と、グレンド流剣術の、ヨソギ流との関係だ。

 ロードラン大剣術にはクレイアスが釘を刺してくれるだろうが、他の流派はわからないから。

 有象無象の流派が名を上げる為、嘗ての四大流派の一つを叩き潰しに来るかもしれないし、ルードリア王国式剣術やグレンド流剣術だってヨソギ流の復興を目障りに思うかも知れない。


 何が起きるかわからなければ、それを予測出来るだけの材料、情報を手に入れておく事はとても重要だ。

 また逆に、エルフである僕の姿はとても目立つから、このような形で情報収集をしていたら、それはすぐに広まるだろう。

 ヨソギ流にエルフが肩入れしている。

 ヨソギ流にエルフが弟子入りした。

 これらの情報が広まれば、ヨソギ流に敵意、害意を持つ誰かが存在するなら、その動きを誘導できる。


 要するに僕自身が誘蛾灯になるのだ。

 カエハやその母に何かがあれば、これから先の僕の修業に差し障る。

 剣を教えてくれるカエハが重要なのは勿論として、その母に何かあっても、彼女は剣を教えるどころじゃなくなるから。

 僕は二人を守らねばならない。

 果たしてそれが弟子の役割かどうかはさて置き、僕は僕自身がそうしたいから、僕の為に彼女達を守る。


 問題は、そう、これだけ忙しく動き回っていると、並行して魔術を学んでる暇がこれっぽっちもないって事か。

 だがこれは止むを得まい。

 魔術は何時でも学べるが、カエハの振るうヨソギ流は、放って置けば多分何れは消えてなくなってしまうから。

 それに今は、僕の心も魔術より剣に傾いている。


 なので魔術に手を出すのは、状況が変わってからでも、或いは十年、二十年後に剣技が僕の中で形になってからでも、別に全然かまわなかった。



 その時、不意に風の精霊が耳元で囁き、悪意を持った人間の接近を教えてくれる。

 そしてクルリと振り向き、接近してくるソイツをジッと見詰めれば、恐らくスリだろう見すぼらしい格好の男は、決まり悪げに愛想笑いを浮かべて、そそくさと足早にその場を去って行く。

 王都はやはり、ヴィストコートの町に比べると少しばかり治安が悪かった。

 ルードリア王国の各地から色んな人が流れ込んで来て、その中から一定数が身持ちを崩して生活苦に陥る。

 生活苦に陥れば、他人から糧を奪おうと言う考えに流れる者も、決して少なくはない。


 ヴィストコートの町は、プルハ大樹海に挑む冒険者が多かったから、決して上品ではなかったしガラは悪かったけれど、暖かい人が多かった様に思う。

 所変われば人変わる。

 その言葉を噛み締めながら、僕は王都をゆっくりと歩いた。

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