第17話


 彼女に連れられてやってきた道場は、敷地は広かったがボロ……、って言い方も出来ない程に廃墟だった。

 見る限り、大勢に打ち壊されたのだろう。

 扉は破られ、穴の開いた屋根からは雨風が吹き込み、多分柱も腐ってるから何時倒壊してもおかしくない。

 尤も壊されてるのは道場だけで、その奥にある住居は極々普通の状態だ。


「ここは元は四大流派の一つに数えられた、ヨソギ流の道場でした」

 廃墟に悲し気な目を向けて、彼女はそう口にする。

 まるでそう言えば全ての事情が察して貰えるとでも言いたげに。


 うん、勿論僕は、全てを察した。

 実はヨソギ流に関しては、王都の道場に関して調べた時に、少し話を聞いたのだ。

 当主が剣術の試合でロードラン大剣術に敗れ、しかも刃を潰した試合用の武器を使っていたにも拘らず、打ちどころが悪くて死んでしまったと言う話を。

 いやまぁ、たとえ刃を潰してようが、大剣で力一杯殴られたらそりゃあ死ぬ。


 だけどヨソギ流にとっての不幸はそこから先で、師である当主を失った高弟達は、ロードラン大剣術の道場に仇討とばかりに殴り込み、そして返り討ちにあってしまったらしい。

 勢力的には両者は拮抗していた筈なのだけれど、ヨソギ流の高弟達は誰が後を継ぐかで内輪揉め状態でもあったから、万全の状態で迎え撃ったロードラン大剣術には敵わなかったのだろう。

 そして殴り込みの報復として、ロードラン大剣術はヨソギ流の道場を打ち壊したそうだ。


「殴り込みに参加しなかった門下生も、ロードラン大剣術に目を付けられる事を恐れて去って行きました。母やまだ子供だった私は見逃され、住居にも手は出されませんでしたが……」

 ヨソギ流と言う流派は、完全に終わってしまったと言う。

 成る程。

 良く見れば、彼女はまだ少女と言って良い年齢である。

 

「私の剣は、子供の頃に父に教わったヨソギ流の一部を、自分なりに発展させた物です。かつてのヨソギ流には遠く及びません。見世物にするのが精々の、いえ、見世物としてすら結果の出ない代物です。ヨソギ流は途絶えました」

 そう言う彼女の声は、本当に、本当に悔しそうだった。

 納得なんてとても出来ないけれど、それでもどうしようもない。

 無念の滲む、絞り出す様な声。


「その様な剣を学び、ロードラン大剣術に目を付けられるのは、とても割に合わないでしょう。ご理解いただけましたら、どうかお引き取りを」

 その言葉は、僕を案じての物だろう。

 しかしそれは、少し僕を侮り過ぎだ。


 ヨソギ流は途絶えた?

 そんなの関係ない。

 ロードラン大剣術に目を付けられる?

 そんなのもっと関係ない。


「大丈夫。僕が学びたいのは消えてしまったヨソギ流じゃなくて、貴女が見せてくれた剣です。それにロードラン大剣術は見て来たけれど、あの位の剣士が幾ら来た所で、別に怖くもなんともないですし」

 そう、僕が欲しいのは、彼女の剣だ。

 彼女が自分なりに発展させたと言うそれだった。

 元のヨソギ流に及んでるか及んでないかなんて、関係がない。


 それからクレイアス級の剣士なら兎も角、あの道場で見た程度の剣士が何人来た所で、風の精霊に一言頼めば纏めて丸裸にしてしまえるだろう。

 勿論僕にそんな趣味はないけれど。


「あ、でも貴女の剣って、貴女の剣技って意味ですよ。と言うかその剣は、貴女の剣技に付いて来れてない。出来れば打ち直したいから、一週間くらい預けてくれません?」

 呆気に取られたような彼女に、僕は言葉を畳みかける。

 退く気はないったら、退く気はないのだ。


 だがこの状況から始めるとなると、先ずは道場の建て直しからだろうか?

 金はどうにでもなるけれど、信用できる大工のアテは、王都にはなかった。

 まぁ僕と彼女が訓練をするだけなら、こんなに大きい道場なんて要らない気もするし、だったら大工のアテが出来てからでも良いかも知れない。


 そうなるとやはり、彼女が持つ剣をどうにかしたい。

 後はついでに自分が使う分も。

 上級鍛冶師の免状を使えば、どこかで鍛冶場を借りる事くらいは出来るだろう。


 ふと気付けば、僕を巻き込むまいとしていた彼女の目は、理解不能な物を見る目に変わっていた。

「えっと、貴方は一体……?」

 少し一度に攻め過ぎたかも知れない。

 今気づいたが、僕はまだ名乗りすらしていなかったから。


「僕はエイサー。深い森では楓の子とも呼ばれたハイエルフ。特技は弓と精霊の力を借りる事。それからドワーフに鍛冶を十年習ったから、上級鍛冶師の免状は持ってて……」

 だったらちょうど良いから名乗ってしまおう。

 僕の言葉に、彼女が一つ一つ驚くのが少し面白い。


「そして貴女の弟子だよ。……新しいヨソギ流の一番弟子って言ってくれたら、嬉しいな」

 そう言って、僕は右手を差し出す。 

 彼女は戸惑い、その表情には恐れと喜びと疑念が入り混じっていたけれど、やがて根負けしたのか僕の手を握ってくれる。


 そうして僕は、新たに師を得て、剣士への一歩を踏み出した。

 

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