第16話


 軽く調べてみた所、今、この王都で剣を教えてる大きな道場は三つあって、三大流派なんて風に呼ばれてるらしい。

 何でも少し前までは四大流派だったらしいが、その一つは没落し、今では弟子を取っていないんだとか。


 そしてその三大流派だが、一つはこの国の騎士隊が習得してる正規剣術でもある、ルードリア王国式剣術。

 王国の名前を冠するだけあって、三大流派の中で最も門下生が多く、その中には騎士や貴族の子弟も多く含まれると言う、まさに別格の流派だ。

 まぁ騎士隊の正規剣術だけあって非常にオーソドックスな剣技で、剣と盾を用いた攻防にバランスの取れた戦い方が特徴である。

 他にも道場では槍や弓の扱いを教えていて、この王都で武を学ぶと言えば、誰もがまずこのルードリア王国式剣術を勧めるだろう。


 つまり凄く普通で面白くないので、僕的には却下である。


 次に二つ目は、あの白の湖に所属していた戦士、クレイアスも習得していた、ロードラン大剣術。

 その名の通り、両手持ちの大剣を振り回して敵を打ち砕く豪快な剣術だ。

 また体術も同時に学ぶ事になるので、ロードラン大剣術を扱う剣士は、体当たりに膝蹴りと言った、剣以外での攻撃も得意とする。

 防御に関しては攻撃を避ける身のこなしの他、肩当てや肘当て等、特定部位に頑丈な防具を装着し、そこで受ける訓練をするらしい。


 最後に三つ目は、グレンド流剣術。

 このグレンド流剣術も、ルードリア王国式剣術と同じく、剣と盾を用いて戦う。

 しかしルードリア王国式剣術が攻防にバランスの取れた流派なら、グレンド流剣術は防御に比重を置いた流派だ。

 と言うか剣術を名乗っているが、最も重視されるのは盾の扱いらしい。

 盾で殴り、盾で相手の武器を弾き、崩れた所を剣で一刺しして仕留める。 

 それがグレンド流剣術の理想の戦い方だと言う。


 これも多分性に合わないので、僕的には却下である。


 要するに三つの中から選ぶなら、ロードラン大剣術が一番好みだった。

 広い王都には他に剣を教える道場が皆無な訳ではないけれど、クレイアスも学んでたと言うロードラン大剣術なら間違いはないだろうから。

 僕はロードラン大剣術を教える道場へと見学の為に足を運んだ。



 ……けれども。

 もしかすると、僕は運が悪いのかも知れない。

 仮に昨日に、あの剣士の技を見ていなければ、僕はロードラン大剣術を疑問なく学ぶ道を選んだ、……可能性が無きにしも非ずだ。

 だけどあの時に振るわれた剣士の技が、僕の目には焼き付いていたから、ロードラン大剣術の道場で大きな剣を振るう門下生や師範代の技は確かに剛剣ではあったが、あまり美しく見えなかった。


 いや寧ろここでロードラン大剣術を学ぶなら、ヴィストコートの町に戻ってクレイアスに教わった方が良いだろう。

 だって門下生は勿論、師範代ですら、クレイアスの実力に及んでいそうにないのだから。

 そう考えると僕は運が良いのかも知れない。

 初日にあの剣士の技を見ていたから、ロードラン大剣術の道場を見て、ここで良いかと妥協せずに済んだのだ。


 しかしこれは困った事になってしまった。

 今、僕の基準は、あの時にあの剣士が振るった剣技だ。

 正直、果実を綺麗に切れたからと言って、特に大きな意味はない。

 あの剣士は技を繰り出す前、それなりに長い時間、精神を集中させていた。

 それは大きな隙であり、実戦であんな風に精神を集中させる暇はないだろう。


 だからあの剣は、美しかったが実用的ではなかった。

 でも僕は、あの美しい剣を振ってみたい。

 あぁ、なんと言う事だろう。

 だったらもう、取るべき手立ては一つしかないじゃないか。


 僕はロードラン大剣術の道場を後にして、昨日、あの剣士が大道芸に立っていた大通りへまっすぐ向かう。

 辿り着いた現場にあの剣士、彼女の姿はなかったけれど、僕はその場に座り込んで、その時を待った。


 結局その日はあの剣士が現れなかったから、次の日も。

 他の大道芸人に金を握らせて聞き出した所、彼女は数日に一回、この場所に来て技を披露するそうだ。

 凄い事は凄いが本当に地味な芸だから、あまりお捻りも貰えてないらしいけれども、この一年程はずっと、定期的に。


 そして僕は待ち続けて、その人は遂にやって来る。

「あの、エルフの方、そこに座り込んでおられますが、どうかなさいましたか? 以前にもお見かけした方だと思うのですが……」

 どうやら彼女は、僕を覚えていてくれたらしい。

 森の外の世界ではどうしたってエルフは目立つからだろうけれど、今はそれがとても有難かった。


 僕はその声に立ち上がり、目の前にいるあの剣士を見据えて、スゥっと大きく息を吸う。

 さぁ、戦いの始まりだ。


「あの時に見た、貴女の剣技に惚れました。どうか僕を弟子にして下さい。僕もその剣を、振るってみたい」

 そう言って頭を下げる。

 勿論、その剣とは彼女が持つあまり質の良くない剣じゃなくて、剣技の事だ。

 仮に僕があの剣を渡されたなら、そのままどこかで鍛冶場を借りて、鋳溶かして新しく打ち直すだろう。


「えっと申し訳……」

「謝礼はお支払いします。雑用もします。どうかお願いします!」

 相手が断ろうとするタイミングで、言わせずに言葉を重ねて、もう一度頭を下げる。

 剣に惚れたと言った時、彼女は間違いなく、少し嬉しそうな顔をした。

 なのでそれでも弟子入りを断ろうとするなら、何か事情があるのかも知れない。


 でもそれは彼女の事情であって、僕の事情ではないから知った事ではないのだ。

 僕は今、あの剣技が学びたい。

 故にそれが駄目な事情があるなら、そんな物は蹴っ飛ばす。


 絶対に退かない。

 そう、これは戦いだから、一歩でも退けば負けである。


 彼女は断りの言葉を潰され、パクパクと口を開いては閉じて、少し困った顔をした。

 つまり一歩退いたのだ。

 だからこの戦いは、間違いなく僕が勝つ。


「その剣の名前を、僕はまだ知りません。だけど僕は、その剣を振るう剣士になりたい」

 もう一度重ねて、彼女が退いた分だけ僕は踏み込む。

 彼女は表情に迷いの色を浮かべ、暫し悩んだ。


「……わかりました。お話は、私の道場で伺います。きっとそれを見れば、貴方の考えも変わるでしょうから」

 そして躊躇いがちに、迷いの色は消えなかったが、彼女はそう、口にした。


 もしもこの場にアズヴァルドが、僕のクソドワーフ師匠が居たならば、彼はきっと同情の視線を彼女に向けた事だろう。

 そう、今、僕はすっごい楽しい。

 さぁでは、彼女の道場へ、そしてこれから僕が学ぶ道場へ、向かうとしよう。


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