二章 ハイエルフと剣の姫

第15話



 ルードリア王国の王都、ウォーフィールは、ヴィストコートの町から馬車で十日程の場所にある。

 プルハ大樹海に接するヴィストコートは、ルードリア王国の中でも最も西寄りの辺境で、以前に訪れたガラレトは北の辺境。

 そして王都であるウォーフィールはルードリア王国の中央と言った位置関係だ。


 正確な所はわからないけれど、馬車が一日に八十から百キロ程の距離を移動すると仮定すれば、ルードリア王国の端から端まではおよそ千五百から二千キロ位の広さがあるのだろう。

 これは本当に大雑把な計算だけれど、ルードリア王国は大国と言う程ではなくとも、それなりに広い国だとの印象を受ける。


 故にその国土から人と物が集まる中枢である王都は、当たり前かもしれないが、ヴィストコートの町と比べても非常に栄えていた。

 国の真ん中にあるのだから本来は必要ないと思うのだが、王都は高い防壁に、それも何重にも囲まれている。

 仮にこんな場所まで攻め込まれてしまう事になったら、王都を守ろうが守るまいが、国は滅びると思うのだけれど……。

 まぁ僕には関係のない話だ。


 王都の市民はその防壁の内側に住むが、市民権を得られない貧しい者達はその外側に、貧民街を築いて暮らしているらしい。

 ウォーフィールの貧民街の規模は、王都であるだけあってルードリア王国で一番大きく、防壁の門の付近の治安は然程に悪くはないと言う。

 但し貧民街の深い所にまで踏み込んでしまえば、そこはあらゆる犯罪が横行する無法地帯になってるんだとか。

 少し興味が湧かなくもない話だが、今の僕には一応、他に目的がある。

 危ない真似は王都に十分に慣れ、飽きてからでも良いだろう。



 ルードリア王国の町ではどこであっても、門を越えて中に入る時には税を取られる決まりだ。

 そう、身分証があれば銅貨二十枚、なかったら銀貨一枚と言う奴である。

 僕はヴィストコートの町に長く住み、納税を行い続けたので市民権を持っていた。

 勿論、それはヴィストコートの市民権ではあるのだけれど、僕の身分を保証するには十分な代物だろう。

 それからもう一つ、鍛冶の師であるクソドワーフことアズヴァルドから与えられた、上級鍛冶師の免状も立派な身分証だ。


 本当はどちらか一つで十分なのだけれども、僕は王都には長期の滞在をする心算である。

 なのですぐさま鍛冶師として働く心算はないから、納税の記録などが記されたヴィストコートの市民権を。

 だけどやっぱり時には鍛冶場に立ちたいし、隠していると後々面倒臭いからと上級鍛冶師の免状を。

 王都に滞在する理由を述べて、門を守る衛兵に提出した。


 衛兵はそれ等の書類と、僕の顔を三度位は見比べて、

「町に住んでるエルフで鍛冶師で、……でも王都には剣と魔術を習いに来たのかい。言っちゃあ悪いが、変わり者だね。あ……、変わりエルフか」

 なんて風に笑う。

 笑うと言うか、苦笑いかも知れないけれど、悪意と敵意が感じられないので別に良しだ。


 しかし変わりエルフはないだろう。

 もうそんな珍妙な言い方をされる位なら、変なエルフ呼ばわりでも怒りはしない。


 鍛冶師をしてる時に知り合った商人が言っていたが、門番が健全な町は安心できるそうだ。

 逆に門番が賄賂を要求して来るような町なら、中の治安も乱れてるから注意が必要なんだとか。

 門番の態度は、領主の統治や、市民の心の乱れを映す鏡である。


 そこから考えるとこの門を守る衛兵の態度は、非常に良い部類だろう。

 だけど好意的な物言いはしているが、常に一定の警戒を僕や周囲に払っているから、それは逆に言えば警戒せねばならない危険がそこ等に転がっていると言う証左であった。

 近くに貧民街があるから警戒しているのか、王都に禁制品を持ち込もうとする輩が多いから警戒してるのか、門の中でも危険があるから警戒してるのか、その辺りはわからないけれども。

 あまり油断はしない方が良さそうだ。


「ようこそ、王都ウォーフィールへ」

 衛兵は身分を証明する書類を僕に返し、笑みを浮かべてそう言った。

 まぁ色んな事はさて置いても、彼は多分良い奴だろう。



 人通りが非常に多い王都で、先ず探すべきは滞在する宿である。

 この先、このウォーフィールでどの様に過ごすにしても、滞在場所は必要だ。

 それからこれは結構大事な事だけれど、右も左もわからない状態で宿を決めるなら、取り敢えず安宿は避けた方が良い。

 と言うよりも、寧ろ最初は高い宿に泊まった方が安心だろう。


 何故なら高い宿賃は、客へのサービスの対価だからだ。

 勿論そのサービスの中には、宿の設備が良い事や、出される食事の味が良い等も含まれる。

 だけど一番大事なのは、そのサービスの中に安心が含まれ易いって所にあった。

 尤もこれも絶対の話ではないから、宿の防犯体制や従業員の人柄は見なければならないが、安宿に比べれば間違いなく高い宿の方がその辺りに安心できる確率は高い。

 森から外の世界に出て来たばかりの僕を、エルフのアイレナが執拗に高い宿に泊まらせ続けようとした理由も、今なら少しわかる。


 それに一度宿を決めたからと言って、移動してはいけない訳じゃなかった。

 最初は高い宿に泊まっていても、サービス、安心、料金の点でもっと良い宿を見付ければ、そちらに移れば良いだけだ。

 また僕の目的である、剣の道場や魔術の学院に関しても、出来れば近い方が良い。

 つまり本格的な拠点は王都での過ごし方が決まってから、改めて決める事になるだろう。


 でも僕は、その宿を探す最中に、大通りで非常に心惹かれる物を目にする。

 それは一人の大道芸人。

 ……否、剣士。


 手にした剣は鈍らとまでは言わないが、お世辞にも良い代物とは言い難い。

 だが彼女は、そう、女の剣士は暫く精神を集中した後、迷いなく剣を横に振り抜くと、スパリと台の上に置いた果実を切って見せる。

 ちょっとそれは、僕にとってあり得ない光景だった。

 鍛冶師としての経験があるからわかるけれども、あの剣ではまともに振った所で、果実を叩き切るのが精々で、悪ければ叩き潰すになる筈だ。


 あぁ、いや言い方が悪い。

 叩き潰せれば良い腕なのだ。

 普通ならば果実がホームランになるだろう。


 なのにその果実は切断されていた。


 思わず近寄り、剣を確かめたい気持ちになったが、必死に堪える。

 遠目であっても、武器の目利きを見間違う筈がない。

 素晴らしい技を見せてくれた剣士に対して、疑いを持つのは不誠実だ。


 だから僕は銀貨を手に、彼女の前に立つ。

 良い物を見せて貰えた。

 そう思って、僕は彼女にお捻りとしてそれを渡す。

 彼女は渡された貨幣の輝きに一瞬目を見張ったが、僕に向かって深々と頭を下げる。


 残念ながら芸としては地味なのだろうか。

 僕以外に、その芸に対してお捻りを渡そうって人は居ない。


 けれども僕は満足だった。

 王都に来て初日に、こんなにも面白い剣技が見られたのだから、きっとここには凄い剣士が沢山いて、僕もそれを学べる筈だ。

 そう思うと、胸がドキドキして止まらない。

 なので本当は魔術の学院から探そうと思っていたけれど、今日は宿を見付けるにしても、明日はまず、剣を教える道場を探そう。


 そう考えて、僕はその場を後にする。

 


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