第13話


 クソドワーフ師匠に弟子入りしてから三年が経ち、釘だけでなく日用品全般の鍛冶も引き受ける様になってた僕は、漸く武器や防具を作る練習を許されるようになっていた。

 と言っても基本的な事は、日用品も武器や防具も変わらない。

 用途が戦いに用いられる物だけに、より頑丈に作る為に特別な技法を使う場合もあるけれど、基本的には今まで学んだ事の延長だ。

 何の為に、どう言った風に使われるのかを常に考え、金属を加工し、目的に沿う形に変えて行く。

 言葉にするとたったそれだけなのだけれど、それを成すのは難しく、同時にとても楽しい。


 それからこの三年間、鍛冶に没頭してたせいなのだろうけれど、僕の身体は大分と筋肉が付いていた。

 そりゃあ勿論、ドワーフである師に比べればまだまだひょろ長いけれども、多分ハイエルフの中では並ぶ者がない位に筋肉質になったと思う。

 鍛冶の修業がひと段落したら、今度はこの筋肉を活かす為に、何か武器の扱いを学ぶのも面白そうだ。


 知人で剣を扱う人間と言えば、まず思い浮かぶのがアイレナの仲間の一人である戦士、クレイアス。

 もしも僕が剣を教えてくれと頼めば、彼は笑って引き受けてくれるだろう。

 だけどクレイアスは、と言うよりも白の湖が、少し前に七つ星にランクが上がったとかで、遠くの町からも指名依頼が舞い込む様になった為、非常に忙しそうに飛び回ってる。

 そんな状態の彼に、別に何らかの目的がある訳でもないのに、単なる興味で剣を教わると言うのは、流石に申し訳がなかった。


 しかしそんな事を考えていたからだろうか?

 打った剣をクソドワーフ師匠に見せたら、ハッと鼻で笑われてしまった為、今日の鍛冶練習は終わりにした。

 まぁ笑われた事に腹は立たない。

 だって見せる前から、これはないなぁと自分でも少し思っていたから。

 寧ろハッキリと駄目だと態度で示して貰えたからこそ、無駄に足掻かず練習を切り上げようと決意が出来た。

 腹が立たないって事は、今の僕がそれだけ中途半端だって意味でもあるけれど。


 集中できない時に何をやっても、時間の無駄だ。

 それどころか下手をすれば怪我をするかも知れないし、妙な癖を付けて腕が鈍る可能性もある。

 だったらきっぱり諦めて切り替えて、店番でもしてた方がずっと良い。



 そうして僕が店番をしていると、夕方近くになって入って来たのは、一人の少年。

 身なりは見すぼらしいが、身に纏う雰囲気は窮した野良犬の物じゃない。

 己の手で糧を稼ぎ、生活は苦しくとも人に恥じぬ生き方をしてるとの自負を感じさせる、真っ直ぐに背筋を伸ばした若木だった。


 彼は興味深げに店内を見回した後、安売りの品が並べられている棚へと向かう。

 クソドワーフ師匠が打った品は安売りなんてしないけれども、あそこに並べられてる物は、僕が打った中でも出来が良く、実用にも耐えると判断された物だ。

 習作ではあるけれど、それが故に安値を付けた、駆け出し冒険者向けの品である。

 つまり彼は、そう、街中の雑用依頼で貯めた金を握り締めて買い物に来た、駆け出し冒険者なのだろう。


 ヴィストコートの町の冒険者と言えば、やはり傍らにあるプルハ大樹海に踏み入って採取をしたり、魔物を狩って稼ぐのが定石だった。

 白の湖は依頼に引っ張りだこで忙しそうだが、それでもやはり、時間に余裕がある時はプルハ大樹海に踏み入る計画を練っている。

 そんなに稼いでどうするのだろうと不思議にも思うのだけれども、彼等はもう稼ぎよりも、冒険をする事自体が目的になってるのかも知れない。


 だがたとえ採取の為であっても、魔物が多く出現するプルハ大樹海に踏み入るならば、護身用の武器位は必須だ。

 なので駆け出し冒険者はその武器を手に入れる事を目標に、街中で細々とした雑用依頼をこなして金を貯める。

 僕が打った安物の武器であっても、そんな駆け出し冒険者にはとても大きな買い物で、選ぶ目は真剣そのもの。

 だから僕も、横から余計な口出しはしない。


 聞かれれば勿論、特技や希望、予算を聞いて、最善と思わしき選択を勧めよう。

 しかし他人に勧められた選択ではなく、自身で選んだ品に命を預けたいと思うなら、それに口を挟むのは野暮である。

 いやまぁ流石にどう見ても扱えない物を購入しようとしたり、考えがあまりに足りてなさそうな場合は、命の掛かった事でもあるから、口を出す場合もあるけれど。



 そして待つ事暫く、彼が選んだのは一本の槌矛。

 それは良い選択だった。


 槌矛は刃を持たない先端が金属製となった打撃武器の一種で、メイスと言った方が通りが良いかも知れない。

 その特徴は、先ず何よりも頑丈である事。

 また重心が先端に近い部分にある為、振り回した際の威力が出やすい。 

 但しその分、剣に比べて取り回しに難があり、フェイントを掛けるには向かないだろう。


 つまり人間を相手にする際に必要な細かな駆け引きはし難いが、魔物を思い切りガツンとやるには向いた武器と言う訳だ。

 或いは刃を通さぬ全身鎧を着た人間でも、メイスならば殴り倒せる。

 扱い易く、威力も大きい。

 筋力さえ足りるなら、駆け出しの冒険者にも十分勧められる代物だった。

 尤も、戦士と言えば剣と思い込みがちな駆け出し冒険者は、あまりこう言った打撃武器を手に取ったりしないのだけれども。

 

「あのっ、すいません。これが欲しいんですけど、一緒に買った方が良い防具って、何かありますか? ……あの、予算はこれぐらいで」

 そう、槌矛を手に持った少年が、少し恥ずかしそうに僕に問う。

 あぁ、確かに槌矛は刃を付けない分、多少値段は手頃である。


「それ、片手で簡単に振れる? 重さに振り回されたりしない? しないなら盾も持った方が良いけれど、そうでないなら盾を持つよりしっかりと握る事を考えた方が無難だね。後はプルハ大樹海に入る心算なら、足回りは革製品で良いからきちんと守った方が良いよ」

 少年がやっと頼ってくれたので、僕は少し嬉しい。

 そう、こんな風に頼られると、出来る店員って感じがしないだろうか?

 僕はする。


 ハイエルフである僕は、森の中で防具なんて必要としないけれども、同じ事を人間に求めるのは明らかな間違いだ。

 なので本当は、革製の兜に籠手、脚絆と、露出は極力減らした方が良い。

 森の中を慌てて走れば、草木の枝葉すら人の肌を傷つけるから。

 但し彼の予算的には、上半身は厚手の服で守り、下半身を防具で守った方が無難だろう。


 二足歩行の人間に対し、魔物の多くは四足歩行か、地を這っている。

 故に高さとしては、人間に比べて彼等は低い場合が多い。

 また手に武器を持つ人間は、上半身は武器を振って守れるけれど、下半身を、特に脛から下は武器が届かずに守り難いと思われる。

 足を傷付けられて転んでしまえば、そのまま成す術もなく殺されるのが人間と言う生き物だ。


 だからまずは足回りを防具で守り、稼ぎが入り次第、上半身の防具も整えて行く。

 それがベターである様に、僕は思う。

 勿論、ベストは全ての防具が揃うまで街中での雑用依頼を続ける事だけれども、それを選ぶかどうかを決めるのは少年だから。

 僕は問い掛けにのみ答えよう。


 勝手な直感だけれども、彼は良い冒険者になると思うのだ。

 空きスペースで軽く槌矛を振った感じを見る限り、駆け出しの割に筋力があって、体幹も確りとしている。

 それは単に生来の物でなく、キチンと訓練を積んでる証左であった。


 そんな彼を見ていて、僕はふと思い付く。

 仲間に恵まれるか否かと言った運もあるだろうが、順当に行けば彼は金を貯めて、もっと良い武器を買いに再び訪れるだろう。

 いやまぁ勿論、それまでにも武器のメンテナンスで来るとは思うが、何れ今の武器が物足りなくなったら、買い替える時も来る筈だった。

 そしてその時、彼が再び僕の打った武器を選んでくれたら、それはきっととても嬉しくて楽しいだろうと、僕はそう気付いたのだ。


 その為には是非とも少年には生き残って貰わなければならないし、僕も鍛冶の腕を上げなきゃならない。

 そう思えば、非常にやる気が湧いて来た。


 簡単な武器の手入れの仕方や、それでも定期的にメンテナンスが必要になる事を告げると、少年は名乗って礼を言ってから、嬉しそうに槌矛を抱えて店を後にする。

 少年の名前はアストレ。

 たとえそれがメンテナンスにではあっても、次に彼が来るのが楽しみだった。

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