第10話
古来より金属を取り扱って来たドワーフは、だからこそ金属が持つ害に関しての知識も深かった。
僕からガラレトの町で鉱毒被害が出ていると聞いたクソドワーフ師匠は顔色を変え、即座に対策を取る為に動き始める。
この国、ルードリア王国で働くドワーフは、クソドワーフ師匠だけじゃない。
ドワーフと言う存在は王国の鍛冶師組合に強い影響力を持ち、彼等の意見は王にも届く。
勿論、それ等は鍛冶師組合の人員がガラレトの町に送られ、調査が行われてからの話だが、……どうやらクソドワーフ師匠は自分がその調査員に名乗り出る心算らしい。
何でもクソドワーフ師匠以外のドワーフは、僕の話なんてまともに聞こうとしないだろうからと。
……うん。
まぁそうかも知れない。
今の段階で鉱毒を疑ってるのは、僕の状況からの推察だ。
鍛冶師組合からの調査員がドワーフだったら、僕の話をまともに聞いてくれるとは限らなかった。
酒を飲んだり殴り合ったり鍛冶に関して語り合えば、他のドワーフとも仲良くなれる気はするのだけれど、今はその時間も惜しい。
その点、クソドワーフ師匠が動いてくれるなら、鉱毒に関する政治的な問題は彼が一手に引き受けてくれる。
僕の役割は水の精霊を落ち着かせ、それから汚染された場所を見分けたり、土や水を動かしての除染作業になるだろう。
問題があるとすれば、僕は兎も角、クソドワーフ師匠が居なければ、鍛冶屋は完全に休業せざる得ない事だが、……従業員のおば様達は、笑って理解をしてくれた。
ガラレトの町の問題が大きくなり、鉱山が閉鎖される様な事態になったなら、金属資源の値は間違いなく上がってしまう。
それどころかその話が広まれば、今後は新たな鉱山が見つかったとしても、その開発には強い反発が起きるかも知れない。
故に鍛冶屋で働いてる以上は決して他人事ではないのだと、彼女達は休業を受け入れてくれたのだ。
僕は事態が思っていた以上に大事だと知って顔を白くしてるマルテナを連れて、ガラレトの町に向かう。
クソドワーフ師匠も一緒にヴィストコートは出るのだが、彼はまず王都に向かって鍛冶師組合を動かして、それからガラレトの町にやって来る事になる。
ヴィストコートの町からガラレトまでは、馬車を乗り継いでも二週間は掛かる距離だ。
道中も決して安全とは言い難く、時には盗賊や魔物だって襲って来る事があるそうだけれども、定期便として運用されてる乗合馬車には、当然ながら護衛がしっかり付いていた。
また乗合馬車には人しか乗って居ないから、荷を運ぶ商人に比べれば襲っても旨味が少ないからと、わざわざ狙う盗賊はあまり居ないらしい。
故に時折襲って来る魔物以外は大過なく、馬車はガラレトの町に辿り着く。
問題があったとすれば、そう、僕が馬車に酔った事位だろう。
馬車が街道を走る不規則な振動は、僕の平衡感覚を大いに掻き乱して狂わせてくれた。
そう言えば少し思い出したけれども、僕は前世でも確か車酔いをしていた筈だ。
マルテナに関しては、応援として僕を連れ出せた事に安堵したのか、ヴィストコートの町に戻って来たばかりの時に比べれば、寧ろ随分と穏やかな顔になっている。
何だかちょっとズルいと思う。
まぁそれはさて置き、僕等はガラレトの町に辿り着いたが、しかしゆっくりはせずに直ぐに町を出る。
マルテナを含む白の湖は、まだガラレトの町で引き受けた依頼を果たせていないし、何より町側の問題に関しては、下手に僕等が動くよりもクソドワーフ師匠に、鍛冶屋組合に任せた方が良いだろうから。
エルフの僕は町ではどうしても目立ってしまうので、性に合わないがこそこそと動く事も受け入れた。
そうして向かうは件の汚染被害が出ている川の、その上流にある水の精霊の住処。
……マルテナに案内されて、川沿いを歩く。
川を流れる水は、一見するとまだ普通に見えるのだけれど、その周囲に生えた植物達は苦痛の声を上げて死に掛けている。
否、金属の耐性が低い植物は既に死んでしまって、その声を上げる事すらもうないのだ。
やはり鉱山からの排水が、直接川に流されているのだろうか?
僕は森の中よりも町で暮らす事を選ぶ、普通のエルフやハイエルフからすれば、紛れもないクソエルフではあるけれど、それでも流石にこの光景は忌々しい。
水の精霊がガラレトの町を滅ぼすと言うなら、むしろそれで良いんじゃないかとすら思ってしまう。
けれども僕は知っていた。
鉱山で働く人の多くは、自分達の流す排水が川を汚染し、食物連鎖による汚染濃縮の果てに自分だけでなく我が子を苦しめ殺すなんて、欠片も知りはしないのだと。
町に住む多くの人は、ただ生きる為に懸命に働いてるだけで、滅ぼし殺し尽くされる程の悪では決してないと言う事を。
前世の知識で、また今生をヴィストコートの町で暮らした時間で、僕は人間達を見て来たから。
だから水の精霊は僕が止めよう。
ガラレトの町は、その領主は、鉱山は、僕の友人にして師匠である、あのクソドワーフがきっと何とかしてくれるから。
僕は人の世界に生きるハイエルフ、クソエルフにしか出来ぬ事をするのだ。
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