第9話
「お願い、狂った水の精霊を止める為、貴方の力を貸して欲しい」
僕にその一言を告げたのは、この町で一番の冒険者チームと言われる白の湖に所属する女司祭、マルテナだった。
まぁ要するに僕の知人である女エルフ、アイレナのチームメンバーである。
長期の依頼に出かけると言って、ヴィストコートの町を離れた白の湖だったが、一ヵ月以上も経って帰って来たのはマルテナのみで、彼女は帰って来るなり真っ直ぐに鍛冶屋で働く僕を訪れ、そう言って頭を下げたのだ。
しかしそんな事を急に言われても事情は全く掴めなかったが、冒険者が良く訪れるこの鍛冶屋で、この町で一番と言われる冒険者チームのメンバーが頭を下げてる姿は、あまりにも悪い意味で目立ち過ぎるだろう。
ちらりと横を見れば、クソドワーフ師匠が頷いて顎をしゃくるので、僕はマルテナを連れて鍛冶屋を出る。
事情はさっぱり分からなかったが、彼女は僕が世話になってるアイレナの仲間だ。
勿論内容次第ではあるけれど、その頼みを無下にする心算は、僕にはない。
だがマルテナの頼みには、良く分からない言葉が含まれていた。
そう、狂った水の精霊だ。
前にも言ったと思うが精霊は実体のない不滅の存在である。
その不滅性は精神にも及び、狂うなんて事はないと思うのだけれど……。
取り敢えず宿に戻った僕は、改めてマルテナから詳しい話を聞き出す。
僕が泊まる宿はアイレナが紹介してくれた宿で、……ついでに言うなら宿代を支払ってくれてるのも、そのアイレナだ。
故に彼女とその仲間、白の湖も同じ宿を利用していて、しかも常宿として年間契約をしているので、長期依頼で町を出てる間も彼等の部屋は維持されている。
周囲の目を気にせずに話をするには、この町では宿が一番適した場所だった。
……マルテナの話を聞き終えた僕は、あまりに面倒なその内容に、思わず頭痛を感じてこめかみを押さえる。
関わるにはあまりに厄介過ぎるけれども、解決できそうなのが僕しかいない。
また放置をした場合、こちらに及ぶ影響も多分皆無じゃなかった。
白の湖が赴いていた依頼とは、このヴィストコートの町からは二週間以上も離れた場所にある、ガラレトの町から彼等を指名して出された物だったそうだ。
本当ならば、これは少し不思議な話になる。
何故なら、確かに白の湖はヴィストコートの町で一番の冒険者ではあるけれど、別に国で一番腕利きの冒険者と言う訳ではないから。
ガラレトの町にだって腕の立つ冒険者は居るだろうし、周囲の町も含めて考えたなら、他に六つ星ランクの冒険者チームは存在した筈。
だけどそれでも、ガラレトの町は白の湖を指名して依頼を出した。
その理由はたった一つ。
白の湖には腕の立つ精霊術師である、エルフのアイレナが居たからだ。
またその依頼内容は、ガラレトの町が水源として利用する川にかけられた、狂った水の精霊の呪いを解除する事だったと言う。
ここまでは、まぁ理解出来なくもない話である。
そのガラレトの町に住む誰かが、余程に水の精霊を怒らせる何かをしたのだとしたら、町の住人が水を飲めば病を発すると言った呪いが掛かる事は、あり得なくもない。
人が自分達に害を及ぼす精霊を、その原因を知ろうともせずに狂ったと呼ばわるのは理解も出来た。
そしてその解決に、安易にエルフを頼ろうとした心理も。
けれども同時に件の川で魚が大量死したり、周囲の草木が弱ると言った被害も出てると言う辺りで、僕は問題がもっと根深い物である事を知る。
町に向かってかけられた水の精霊の呪いで、魚が死んだり草木が弱る筈はない。
もしも町の住人にも魚にも草木にも、等しく被害が発生するなら、それは川の水が汚染されているからに他ならないだろう。
すると当たり前の話ではあるが、水の精霊が自らが宿る水を、川を汚染しようとするなんて、絶対にありえない事だった。
だが問題はここから先で、川の水が汚染されてる原因だ。
それはガラレトの町がどう言った場所なのかを知れば、現地を見るまでもなく分かる事で、ガラレトは十年前に見つかった鉱山を開発する為に作られた新しい町だった。
そう、つまり今回の問題は、鉱毒による汚染被害を、それに怒った水の精霊に対して責任転嫁した物である。
ガラレトの町を任されている領主は、新しく家を興したばかりの新興貴族なんだとか。
恐らくその貴族は、王に任された鉱山開発の役割に張り切るあまり、生産性ばかりを重視して、環境対策を怠っているのだろう。
その責任を水の精霊に擦り付けようとしているのか、それとも本当に環境問題が起きている事に気付いていないのかはわからないが、いずれにしてもその貴族に問題を解決する気がなければ、この問題は解決しない。
現地の水源に向かったアイレナは、ガラレトの町を滅ぼさんとばかりに怒る水の精霊を宥めるのが精一杯で、その場を長く離れられなくなってしまった。
そこで白の湖は、その事態を解決出来そうな唯一の存在である僕に、助けを求めると決めたそうだ。
仲間であるクレイアスは万一の場合に備えてアイレナの護衛として残り、マルテナだけがヴィストコートの町まで、馬車を乗り継いで大急ぎで帰って来た理由がこれである。
……成る程、こんなクソ面倒な事態ではあるが、アイレナが知り合った頃よりも着実に精霊術師として成長していると知れて、僕は少しだけ嬉しく思う。
依頼を果たすだけならば、狂ったと言われた水の精霊を討伐、正確には水の精霊が宿る汚染された水を破壊する事で、一時的にこの世界に干渉できない状態にも出来ただろう。
尤もそれをした所で問題は何も解決しないどころか、汚染が更に進んだ状態になってから、再びより怒り狂った水の精霊が現れるだけだ。
だから正しく問題を把握しようとし、解決せんとするアイレナの姿勢は、精霊を友とする者として好ましい物だった。
なので協力は吝かではないのだけれど、……単独では問題を完全に解決する事は難しい。
やはりここは、金属の専門家であるクソドワーフ師匠も巻き込むとしよう。
ガラレトの町の汚染問題は、この国で金属を扱う全ての鍛冶師にとって、決して他人事ではないのだから。
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