第6話
「なっ、なっ、なんでエイサー様がドワーフの店なんかで店番をなさってるんですか!」
ドワーフの鍛冶屋が根負けして僕の弟子入りを認めてくれてから数日後、何やら僕を心配したらしいエルフの女、アイレナが店を訪ねて来た。
そしてカウンターに座って店番をしながら、のんびり知恵の輪で遊んでいた僕を見た第一声がこれである。
因みにこの知恵の輪は、ドワーフの鍛冶屋もとい、クソドワーフ師匠が頼んだら作ってくれた物だ。
知恵の輪は精密に形を作らなければ成り立たない物だから、それをいとも容易く完成させたクソドワーフ師匠は本気で凄い。
師として仰ぐのに何の不足もないどころか、これ以上ない人物だろう。
しかし呼び方に関しては、向こうが僕をクソエルフと呼ぶ以上は、クソドワーフ呼ばわりを改める心算は絶対になかった。
ともあれ鍛冶を覚えたら、僕も難しい知恵の輪を量産してこの世界にイライラをばら撒こうと思う。
「なんでって、下働きもしたら鍛冶を教えてくれるって言うし、給料も出るらしいから?」
尤も一日フルで働いても、今の宿屋の料金にはならないので、アイレナの奢りがなくなった時は次の住処を探さねばならない。
と言ってもあんなに料理の美味しい宿屋は他にないだろうから、どこかの物件を借りて食事は自炊か、或いは美味しい食堂を探す必要がある。
カチャカチャと知恵の輪を弄っていると、ある角度でスルッと二つの金属の輪が解けた。
そう、知恵の輪はイライラさせられる玩具だけれど、この瞬間が快感なのだ。
僕はその快感に気を良くし、次の知恵の輪を手に取る。
「そういう問題ではないです! 鉄の匂いが身体に付いたら、木々が怯えて精霊に嫌われる事はご存じでしょう! 幾ら貴方様でも精霊に見放されたらどうなりますか!」
アイレナの声の五月蠅さに、奥で鉄を打ってたクソドワーフ師匠が顔を覗かせるが、驚いた事に何も文句を言って来ない。
寧ろあの目は、あぁ、アレが普通のエルフだよなって納得してる視線だ。
後は何故か、ちょっとアイレナに同情してる様子。
まぁクソドワーフ師匠はさて置いて、アイレナの勘違いは解消しておこう。
こんな僕であっても、精霊を親しい友人だと思う心に嘘はない。
だからこそ僕は、彼女の勘違いを放って置けなかった。
「うん、知ってるけど、それは多分間違いだからね。別に金物臭くても精霊には嫌われないし。あ、でもご飯の味は凄い微妙に変わるから、毎日ちゃんと風の精霊に匂いは消して貰ってるよ」
そもそも体臭があるとか他人に思われたくないし、この町に来てからは毎日お風呂も入ってるし、僕は結構デリケートなのだ。
体臭があるとか、臭いとか言われたら、僕だって普通に心が傷付く。
それから精霊に関しても、別に金属を嫌ったりはしない事は確認済みだった。
鍛冶場の炉の中には火の精霊が居たし、外に出れば風の精霊は変わらず僕に纏わり付いて来る。
恐らく精霊が金属を嫌うと言う話は、鉱毒による環境汚染に精霊が怒った事例があったんだと思う。
それを知ったエルフ辺りが、精霊は無条件に金属を嫌うと思い込んでその話を広めたんじゃないだろうか。
「あと木が金属を怖がるなら、冒険者とかプルハ大樹海に入っちゃダメじゃない。そりゃあ斧で切られるのは木だって嫌がるけどさ。そんなに神経質に扱われる程、木々は弱くないよ」
仮に木が金属を怖がるとすれば、やはりそれは鉱毒による汚染だ。
なので全てが全てうそとは言わないが、僕がここで働くのをやめる理由にはならない。
「何ならここに鉢植えを置いたって、多分その子は僕と仲良く話してくれると思うって言うか、ねぇ、クソドワーフ師匠。この店は緑が足りないから、鉢植え置いて良い?」
ふと思い付いた僕が振り返って問い掛ければ、クソドワーフ師匠はフンと鼻を鳴らして奥に消える。
あの仕草は多分、別に僕の好きにしても良いよって意味だろう。
視線を戻せば、アイレナは何やら呆然としていた。
どうやら先程の僕の話が俄かには信じられず、自分の常識と戦ってる様子。
だがそれも仕方のない話だ。
何故ならエルフであるアイレナは、ハイエルフである僕程には精霊の姿が明確に見える訳でも、木々の声がハッキリと聞こえる訳でもないらしいから。
故に先達から与えられた知識こそが真実で、これまで疑いもしなかったのだろう。
エルフと違って精霊の姿が明確に見えて、木々の声もハッキリ聞こえるハイエルフ達は、皆が皆、外の世界には興味のない引き籠りばかりだし、自分が知った事を同じハイエルフ以外には教えようともしない。
だから仮にエルフ達の間に間違った認識が広がっていても、わざわざ訂正をしないのだ。
「と言う訳で、興味があるなら色々教えても良いけれど僕は店番だから、ここに来た以上は買い物して欲しいね。お勧めはそこの棚のククリナイフだよ。これ凄くない? 買われたら見れなくなって悲しいけれど、お勧めだよ」
例えばエルフの中には火が風を食うと言って、火の精霊は風の精霊を喰らう危険な存在だと認識してる人が居るらしい。
勿論、当たり前の話だが、そんな事は別にない。
寧ろ火の精霊と風の精霊は、互いに協力し合える関係にある。
そもそも風の精霊は風に宿ってはいるけれど、実体のない不滅の存在なので、風が火に飲まれた所で別に痛くも痒くもない。
また火が糧とするのは酸素であって、風はそれを運ぶだけだった。
そして強い火は時に風を生む。
それ故に火と風は互いに協力し合える関係なのだ。
但し火と風が協力し合った時、起きる破壊はすさまじい。
……とか。
あんまり広めると危ない知識かも知れないが、アイレナは結構優しいからまぁ良いかなぁと思う。
「えっと、このナイフですか。うわぁ、大きい。……確かに凄い逸品ね。でもドワーフが作ったのよね? 私に売って、エイサー様は怒られないんですか?」
アイレナは僕のお勧めのククリナイフを確認して、ごくりと喉を鳴らす。
そう、あれはとても良い物だ。
怒られるかどうかは知らないし、そんな事で怒られても別に構わなかった。
クソドワーフ師匠は最初に僕に会った時、クソエルフに売る物はないって言ってたけれど、僕は商品が売れたら売り上げが増えるので気分が良い。
店を閉める時の金勘定は、それが自分の物ではなかったとしても、売り上げが多い方が楽しいのだ。
それにあのククリナイフを買うのがアイレナなら、頼めば時々見せて貰えそうでもあるし。
「大事に使うなら良いんじゃない? 手入れを怠ったら滅茶苦茶怒りそうだけれどね。それよりアイレナ。仲間の二人も連れて来てよ。この店、町一番の鍛冶屋って触れ込みなのに、売り上げは絶対に一番じゃないよね」
そう、僕が初めてこの店に来た時、クソドワーフ師匠が中々店に出て来なかった事からもわかる様に、ここは商売よりも鍛冶仕事を重視する店である。
クソドワーフ師匠の腕は、確かに町で一番良いのだろう。
だけど僕がこの店で働く以上、売り上げも町で一番多い鍛冶屋になって欲しい。
尤もそれで僕が鍛冶を習う時間が減るのも嫌なので、売り上げが増えたら新しく人も雇って貰うのだ。
そうすればクソドワーフ師匠は鍛冶場に籠れるし、僕も知り合いが増えて嬉しいので正にwin-winである。
と言う訳でその第一歩として、町で一番の冒険者らしいアイレナ達、白の湖から顧客にしよう。
どうせあの二人も、これまではアイレナに遠慮してこの店に来なかったのだろうし。
町一番の冒険者が愛用してる鍛冶屋となれば、その背を追いかける大勢の冒険者もまた、興味を持って覗きに来る筈。
「貴方様には、私の見えない物が見えているのですね。……いえ、私の見ようとしていなかった物が、でしょうか。わかりました。店員さん、こちらのナイフを、売ってください。……大切にしますので」
そう言って笑むアイレナに、僕もまた笑みを返す。
それから僕は、彼女がククリナイフを納めた鞘を吊るすベルトを一緒に選び、また買い物客に教えろと言われてた手入れの仕方を一言一句余さずに伝えた。
鍛冶場の奥からこっそりとこちらを覗いてるクソドワーフ師匠が何も言ってこないから、どうやらベルトの選択も、手入れの仕方の伝授も問題なしだ。
勿論こんな事で、エルフとドワーフの間にある反目が、少しでも解消されるなんて事はない。
でも質の良い武器が、腕の良い冒険者の手に渡った。
僕はそれだけで、十分に喜ぶべき事だと思う。
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