第4話


「六つ星チーム、白の湖が、こちらのエイサー様の身分を保証し、入場料もお支払いします」

 エルフの女性、アイレナが門番にそう告げて、何やら手続きを行ってる。

 ぼんやりとその後姿を眺めていると、彼女の仲間らしい人間の男女が僕の隣に並び、六つ星の意味を教えてくれた。

 何でも冒険者には初心者である一つ星から、最高位の七つ星までのランクが存在し、彼等はその上から二番目である六つ星の冒険者が集まったチームなんだとか。


 そして七つ星の冒険者は国中を探しても数名しか居らず、このヴィストコートの町では彼等が最高位の冒険者になるらしい。

 つまりは、そう、自慢であった。

 実際何やら凄そうなので、僕は一応拍手をしておく。

 でもこの町に冒険者が何人いての最高位なのかはわからないから、どのくらい凄いのかはさっぱりわからないのだけれども。


 アイレナの仲間の女性は苦笑いをしてるけど、男性の方はそれでもちょっと満足気だから良しとしよう。

 僕的には六つ星って部分よりも、寧ろ白の湖って名前に由来があるのかが気になったが、今更聞ける雰囲気でもない。


 やがて手続きが終わったのか、先程の衛兵が僕を手招きして、

「おう、アンタ。良かったな。希望通り町に入れるぞ。でもこの人が保証人になってくれてるから、気を付けろよ。街中で問題を起こしたら、保証人にも責任は及ぶからな」

 街中での注意事項を僕に教えてくれた。

 尤もそれは、盗みをしないや、自己防衛の為以外には通りで武器を抜かないといった、至極当たり前の事が殆どだ。

 注意しなければならないのは、市民権を持たない人間が町に一週間以上の長期滞在をする場合は、滞在税を役場に納める必要がある事くらいか。


 因みに通りで武器を抜くのは禁止だが、武器屋や冒険者ギルドの中といった特別な場所や、宿の自室等のプライベートな場所で武器を抜くのは許可されていた。

 まぁ自室で武器を抜けなければ、手入れも出来なくなってしまうのでその辺りも当たり前の話である。


「じゃあアンタ、ここに名前を記帳してくれ。……エイサーか。俺は衛兵のロドナーだ。困った事があったら相談に来いよ。よし、それじゃあエイサー、ヴィストコートの町へようこそ」

 僕が差し出された台帳に名を記せば、衛兵、ロドナーは笑みを浮かべて僕の肩を叩く。

 気が付けば、辺りはすっかり暗くなってる。

 彼は僕を締め出さない為、門を開けたままに待っててくれたのだろう。

 僕とアイレナ、それからその仲間達が町に入ると、門が背後で閉められた。



 ……さて、漸く人の町には入れたけれど、残念ながらもう日が暮れているので、人通りはそんなに多くない。

「ではエイサー様、この後の事ですけれど何をなさるのか、ご予定はありますか? もし予定がないのでしたら、身分証を得る為にも冒険者として登録される事をお勧めしますが」

 僕がきょろきょろと辺りを見回してると、アイレナがそう問うて来る。

 あぁ、そうか。

 そういえばこの後をどうするか、そろそろ決めなきゃいけない。

 だけど冒険者よりも、今の僕には一つやりたい事があった。


「いや、冒険者はまだ良いかな。……それよりも僕は鍛冶屋に行きたい。一番腕の良い鍛冶屋って、どこ?」

 そう、まずは加工技術を覚えて、フォレストウルフの牙と爪を、ナイフや細工物に加工するのだ。

 その為の場所と言えばやはり鍛冶屋だし、教わるなら出来る限り腕の良い鍛冶屋にしたい。


 でも僕のその言葉に、

「えっと、……この町で一番の鍛冶屋はドワーフですので、エルフである私達には恐らく何も売ってはくれないかと」

 アイレナは苦い顔をしてそう言った。

 成る程。

 確かにドワーフとエルフは互いに互いを忌み嫌う仲であり、ドワーフの鍛冶屋はエルフである僕やアイレナに物を売ってはくれないだろう。


 でもそれは何も問題じゃない。

 だって僕は、そもそもお金を持ってないから、そのドワーフから何かを買ったりは出来やしないのだ。


 しかしドワーフか。

「良いじゃない。僕、ドワーフも見てみたいし。好都合だね。あ、でもアイレナがドワーフ嫌いなら、場所だけ教えてくれたらそれで良いよ」

 寧ろ望む所である。

 まぁそのドワーフが僕に加工技術を教えてくれる可能性は低いだろうが、それはそれでドワーフという生き物がどういった存在なのか、ハッキリと確かめる良い機会だった。


「あの……、エイサー様は、ドワーフがお嫌ではないのですか?」

 信じ難い物を見るような目で、僕を見るアイレナ。

 エルフに会えばそういった目で見られるのは、ハイエルフらしく振る舞う事を止めると決めた時から覚悟はしてた。

 だからその視線にも、僕は笑みを浮かべて頷ける。



「だって会った事もないのに嫌うって、変でしょう?」

 その言葉に、アイレナは僕から視線を逸らす。

 エルフの神話では、ドワーフは全き自然から火の欠片を盗み出して、炉に閉じ込めたとされている。


 だけどそんな事、ある筈がないだろう。

 何故ならそれは、ドワーフが完全に自然を制したに等しいって意味だから。

 仮にドワーフがそんな事を出来る力を持ってるなら、仲の悪いエルフは今頃絶滅してなければおかしい。

 精々が何かの比喩の話で、それを真に受けてしまうならエルフは阿呆だと思う。 


 とは言え、口で幾ら言われた所で、染み付いた嫌悪感は簡単に拭い去れる筈はない。

 また僕は、無理にアイレナの考え方を変える気もなかった。

 僕は僕が、僕の思うままに生きられればそれで良いのだ。


「あぁ、でも今日はもう夜だから、今行くと迷惑かな。先に宿に、行きたいけれど、お金ないからね。あ、そうだ。アイレナ、これ、買い取ってくれない?」

 そう言って僕は、荷物袋の中からアプアの実を取り出して、アイレナの手に握らせる。

 門の所でこれを売ろうとしなかったのは、人間にはこの実が何であるかの識別が出来ないだろうと思ったから。

 しかしエルフである彼女なら、これが何なのかはわかるだろう。

 アプアの実は朽ちぬ生命力を秘めていて、収穫してから半月が経った今でも、何も変わらず瑞々しい。


「えっ、これ、もしかして……」

 手の中の実を確認して、アイレナの顔色が変わる。

 外の世界でアプアの実に価値があるという話は、深い森に住むエルフの思い込みで、実は何の価値もありませんなんて事は、彼女の様子を見る限りなさそうだ。

 僕は少し、安堵に胸を撫で下ろす。


 でも考えてみれば、町に入れたのもアイレナに会えたからだし、鍛冶屋がドワーフだというのも、彼女が居たからわかった事だ。

 これだけ世話になって置いて何の礼もなしと言うのは、流石に義理を欠くだろう。


「それから、こっちはお礼ね。ありがとう。君のお陰で助かったよ」

 だから僕はもう一つ、アプアの実を取り出して、アイレナの手の上に置く。

 多分エルフなら、アプアの実は好物の筈だ。

 僕はもう大分と食べ飽きてるけれど、長く食べなかったらまた食べたくなるであろう事は確実な程に、このアプアの実は味が良い。 



 アイレナの仲間は僕達のやり取りを不思議そうに見ていたけれど、驚きに固まった彼女が再起動するには、暫くの時間を必要とした。

 それから僕はアイレナに、安易にこの実を他人に見せない事や、明日はお金や人間の生活に関して詳しく教えるから鍛冶屋は後回しにする様にとの約束をさせられる。

 割と真顔で、ハイエルフへの敬意をどこかに投げ捨てて注意して来た彼女は、思わず震えが来る程に怖かったから、取り敢えず明日はアイレナに色々と教わろうと思う。

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