第2話

 エルフ、ハイエルフが言う所の深い森は、森の外ではプルハ大樹海と呼ばれてるらしい。

 まぁより正確には、その一部がエルフ、ハイエルフの住む深い森になる。


 深い森の中心部にはハイエルフが住み、外周部にはエルフが住む。

 そして深い森の周囲は精霊の力を借りた結界が張られていて、魔物や他の人族を惑わして追い返していた。

 つまり逆に言えば、深い森の範囲を越えて結界から一歩でも出てしまえば、そこから先はもう完全に外の世界だ。

 

 でもだからって、

「まさか結界から一歩出た途端に魔物に襲われるとは、思わなかったねぇ……。外の世界は刺激的だなぁ」

 その途端に大型の狼の魔物、フォレストウルフの群れに囲まれるとは、夢にも思わなかったけれども。

 これはプルハ大樹海が危険地帯なのか、それとも僕の運が悪いだけなのか、果たして一体どちらだろうか。


 とは言え、ここは深い森ではなかったとしても、木々に囲まれた場所である。

 僕が助けを求める視線を木々に向ければ、彼等は根を動かしてフォレストウルフを遠ざけ、僕を樹上に避難させてくれた。


 ……さて、一先ずの安全を確保した上で僕が考えるのは、木の下で唸ってるフォレストウルフ達をどうするかって事だ。

 もっと具体的に言えば、殺すかどうかって話である。

 実際の話、フォレストウルフを狩るのは、もうそんなに難しい話じゃない。

 単に樹上から矢を射るだけで、安全にフォレストウルフを狩れるだろう。


 尤も持ってる矢が木を尖らせた物ばかりだから、魔物の毛皮は射貫けないかも知れないので、目を撃ち抜く必要がある。

 けれど、ハイエルフの集落では難易度の高い的当て位しか遊びがなかったので、百年もそんな事ばかりしてたから、相手が多少動こうが的が小さかろうが、当てる事は難しくない。


 なので僕が悩んでいるのは狩る方法じゃなくて、そもそも殺してしまって良いのかと言う所だった。

 いやまぁ、向こうから襲って来たのだから躊躇う必要はないのだろうけれど、殺しても狼なんて食べたくないし、こんな場所で毛皮を剥ぐのも面倒臭い。

 勿論重たいフォレストウルフの躯を担いで行くなんて論外だ。

 牙や爪位なら持ち運べるだろうけれど、群れともなるとそれだって数が多すぎる。

 故に一体や二体なら兎も角、それ以上は本当に単に殺すだけになってしまう。


「んー……、まぁ、良いか」

 取り敢えず一体か二体は狩ろう。

 それで逃げてくれれば爪と牙を取って、躯は埋めてしまえば良いし、もしも逃げなかったら、またその時はその時に考える。


 僕は弓に矢を番えて、キュッと引いてシュッと連続で二発放つ。

 狙うはフォレストウルフの群れの中でも、特に体格の良い一匹。

 アレが群れのリーダーならば、それを討てば他が逃げる可能性は高いと踏んだから。


 矢は狙い違わず大きなフォレストウルフの目を射貫き、その個体が痛みと驚きにギャンと叫んで仰け反ったその開いた口腔内を、二発目の矢が貫いた。

「よし」

 狙い通りの矢が放てた事に、僕は小さな満足感を覚える。

 やはりそれが何であれ、特技だと思える物は一つは持ってた方が良い。

 それは自信に繋がるし、場合によっては今の様に身を救う事もあるから。


 リーダーを失って浮足立ったフォレストウルフ達は、僕がもう一度弓を構えて見せれば、一斉に踵を返して木々の間を逃げて行く。

 ……成る程。

 どうやら魔物の知能は、僕が思ってるよりも高いらしい。

 無駄な殺しをせずに済んだ事は喜ばしいが、これから先も魔物と遭遇する事はあるだろうから、決して油断はしない様にしよう。


「うん、よし、ありがと」

 僕は助けてくれた木に礼を言って幹を撫でてから、枝から飛び降りて着地する。

 荷から石のナイフを取り出して、既に息絶えているフォレストウルフの、爪と牙を手早く剥ぐ。

 石のナイフはフォレストウルフの毛皮や、爪と牙にもとてもじゃないが歯が立たないが、上手く使えば爪を剥いで歯肉を裂き、牙を抜く事くらいは出来るから。


 蔦を編んだ荷物袋に爪と牙を仕舞った僕は、

「風の精霊よ」

 そう呟いて、辺りに居た風の精霊に呼びかける。

 それは精霊に呼びかけて力を借り受ける、精霊術の行使だ。


 僕の意思を受け取った風の精霊は、左右に反転する二つの風の渦を生み出して、残ったフォレストウルフの肉体を皮と骨ごとミンチに変えて行く。

 実にグロい光景だけれど、こうして潰しておけばその肉体は素早く地に還り、ここに立つ木々の滋養となる。

 つまりこれは、先程助けてくれた木々に対するお礼だった。

 尤も働いてるのは僕じゃなくて風の精霊で、肉体を持たず、物理的欲求もない精霊に対してはお礼のしようがないのだけれど、そこはまぁ、感謝の気持ちだけは惜しまずに捧げよう。



「……さて」

 色々と後始末を終えた僕は、敢えてそう口に出して気を取り直す。

 この先、プルハ大樹海を抜けて人里に辿り着くまで、一体何回同じ様な出来事に出くわすだろうか。

 何せまだ、僕は深き森の結界を出て一歩しか進んでいないのだ。

 先は長いどころの話じゃない。


 だけどそれでも、

「やっぱり外の世界は刺激的だね」

 自然と笑みが浮かんでしまう。

 こんなアクシデントですらも、長いスローライフに飽いてた僕には、とても新鮮な刺激だった。


 フォレストウルフから得た爪と牙をどうするか、それを考えるだけでも心が躍る。

 大きな牙は削って研げば短剣か、大振りなナイフの刀身になりそうだし、小さな牙は連ねて細工物になるだろう。

 失敗して無駄にしては殺したフォレストウルフに申し訳ないから、先ずはナイフ加工と細工物作りを誰かにならうべきかも知れない。

 まぁ兎にも角にも目指すは人里。


 森の中でスキップをする程に僕は馬鹿じゃないけれど、期待に早まる足を抑える事は、どうやら中々に難しそうだ。


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