パトリツァ・コンタビリタ 十三

 プルクラ様とお芝居見物に行った日、旦那様がお帰りになって夕飯の時に、いつものようにプルクラ様と過ごした時間について尋ねられました。

 わたくしは喜んでその日のお芝居がいかに素晴らしかったか、幻想的な物語の世界にどれほど引き込まれ、ヒロインたちの喜怒哀楽に一喜一憂したかをお話しました。

 そしてエスピーア様と運命的な再会を果たしたこと。プルクラ様やエスピーア様と素晴らしく楽しい夢のような時間を過ごしたことをお話いたしました。

 来週はぜひ教会の炊き出しやバザー準備などの奉仕活動にご一緒しましょう、とお約束しているのだとお伝えすると、旦那様は珍しく、すぐには許可を出さずに無言で考え込まれました。

 しかし、それもほんのわずかの間の事で、やがて「かまいませんよ」とお返事くださったので、わたくしは特に違和感を覚える事はございませんでした。


 その晩も旦那様は政務がたくさんたまっているそうで、夕飯後にまた執務室に戻られました。相変わらず政務は大変にお忙しいらしく、毎日たくさんのお仕事を持ち帰られては、夜を徹して執務室で過ごされる日が続いております。

 もしかすると、早い時間に帰宅してわたくしと夕飯をとるために、多少無理をしてくださっているのかもしれません。

 この日もよほどお忙しかったのでしょう。夜が白んでも夫婦の寝室にいらっしゃることはございませんでした。


 そしてあっという間に時は過ぎて、プルクラ様、エスピーア様と教会の奉仕活動に参る日になりました。

 今日は貧民街の住民に向けて炊き出しを致します。

 とは申しましても、本当に貧民街の中に行ってしまうとあまりに治安が悪いので、イリュリア城下の街外れの広場で炊き出しを行います。前日から下ごしらえしてあった大量の野菜と豆を、大きな鍋でスープ煮に致します。

 ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎ、ひよこ豆……あの木の根のようなものはゴボウと言うのだそうです。

 あまり見た目はよくありませんが、具だくさんのスープは温かく、野菜とハーブの優しい香りが食欲をそそります。


 ゆっくりと木べらで大鍋の中身をかき混ぜておりますと、あたりに漂う香りにつられて、大勢の貧しい人々が集まってきました。粗末な椀を持って並ぶ人々は、一杯のスープと薄切りの黒麦のパンを受け取り、広場の隅で温かい食事に涙しながら大切に食べておりました。

 このような食事ですら、満足に口にする事ができない惨めな人々がこんなにいるのかと思うと、あまりの憐れさに涙が出そうです。


 作ったスープが一滴残らず貧しい人々に配られて、空の大鍋は水分と汚れを軽く拭きとられて荷車に積まれました。

仕活動に参加したみなさんで炊き出しに使った様々な機材を片付け終わり、火の始末を確認すると、わたくしは広場の隅で前掛けを外してほっと一息つきました。

 ほんの少し前までのわたくしなら、メイドのように前掛けをして奉仕活動をするなど、みっともなくてとても我慢ならないと癇癪を起していたでしょう。

 しかし、プルクラ様と知り合った今は、下々のものと一緒に汗を流して憐れな人々に救いの手を差し伸べてやることのできる、慈悲深く勤勉な自分自身を誇りに思います。


「パトリツァ様、今日はお疲れさまでした。もしパトリツァ様さえよろしければ、これから孤児院に立ち寄って子供達と遊んでまいりませんか?」


 プルクラ様が声をかけて下さいました。

 たしかにまだお昼をすぎたばかりです。教会で簡単な食事をご用意くださっているようなので、そちらでお昼をいただいてから孤児院に立ち寄る事になりました。


 わたくしも何度も孤児院にうかがううち、だいぶ子供たちとうちとける事が出来ました。今では立ち寄るたびに親しくなった子と静かなお部屋でゆっくりと遊んだり、疲れている時はマッサージをしてもらったりと楽しい時間を過ごして、日ごろの心身の疲れを癒しております。

 でも、どれだけ素晴らしい時間を過ごしたとしても、他の方には誰とどんな遊びをしたか決してお話してはいけないそうです。子供たちのプライバシーにかかわるからだとか。

 もちろん子供達も余計な事は一切申しません。やはり躾の行き届いた子供というものは良いものですわね。

 なんだか旦那様に秘密ができるのがくすぐったくて、少しだけ冒険しているような気がいたします。


 さて、今日はどの子と遊びましょうか。

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