エルネスト・タシトゥルヌ 十五
そうこうするうちに、パトリツァがプルクラ嬢と芝居見物する日になった。
この日も早めに帰宅して話を聞いたところ、途中からイプノティスモ家の次男エスピーアも合流したらしい。どう考えても最初から示し合わせていたに違いない。
もっとも、パトリツァはまだ芝居の中のヒロインになりきっているのか「こんな日にまたお目にかかれるなんてこれは運命ですわ」と涙ぐんで喜んでいたが。
ちなみに芝居の筋は「愛人ばかりを大事にする夫に蔑ろにされた妻が自分を一心に慕うの助けを借りて彼らに正義の鉄槌を下して追放し、自分はその若者と結ばれて幸せになる」というものだとか。
つまり自分をヒロインに、エスピーアをその夫を追いやらせる若い愛人に見立てていつまでも物語の世界に浸っている訳か。これでは自分が不貞をはたいていると宣言しているようなものなのだが、自覚しているのだろうか。
とにもかくにも、これでプルクラもエスピーアも真っ黒だと判明した。エスピーアの母親も同行していたという事だから、イプノティスモ家そのものがプルクラ・ティコスと結託していると見てまず間違いなさそうだ。
相手の出方を見たいところではあるが、深入りは禁物だろう。ここまで周到にパトリツァに近付いてきたということは、捜査の手が迫っているという事はよくわかっているはずだ。
パトリツァには少しずつ距離をおかせるにしても、余計なところをつついて逃げられないようにくれぐれも用心しなければ。
芝居の後、カフェでゆっくり話をして奉仕活動の話題になったのだとか。
パトリツァは「奉仕活動を始めたことで自分は毎日が充実して楽しくなった、素晴らしい事だからぜひ緒にバザーや炊き出しに参加して欲しいと」と熱心にエスピーアを誘ったと言う。
エスピーアも最初は渋っていたのだが、パトリツァの熱心な説得に、ついに一緒に参加する事になったのだと実に得意げな笑顔で言われた。
あまりの無邪気さに、俺は一瞬どんな顔をすれば良いのか本気で悩んでしまった。もちろん、よほど親しい人間でなければいつもの無表情にしか見えなかっただろうが。
俺の表情筋は滅多に仕事をしない。そのせいでむやみに怖がられたり冷たい人間に見られてしまうのが悩みの種だったが、今回ばかりはこの怠惰な表情筋に感謝したい。
パトリツァは自分もプルクラの慈善活動にもちろん参加続けるつもりだと嬉しそうに言っているが……これ以上深入りするのはいかがなものか。
だいぶ迷ったものの、バザーや炊き出しに限れば外部からの人目も多い催しだし、おかしな事には巻き込まれまいと思って最終的には許可をした。
ただし、孤児院にはもう行かせない方が良いと思う。念のためパトリツァには孤児院には行かないよう、行っても絶対に一人にならないよう、よくよく言い聞かせておいたのだが、果たしてちゃんと理解しているのだろうか。
やはり彼らとの付き合いそのものを断たせるべきか。
しかし、プルクラと出歩くようになってからのパトリツァは驚くほど精神的に落ち着いてきた。ごく稀にではあるが、自分の行いを後から客観視して反省する事すらあって、ほんの少しずつではあるが良い方向に変わりつつある。悪い連中だとわかっていても、
本当は良い友人をつくらせてやれれば良いのだが、いかんせん今までの悪評が酷すぎるし、まだ充分に行いが改まったとは言い難い。
これではまともな貴族の子女は相手にしないだろう。
以前もマシューの奥方やその友人たちを紹介してもらったりもしたのだ。
しかし、パトリツァは紹介された申し分のない貴婦人がたのことを毛嫌いして露骨に嘲るような態度を取り、言葉尻をとらえて揚げ足取りばかりする。しかもその揚げ足取りが的外れもいいところで、教養や機転といった知性がおそろしく欠けていることを露呈して恥をかいただけだった。
しかも自分の取り巻き達の前では「いい子ぶりっ子した陰険腹黒女」と罵詈雑言を並べ立てる。
当然のことながら、まっとうな貴婦人がたはパトリツァとの関りを避け、パトリツァ自身も彼らを疎んじるので自然に交流は途絶えたままだ。
だから、未だにパトリツァと付き合ってくれるような女性はタシトゥルヌ侯爵家とのつながりが欲しくて必死な下位貴族か、プルクラ・ティコスのように何らかの企てがあって近付いてきた者しかいない。
おそらく今プルクラ・ティコスたちとの関係をいきなり絶たせようとすれば、パトリツァは逆上してとんでもない行動に走りかねない。
仕方がない、監視の目を多くして成り行きを見守ることにしよう。
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