クラウディオ・ケラヴノス 十

 慈善活動を「モテないブスのいい子ぶりっ子」と馬鹿にしていたパトリツァ夫人がプルクラ嬢に触発されて、惨めな人々を救ってやろうとやる気になっている。

 いろいろと勘違いもあるようだし、そもそもプルクラ嬢やエスピーアはまともに付き合うには危険すぎる相手なのだけれども、それでもあの傲慢ごうまんで意固地な夫人が少しは自分の行いを改めようと思っている機会を逃すのは惜しい。

 多少の危険は承知の上で、根気よく見守った方が良いだろう。


 ……と最初は思ってました。

 でもね、やっぱりおかしすぎるでしょ。炊き出しとかはともかく、孤児院の話。

 みんなおとなしくてお行儀良くて、悪戯したりどこか汚すような事はないって……それ、どう考えても普通の孤児院ではあり得ないよね。

 まぁ、貴族の夫人が来てる時だけ猫かぶってるって可能性ももちろんあるんだけどさ。

 孤児院って基本的に小汚いし、色んな事情の子がいるから乱暴な子や従順でない子もいるはず。そういう、色々な厳しい環境で生きてきて、心身に色々な傷や病を抱えている子供たちにきちんと愛情と教育を与えて、大きくなってから一人で生きて行けるように心身と技術を育てる機会を与えるのが、僕たち貴族の役目の一つだと思うんだけど。

 夫人は今までそういう苦しい境遇の人と接したことがないし、存在を気に留めたこともないから違和感を覚えないのかもしれないけど、さすがにおかしいってわからないものかな?いや、わかるだけの感受性のある人ならこんなにひねくれた人に育っていないか。

 それにしても、どうかんがえても夫人の言う孤児院は怪しすぎる。やっぱりあまり関わるのは剣呑な気がするな。


 極めつけにおかしかったのは芝居見物。

 何故か隣のボックスにエスピーア殿がいたって……どう考えても最初から示し合わせてたよね?プルクラ嬢もエスピーア殿も、色々と情報を引き出すか、懐柔して摘発の手を緩めさせる目的でパトリツァ夫人に近付いたとしか思えない。

 芝居の演目もひどい。

 エリィは気付いてなかったけど、これ今流行ってる恋愛小説を演劇仕立てにした舞台だよね。

「夫に蔑ろにされた貴族の妻が、真摯に自分を慕う若者の助けを借りて不実な夫を告発して追放させ、若い愛人との真実の愛を勝ち取る」って筋書。

 そんなの見に行って、エスピーア殿に会ったのを「運命だ」って涙流さんばかりに喜んでるって……不貞を働いてますって堂々と宣言してるようなもの。あまりに露骨すぎてさすがにドン引きしちゃったよ。


 さすがに気になるから、エスピーア殿も一緒に炊き出しに行くと言う日に、視察を兼ねて貧民街に行こうとエリィを誘った。

 正直、炊き出しの方はそこまで気にしてなかったんだけど……何これ、スパイスやハーブでごまかしてるけど、何か混入してるよね?

 良く見てみると、並んでる人たちの様子もかなり変だ。これだけ困窮しているのにお行儀が良すぎる。久しぶりの食事にしても、こぞって涙を流して喜んでいたり……何か大げさすぎて不自然だ。

 僕の顔色が変わったことに気付いたエリィが何があったか訊いてきたので、懸念を話すと納得してくれた。


「たぶん、何か多幸感を得られるような薬が入っている。依存性があるかどうかはわからないけど」


「目的は何だ?」


「多幸感を得られる薬は、その反動で薬が切れると猛烈な不安感を覚えるようになる。定期的に与え続ける事で、不安を解消して多幸感を与えてくれる存在に盲従するようになるだろうね。

 貧民街の住人は戸籍もない人が多い。とても使い勝手の良い捨て駒が量産できると思わない?」


 弱い立場の人たちを、薬で操り良いように捨て駒にしようとしている。ろくに戸籍もない彼らなら、用が済んで始末されたところで、気付く者も少ないだろう。

 あまりの卑劣さに吐き気がする。


「……戻ろう。薬の出どころを調べないと」


 広場には空になった大鍋の汚れを拭きとって荷車に積みこむ人々の姿。

炊き出しはもう終わりらしい。

 丹念に火の始末をして、お礼を言う人々ににこやかに挨拶を返す奉仕活動の参加者の姿からは、貧しい人々を更に搾取しようという悪意は感じられない。


「あの人たちのどれだけが薬のことを承知の上で参加しているんだろう」


 ぽつりと言ったエリィの声が哀しげだ。


「......全員ではないと思いたいけど、あまり楽観視はしない方がいいよ。人間なんて、そんなに綺麗な物じゃないんだから」


 僕も含めてね。

 人の善意を信じたいエリィがあまり傷つかずに済めば良いんだけど……

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