エルネスト・タシトゥルヌ 十七

 法務省に戻ってからはおおわらわだった。

 まず警邏けいらに問い合わせて貧民街を中心に、今流通している麻薬がないかどうか確認した。

 出回っている薬物にもいろいろあるが、やはり多幸感を得られる薬物が半年ほど前から少しずつ出回り始めたらしい。今では依存症の者も増え、このままでは中毒患者による犯罪が起きるのも時間の問題だとか。

 炊き出しとの関係は見つからなかったが、警邏でも教会が薬物をまき散らしているかもしれないというのは盲点だったらしく、人を送り込んで捜査してみるそうだ。


 そして人身売買の件。

 こちらもこちらからの情報提供で捜査が一気に進んだそうで、詳しく報告を受ける事が出来た。

 いくつかの孤児院で、孤児育成手当が算定される3月には大勢いた孤児たちが、人頭税が算定される9月になると半数位になっている。もちろん孤児院だから、病気や怪我など、何らかの理由で死亡する事はあり得るし、引き取り手が見つかる事もあるだろう。

 それにしても、寒さが厳しくて食料も乏しく、病気が蔓延まんえんしやすい冬よりも、温かくて過ごしやすい夏の死亡者が極めて多いのは不自然すぎる。書類上の数字だけではなく、実際に施設の中にいる子供の数も変動しているとのことで……それは書類が誤魔化されているというよりは、子供が実際に移動させられている事を意味するのだろう。


 そしてとある孤児院には異様なまでに行儀が良く、際立って美しい容姿の孤児ばかりが集められているという。

 その孤児院にいる子供の数は常に一定で、誰かが引き取られると同じように美しく極端に聞き分けの良い子供がどこかから連れて来られる。引き取り手は多額の寄付を行う豪商や貴族ばかりだが、引き取られた子供のその後については判らないことが多い。


 これらの疑いは、俺たちが監査資料を提示した時点では単なる書類上の矛盾点だったものが、警邏けいらの正式な捜査により裏付けがとれて、ほぼ疑いようのない事実となった。あとは物的証拠を揃えて令状を取れば大規模な強制捜査ができる。


「これは……人頭税をごまかしがてら、売ってるだろうな」


「この、綺麗で聞き分けの良い子しかいないって孤児院は、この間ちらっと証言が取れた見目の良い子を仕込んで客を取らせているという現場だろうね。まだ十歳にもならない子にまで客を取らせるなんて……」


 憤懣ふんまんやるかたないといった様子で彼が差し出して来た資料を一瞥し、背筋が凍り付いた。


「……ここ、パトリツァがいつも遊びに行っている孤児院だ」


 おかしい、おかしいとは思っていたが、やはりもぐりの違法娼館だったか。……それも幼い子供ばかりを集めて児童売春をさせている、極めつけにタチの悪い見世だ。


「まさか夫人……『接待』を受けてやしないだろうね……」


「おおいにあり得るな」


 欲望に忠実で快楽に弱いパトリツァならばそういった『接待』を嬉々として受けていても全く不思議ではない。道理で孤児院への訪問に固執するわけだ。

 あまりのことに、平素は負の感情を露わにしないディディが珍しく頭を抱えてしまった。


「どうりでトリオをやけに疎んじる訳だ。子供なんて泣いたり癇癪起こしたりするのが当たり前なものだけど、そういう不自然に仕込まれた『良い子』の姿を見て『本来のあるべき子供の姿』だと思い込んでいるんだろうね」


 幼い子供に大人には絶対に逆らえないような異常な『躾』をほどこし、性的な奉仕を強制する。ディディ自身が義母から受けていた仕打ちそのものだ。


「すまない、大丈夫か?」


 いつフラッシュバックを起こしてもおかしくない状況だと思う。

 そんな悪行にパトリツァが加担しているかもしれないと思うと、腹立たしくも情けなく、どうか無関係でいてくれと祈らずにはいられない。


 やはり連中との付き合いはきっぱり断たせるべきだった。

 たしかに奴らの出方を見たいと言う下心はあったものの、パトリツァが少しずつ良い方向に変わってきたと信じて好きに行動させてきた面もあるのだ。

 つい自分の見たい部分、都合の良い部分だけを見て、目の前の危険を軽んじてしまった己の甘さと愚かさに歯噛みする。


「大丈夫。それより、一日も早く検挙できるよう、僕たちはできることをしていこう。今日は早めに帰って、ちゃんと夫人とお話ししてね?場合によってはマシューにも協力してもらおう」


 蒼ざめながらも強い決意をこめて今後の話をするディディ。

 確かに起きてしまったことは今さらなかったことにはできない。俺たちは自分にできることを粛々と進めるほかはないだろう。


 それにしてもどうか最後の一線だけは越えずにいてほしい。その願いを胸に、定時になると同時に屋敷に急いだ。

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