パトリツァ・コンタビリタ 九
旦那様のお許しが出たので、さっそくプルクラ様をご招待することに致しました。
まずプルクラ様のご都合を伺うために、ティコス男爵家に手紙を出します。しばしのやり取りの後、3日後にお招きする事に決まりました。
このお屋敷に茶会ではなく個人のお友達をお招きするのは初めてです。楽しみで、わたくしは心浮き立つ毎日を送りました。
そして3日後、ついにプルクラ様がいらっしゃいました。
本日は昼間なので、プルクラ様は艶やかな黒髪によくお似合いのローズレッドのカシュクールドレスをお召しでした。ハイウエストの自然なシルエットに鮮やかな薔薇色に薔薇柄の黒いレースをあしらい、なんとも深みのある色味が優雅な逸品でございます。凝った生地を活かすため、あえてシンプルなデザインにしてあるため、プルクラ様の美貌とドレスの素材や仕立ての良さがよく映えますわね。
わたくしはグリーンとブルーのシフォンを幾重にも重ねてグラデーションに見えるようデザインしたラウンドガウンでお出迎えしました。スカート部分には白と銀の糸で細やかなひな菊の花を刺繍してあり、初夏らしく清楚な装いとなっております。刺繍の控えめな光沢が明るい日差しに映えて爽やかな気分を演出するのですわ。
今日もとても良いお天気でしたので、お互いの装いや美容法など、女性同士ならではの楽しいおしゃべりに花が咲きました。美味しいお菓子や可愛らしい小物、流行りの恋愛小説に芝居にやんごとなき皆様の秘め事、楽しい話題はつきません。
「それにしても羨ましゅうございますわ、ご主人にいつも大切にエスコートされていて。先日の夜会の時も、素晴らしいファーストダンスにすっかり見惚れてしまいましたわ。あの氷の貴公子を射止めるなんて、どんな馴れ初めでしたの?」
うっとりと口にされた言葉に、一瞬にして背筋が凍りました。
そういえば、わたくしたちの馴れ初めはどうだったのでしょう?
ある日旦那様がお父様に求婚の申し出にいらっしゃって、そのまま婚約が成立したのです。それ以前は夜会などでお見掛けすることはございましたが、直接お話することはございませんでした。
旦那様はなぜわたくしに求婚されたのでしょう?今まで全く考えもしませんでした。
「うふふ、内緒ですわ」
内心の焦りを微笑みでごまかします。
「ご主人とはいつもどんなお話をしていらっしゃいますの?」
興味津々のプルクラ様。
「そうですわね……」
旦那様が日頃口にされるのはやれどこの領地で大雨が降っただの、どこそこでは孤児の数が急に増えただの、つまらないものばかりでございます。それをあのお方と毎日毎日飽きもせずに話しておられて、わたくしとはどのような会話をしているか、なかなか思い出せません。
「お仕事で赴かれた土地の宝石や工芸品ですとか、季節の美味しい食べ物のお話をしてくださいますわ」
嘘ではありません。
旦那様は各地の特産品についてもあの方とよくお話になっております。……わたくしとは……いったいどんな会話をしていたでしょうか……??
「でも、最近はお仕事がとてもお忙しいらしくて、なかなかゆっくりお話しできませんの。だから、プルクラ様をお招きしたいと申しましたら、仲の良いお友達をお招きできるのは素敵だね、と喜んでくださったのよ」
「まあ、なんて光栄なんでしょう。パトリツァ様、どうかこれからも仲良くしてくださいませね?」
「ええ、喜んで」
すっかりお話が盛り上がり、プルクラ様との友情を育んだところでだいぶ日も傾いてしまいました。
「申し訳ございません。そろそろお暇しませんと、家のものが心配しますので……次は我が家にもいらしてくださいね?」
「もちろんですわ。今日はお越しいただきありがとうございます」
残念ですが、二人きりのお茶会はお開きにしてプルクラ様はお帰りになりました。玄関までお見送りしようと参りますと、ちょうど旦那様とあのお方が馬車から降りてこられたではございませんか。
「旦那様、こちらはティコス男爵家のプルクラ様ですわ。ちょうど今お帰りになるところですの」
「ごきげんよう、プルクラ嬢。今日はお楽しみいただけましたか?」
「本日はお招きありがとうございます。とても楽しい時間を過ごさせていただきました。次はぜひ我が家にお越しくださいと、奥様にお願い申し上げたところですのよ」
「それは良かった。これからも妻をよろしくお願いいたします」
こんな社交辞令が交わされる中、プルクラ様は笑顔でお帰りになりました。ついさっきまでご一緒だったのに、もう次にお目にかかるのが待ちきれない心地でございます。
今日は本当に楽しい一日でございました。
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