パトリツァ・コンタビリタ 十

 プルクラ様がいらっしゃって数日が経ちました。

芝居のチケットがご用意できたので、打ち合わせをしたいからティコス男爵家でお会いしたいとお便りをいただき、さっそくお邪魔する事になりました。

 本日のお土産はナッツの蜂蜜漬けです。

 このままお茶のお供として頂いても良し、パイに練り込んでも良し。

サラダに散らしても美味しゅうございます。プルクラ様、喜んで下さるとよろしいのですが。


 ティコス男爵家のお屋敷は、貴族街の中ではやや外れた、下位貴族のお屋敷の立ち並ぶ界隈にございます。

 この辺りは地位は低いものの裕福な新興貴族のお屋敷と、貴族とは名ばかりのこじんまりとした邸宅が入り混じっています。ティコス男爵家のお屋敷は前者にあたるらしく、大きさこそ周囲の邸宅より極端に大きいという事はないものの、何種類もの薔薇が咲き誇る庭園には小さな噴水までしつらえられており、その財力を誇っていました。

 招き入れられた邸内も、趣味の良い絵画や精緻な彫刻の施された調度品が至る所に飾ってあり、権勢のほどがうかがえます。


 わたくしは、お庭のよく見えるテラスに通されてプルクラ様とゆっくりお茶をいただくことになりました。


 プルクラ様の本日の装いは淡いレモンイエローと深いオレンジの細かい縞模様のルタンゴトと呼ばれるコート風ドレス。シンプルで細身のラインを最新流行の縦縞が引き立て、共布のベルトがハイウエストのラインを際立たせています。プルクラ様の豊満な肢体と瑞々しい若さを引き立てる、個性的な装いですわね。


 わたくしは初夏らしく白と淡いパープルのストライプのシフォンをふんだんに使った、アイリスをイメージしたエンパイアスタイルのドレス。

 三十年ほど前にカロリング王国で起きた革命を契機として、旧来の宮廷服に見られたゴテゴテした過剰な装飾や、コルセットなどでむやみに矯正した不自然なシルエットが好まれなくなりました。近年ではより自然な美しさを求めて古代のエレガントな衣装を模したドレスが流行しております。

 もちろん社交界の華であるわたくしもいち早くこの流れを取り入れ、透け感のある布地を活かした上品なスタイルを好んで身に着けております。


 本日プルクラ様がご用意くださったのは、チェンシャン産のイェン茶という、たいへん珍しい紅茶です。

 こちらは発酵が終わった茶葉を松葉で燻して遠距離の輸送でも品質が落ちないように加工したもので、独特の薫香に癖がありますが、ミルクで煮出して蜂蜜をたっぷり入れるとミルクのコクと松葉の香りがなんとも言えずふくよかな味わいになります。滋養強壮にも優れているそうで、お腹が弱い方は定期的に飲むと胃腸が強くなるとか。

 添えられたスパイスを効かせた甘みの強いクッキーがとてもよく合って、味わい深いお茶会になりました。


 美味しいお茶とお菓子を頂きながらお喋りするのは本当に楽しゅうございます。プルクラ様は話題も豊富で、今日は巷で話題の恋愛小説や芝居の話で盛り上がりました。

 プルクラ様はさらに教会のバザーや孤児院の慰問などの慈善活動にもよくおでかけになるのだそうです。おりにふれ貧しく恵まれない憐れな者たちに慈悲の心で施しを与えるプルクラ様は、お姿だけではなくお心も美しくていらっしゃいます。

 彼女の容姿の美しさは内面の美しさに感銘を受けた創世の女神さまが恩寵としてお与えになったものに違いありません。


 そして嬉しいことに、プルクラ様は彼女の進めている慈善活動にわたくしも参加してほしいとお誘いくださったのです。

 もちろん、わたくしは喜んでお手伝いさせていただく事に致しましたわ。毎日仕事仕事でわたくしを顧みない夫の帰りをただただ待つだけの退屈な日々よりも、恵まれない惨めな人々を救い感謝される日々の方が、間違いなく刺激に満ち充実したものになるでしょう。


 わたくしはプルクラ様に次のバザーには必ず参加させていただくと堅くお約束し、ついでにお芝居見物の日時もお約束してお邸をあとにしたのでした。


 ティコス男爵家から帰ると、今日も旦那様が早くお帰りでした。

 しかも今日も夕飯を夫婦二人きりでとりたいとおっしゃるではありませんか。

 夕飯の席ではプルクラ様とのお茶会がどうだったか、どんなお話をしたのか、いろいろと訊ねて下さいました。

 新しくできたお友達がどんな方なのか気にかかるのだそうでございます。お屋敷のご様子ですとか、飾られていた絵画や美術品、工芸品の様子まで訊ねられたのは驚きましたが、


「屋敷に普段から飾っているものは、その屋敷の住人の好みをそのまま反映するからね。あらかじめわかっていれば、手土産やおりおりの贈り物を選ぶ参考になるんですよ」


とおっしゃられると、なるほどと納得いたしました。やはり旦那様は思慮深くていらっしゃいます。


 プルクラ様から教会の奉仕活動や孤児院への慰問に誘われたお話をいたしますと、少し考えてから「ぜひご一緒しなさい」とおっしゃってくださいました。


 ああ、これでわたくしもプルクラ様のように惨めで憐れな人々を救う崇高な使命を果たすことができるのですね。

 次にプルクラ様にお目にかかれる日が待ち遠しゅうございます。

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