第39話 魔王の行方

 ――終わった。

 ドラゴンは逃げ去り、《大魔導師》も消滅した。


 後は、俺だけだ。


 幸いにして、意識の汚染はまだ小さい。

 でも僅かずつ蝕まれているのも自覚していた。俺はもう長くない。すぐに行動しなければ。

 まずはアンネの弟たちの蘇生、だ、な……


 あ、れ……!?


 ぐらり、と、視界が歪む。

 あまりの気持ち悪さに吐き気さえするのに、それもかなわない。

 というか、身体が、動か、な、い……――!?


 鈍くなる思考の中、俺は原因を悟る。


 反動だ。

 今回、俺は《闇の波動》を共鳴作用によって強引にレベルを急激に引き上げた。尋常じゃない影響を受けてるんだ。

 何かしらの副作用はあると思ってたけど、これは……キツ、い!


 抵抗さえ許されず、俺はゆっくりと落下を始める。


 同時に、俺の全身から闇が放たれる。

 この感じ、危険だ。

 どんどんと何かに全身が蝕まれていく。これは《闇の波動》の意思らしい。魔王の意思とも言える。


 ――さぁ、我が意に食われるがいい。


 闇という闇を醸成したらやっとこうなるんだろうなっていう声がした。

 内側から響いてくるせいで、不快感がハンパじゃない!


 ――勇者。我を滅ぼした存在。その復讐が今、ここになす!


 やっぱり。

 魔王が俺に因子を植え込んだんだな。


 くそ。なんか腹立つな。


 けど、その力のおかげで町を守れたんだし……それに、俺の意識を奪ったところで意味はない。

 下にはマルチナたちがいる。

 全力で俺を殺してくれるだろう。魔王の復讐なんて成し遂げさせてなるものか。

 ただ、心残りはアンネのきょうだいだ。

 何とかして蘇生させてやりたかった、け、ど――……


 ――なんだ、お前は。


 俺の意識が遠のきかけた時だった。

 闇の声が、何かに怯えるように警戒を放つ。

 なんだ、と思う間に、闇の声が食われていく。ばりばりと音を立てて。


 なんだ、何がおこってる?


 この感じ、感覚――まさか、《怠惰》!?


 間違いない。

 目覚めたらしい《怠惰》が、魔王である《闇の波動》を食ってる! まるで、邪魔者かのように。


 ――バカな、どうして、なんだ、それはっ!


 いや、俺に聞かれてもだな。

 わかんないよ。

 ただ、間違いなく《怠惰》が発動して《闇の波動》を殺そうとしてる。まるで、所有権は自分にあるのだと言わんばかりだ。


 いや、そうかもしれないな。


 そもそも《怠惰》はバグスキルだ。

 通常ではないのだから、デスティネーションチャンバーである《闇の波動》さえ排除できるのかもしれない。


 それはそれで怖い気がするけど、とにかく助かった。


 俺は一気に身体が解放される感覚を覚えながら、意識を落とした。



 ◇ ◇ ◇



 目が覚める。

 いつものようなダルさだ。

 俺としてはたまったもんじゃない。やる気がない。身体を動かす気にもなれない。億劫極まりない。

 それでも目を開けると、そこには泣き笑いの表情のアンネがいた。


「勇者さまっ……! やっと目を覚ました!」


 ぐすっと涙を拭ってから、アンネはいつものように俺の口へ気付け薬を入れてくれた。

 ほんのりと活力が全身を巡り、俺はなんとか起き上がれるだけの気力を手にする。

 って、身体の節々が妙に痛い。

 どうやら長い間寝ていたらしい。っていうか関節マジ固い。


 億劫ながらも身体をもみほぐしていると、物音がした。


 入ってきたのはヴァンとマルチナだ。

 俺の顔を見るなり、かなり複雑そうな表情を浮かべる。

 怒ってるような、喜んでいるような。


「……えっと、どれくらい寝てた?」

「二週間くらいです」

「そんなにか!」


 さすがに寝すぎだろ。

 びっくりしていると、いきなりマルチナが詰め寄ってきたって近い近い近い近い近い!

 慌ててのけぞると、胸倉をがっつり掴まれた。


「魔王には……なってないね?」

「なってねぇよ。っていうか怖いから離して?」


 マルチナは大きく安堵の息を吐いてから、胸倉を離す。

 っていうか魔王化してたら殺すつもりだったのか。絶対そうだったよな。いや、それは確かにそうお願いしたけど。

 思わず苦笑していると、ヴァンがようやく相好を崩した。


「よかった……本当に無事だったのね、勇者ちゃん」

「勇者さまっ!」


 ぐすんと目じりをうるわせるヴァンに、アンネが飛びついてくる。

 いやまぁ確かに心配させた自覚はありますけどね。


「すまんかった」


 正直に頭を下げる。


「でも本当に無事だったんだね。あの状況でどうやって助かったんだか……」

「《怠惰》だよ」


 俺の代わりに答えたのは、ドアから入ってきた人物――マキアだった。

 って、ええええええっ!?

 なんで預言の魔女がこんなところにいるんだよ!?


「え、ちょ、おい!?」

「こいつらが毎日毎日とっかえひっかえ来るもんだから、わざわざ来てやったんだよ。出張ってヤツだね」


 半ば呆れながらアキアは三人を軽くにらむ。

 三人は一斉に視線を逸らした。

 マキアが根負けするって、いったいどんだけ行ってたんだ……?


「と、とにかく。その《怠惰》ってのは何なんだ?」


 そっか。マルチナはまだ説明受けてないのか。

 俺はとりあえず《怠惰》のスキルを説明し、そしてみんなにもわかるように状況を説明した。

 魔王化した時、《怠惰》が覚醒して魔王を食べたって。


 落ちたのは絶句の沈黙。


 当然といえば当然だ。

 デスティネーションチャンバーを食うスキルなんて聞いたことがない。

 俺も聞いたことがない。

 でも《怠惰》はバグスキルだ。何があっても不思議はないといえばない。


「それって魔王因子よりヤバいんじゃないの?」

「現状は完全な死にスキルだけどな」


 本来は魔王ヴェルフェゴールの専用スキルなワケだし。

 俺には完全に無意味なスキルのはずだ。


 今回は助けられたけどな。


「とにかく、警戒はしておかないといけないってことだね。勇者。これからもあたしはあんたの傍にいるよ。何かあったら殺すためだから」

「物騒だなオイ」

「そうね。勇者ちゃんと添い遂げるのは私の本懐でもあるし」

「添い遂げなくていいからな?」

「勇者さま。私はずっとついていきますからね!」

「お、おう。ありがとな」


 アンネのまっすぐさには何も言い返せない。


「とにかく、これからどうするんだ? あ、町を救ってくれたお礼だってことで、あの二人からと国王から何か色々と届いてるけど」


 マルチナの問いかけに、俺は腕を組む。


「まずはこの村を発展させようと思う。お礼の品の検品もしないとな」


 なんかレアアイテムとかもありそうだし。

 村を発展させるのは、情報収集のためだ。


「あと、《怠惰》に関する情報を集めていこう」


 とにかく闇落ちルートはまだ回避できたか分からないからな。

 魔王因子はおとなしくなってくれたけど。


 全員が頷いたタイミングで、俺も頷いた。


 この世界でなんとしても平和に生きるために!





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怠惰の呪いのせいで追放された三冠勇者は闇堕ち破滅ルートを回避したい~絶対防ぎたい、魔王化~ しろいるか @shiroiruka

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