第38話 魔王の戦い

 次々とドラゴンが消し炭になっていく中、俺は《大魔導師》を探す。なんとか居場所を特定して、後はマルチナたちに――……。

 早くも眠気が襲ってくるが、俺は必死に耐える。


 ――いたっ!


 探知スキルを全部使って、俺は見つける。

 空に浮かんで忍んでたか。

 けど、見つけたからには! せめて一撃をぶちこんで、マルチナたちを楽にさせてやりたい。

 俺は気合を入れて攻撃を仕掛ける。


 ――なんだ。


 ぞわり。

 凄まじい怖気が走り、俺は攻撃を躊躇する。

 直後、また夜空が煌めき、遥か空からドラゴンどもが下りてくる。って、おいおいおいおい!?


「う、嘘でしょ……!?」

「またドラゴンが現れるなんて……!」


 さすがにヴァンとマルチナも驚いている。いや、当然だ。

 俺も予想外だった。

 まさか、ドラゴンの第二陣を用意してるなんて……!


『何を驚いているんですか?』


 そんな俺たちを見下しながら、《大魔導師》は不気味に嗤う。

 当たり前のように、ドラゴンどもが《大魔導師》たちの周囲を飛び回る。

 完全に従えてるかって言われたら微妙っぽいけど。


 でも、従えてる。


 次攻撃されたら、持たないぞ……!


『ああ、確かに私は驚きましたよ。あれだけの数のドラゴンをたった一人で撃滅するなんて。さすがは勇者です。桁違いの強さだ』


 俺の焦燥に気付いているはずの《大魔導師》は、あえてゆっくりと話す。くそ、こいつ……っ!


『ではもう一度攻撃するので、次の一撃も見事に反撃してみせてください。勇者なら可能ですよね?』

「お前っ……!」

『さぁ、どうしました? それとも堕落の勇者はもう息切れですか? 随分と情けないですね。それだけの大口をたたいておきながらその程度とは』


 ここぞとばかりに罵倒してくる。

 実は根に持ってたな……いや、問題はそこじゃない。

 このままじゃマジで防げない。


 どうする? どうすればいい?


 いや、考える余裕なんてもうどこにもない。

 選択肢も残されてない。

 俺は、覚悟を決めなければならないんだろう。ぐっと唇を噛んでから、上を見上げる。


 今この場を切り抜ける唯一の道は、俺の魔王化しかない。


 もちろんそれは、ゲームオーバーを意味する。

 俺が魔王化すればシナリオ二期の主人公が生まれ、俺を殺しにやってくるだろう。どのみち逃げられない。

 けど、何もしなかったらやっぱり死ぬしかない。 


 だったら、俺は仲間に殺される道を選ぶ。


 あ、でもその前にアンネの弟たちをどうにかして蘇生させないと。そうだな……魔王化しても蘇生スキルが使えるかもしれないから、それに賭けよう。その後は、マルチナたちに殺してもらう。

 どれくらいの間、自我を保てるかってのが分からないけど……


 いや、いい。もう後だ。


 今できること。

 今、みんなを助けること。


 俺は勇者なんだから。


『何も言い返せない様子ですね。つまらない。まぁいいでしょう。絶望しながら死ぬがいい』


 一方的に声と気配が消える。

 相手から交信を遮断したらしい。それはありがたい。遠慮なく会話できるからな。


「マルチナ。約束忘れてないよな?」

「約束? っておい、まさか!」


 さすがに気付くのが早い。そういうカンの鋭さは大事だ。


「俺は魔王になる。あいつ以上の魔王になってドラゴンの支配権を奪う。そしたらあいつは丸裸だ。仕留められるはずだ」

「何言ってんだ! そんなことしたらお前の自我が消えるぞ!」

「いきなり自我が消えるワケじゃないさ」


 食って掛かるマルチナに、俺は冷静に言い返す。


「《大魔導師》を見てりゃ分かる」

「けど!」

「勇者さま……私は……」

「アンネ。ごめんな。でも……お前のきょうだいを蘇生させる方法はあるから。魔王になっても叶えるから」

「そうじゃないです! 私は、アンネは、勇者さまから離れるのがイヤです!」


 ぼろぼろ泣きながらアンネがしがみついてくる。うう、かなり後ろ髪引かれるな、これは……。

 いや、でも時間がない。それにもうかなり眠いんだ。ヤバいダルさだ。いつ意識落ちてもおかしくない。

 俺はゆっくりとアンネから離れる。


「ごめんな。でも、守るから」

「勇者さまっ!」

「アンネちゃん」


 俺にしがみつこうとしたアンネを制したのは、ヴァンだった。

 微妙に怒っている顔だが、俺を止める様子もなさそうだ。


「覚悟は決めたのね?」

「ああ、これしかない」

「分かったわ。男が決めたんなら邪魔するのは無粋ってものね。黙って見送るのが出来る女の流儀よ」

「助かる」


 微笑むと、ヴァンは拗ねたようにそっぽを向いた。

 やっぱ怒ってるな。

 そんなヴァンの隣にいたマルチナも、ガリガリと頭をかきむしって俺を睨む。


「……ちっ! 分かったよ。勇者。あんたが正気を失ったら、あたしが命に換えてでもあんたを殺すっ!」

「おう。頼んだ」


 剣を向けられた俺が笑うと、マルチナは顔を真っ赤にしてまたうつむいた。

 よーし。

 これで決まったな。後は……──やりきるだけだ。


「いくぞっ!」


 俺は一気に《闇の波動》を展開しながら飛び出す。

 魔王の気配を敏感に察知したか、ドラゴンブレスの用意をしていたドラゴンどもに動揺が走る。


『魔王の力を使って──? バカね。そんなことをしても無意味よ。私の方がレベルが高いんだから!』


 そう。知ってる。

 けど一つ忘れてるぞ、《大魔導師》!


 この能力……《闇の波動》には、共鳴作用があるってこと!


 俺はスキルを全開にしながら突っ込んでいく。距離が詰まってきたタイミングで、一気に俺の中で力が膨れ上がった。

 全身が悲鳴をあげる。

 ギリギリと軋む音をたてて、俺の全身は魔王へと変化していく。


 ──《闇の波動》のレベルが八になりました。


 どこかから声がした。

 視界がちらつき、思考が濁りそうになる。どうも汚染され始めているらしい。

 けど、構うものか。


 俺は今、守るためにたたかうんだ!


 激甚の気合いを込め、俺は力を解放する。その威圧は瞬時にドラゴンどもへ広がり、支配権を奪い取る。

 異変に《大魔導師》も気づいた。


「なんですって!? 支配権が消えた……!」

「なんでもかんでも自分の思い通りにいくと思うなよ。なんでもかんでも自分が管理できると傲るなよ。なんでもかんでも支配できるって勘違いすんなよ!」


 動揺する《大魔導師》に肉薄しつつ、俺はドラゴンどもへ自分の住み処へ戻るよう命令して解散させる。

 闇の閃光になった俺は、そのまま《大魔導師》にタックルを仕掛けた。


 鈍い衝撃。


 たまらず《大魔導師》が弾き飛ばそうと抵抗をするが、俺の勢いの方が勝る。展開された防御結界を突き破り、俺は瘴気を色濃く纏わせた手から剣を生み出す。

 魔王だけが呼び出せる魔剣の一つ、ダインスレイフ。

 一度抜刀すれば、敵の血を吸いつくすまで収まらないという伝説を残す。実際、この魔剣で斬られたら《不治癒》という状態異常を受けてしまう。


 この状態異常はかなり厄介だ。


 何せ、ずっとダメージを受け続けるし、治癒効果が激減する。

 特級の聖水でないと解除できないしな。

 もちろん、魔王である《大魔導師》がそんなもんつけたら大ダメージ確定である。


「バカな、どうしてそんなものを……っ!」

「お前とは覚悟が違うってことだ!」

「このっ!」


 顔を歪めながら《大魔導師》が薙ぎ払うように瘴気を刃に変換して放ってくる。

 俺はそれを魔剣で受け止めた。

 耳障りな音を立てて、《大魔導師》の瘴気が消し去る。


「うっ……負けるっ!? この私が……堕落した勇者なんかに!」

「お前はその堕落以下ってことだよ!」

「そんな、ありえない、ありえないっ!!」


 叫ぶ《大魔導師》は明らかに狼狽し、次々と攻撃を仕掛けてくる。だが、全部俺の魔剣で斬り飛ばす。


「そんな、世界は、世界は私が管理するはずなのに!」

「だからそれがおこがましいってんだよ!」


 俺は魔剣を《大魔導師》に突き立てる。

 黒い闇が迸り、凶悪な爆発を引き起こした。


「世界ってのは、そんな甘くねぇんだよ! 一人で全部できると思ってんじゃねぇ!!」

「くそ、くそ、くそおおおおおお――――っ!」


 最後の抵抗か、《大魔導師》が全身から闇を放ちながら巨大な剣を生み出し、俺に振り下ろしてくる。

 回避は許されない。

 そうすれば、この闇の剣は町に直撃して甚大な被害を及ぼす。


 だったら、かき消すまでっ!


 俺はダインスレイフに闇を注いで強化する。

 力を放ちながら、俺はその闇の剣を切り裂いた。

 音もなく、闇が灰になっていく。《大魔導師》は狼狽しながらかき集めようとするが、その手もまた亀裂が走り、消えていく。


「終わりだ。《大魔導師》」


 俺のその宣告に《大魔導師》は絶望の表情を浮かべ。

 そのまま、灰になって消えていった。

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