第37話 魔王《大魔導師》
凶悪なまでの威圧を受けて、俺はさすがに苦笑を浮かべるしかなかった。
《空の王》と称される種族――ドラゴン。
もちろん俺も対峙したことはある。レイド戦のようなイベントではおなじみのボスでもあるし、シナリオでも戦う。
間違いなく強敵だ。
そんなドラゴンが、何十匹も姿を見せて空を泳ぐように飛んでいた。伝わってくる威圧で分かる。
あいつら一匹一匹が、レイド戦のボスクラスの強さがあるぞ。
何百人ってプレイヤーが一斉に戦ってやっと体力を削っていけるってレベルの強さだ。うっかりすると魔王より強い。
「ゆ、勇者さま……」
「これはさすがにマズいかもな」
怯えるアンネの背中をさすりつつも、俺は苦る。
あれだけの数を一度に相手にした経験はない。
「なんて数なの……!」
「ダメだ、騎士団の連中がさすがに動揺してるぞ。なんとかしないと統制が崩れる!」
だろうな。
一匹だけでも脅威なのに、群れになってやってきたらそりゃビビるわ。俺だって焦る。
しかも、大ボスである《大魔導師》もいるんだ。
これはどう対処する?
もちろん《伝播》を使って全力を出すしかないんだけど、ちゃんと考えて挑まないと、ドラゴンを数匹屠ったところで終わる。
俺の無敵時間は一〇秒間しかないんだ。
何がなんでも《大魔導師》を仕留めるしかないんだろうけれど、ここで攻撃を仕掛けても絶対ドラゴンがカバーに入ってくる。
なんとかして《大魔導師》と一対一の状況を作らないと。
「まずいわ、勇者ちゃん!」
「ちょっとマズいことになったね」
考え込んでいると、マルチナとヴァンがほぼ同時に戻ってきた。
二人ともかなり切羽詰まった様子だ。
とはいえ、二人ともケガらしいケガはない。逃げてきたってことはない様子だけど、何があったんだ?
「どうした?」
「やられたわ。あいつ――《大魔導師》の狙いは、魔王化した《英雄》を仕留めさせることだったのよ!」
「こっちも同じだね。シェリルに引導を渡させるのが目的だったんだ」
二人の意見が一致して、俺は困惑した。
アンネに至ってはまったく分からないで首を傾げている。
わざと二人をつぶさせる? 戦力だったんじゃないのか?
——いや、そうか、そういうことか!
俺は空を見上げ、不気味なまでに闇が巨大化したのを感知した。
「魔王因子を取り込むためか!」
俺の出した結論に、二人が頷く。
なるほどな。
魔王因子を植え付けて覚醒させられるだけ覚醒させて命を奪う。そして奴らの中で育った魔王因子を回収し、自分の経験値とする。
強引に魔王因子である《闇の波動》のレベルをあげるつもりなんだ!
《大魔導師》の狙いはどこまでいっても自分の強化だったんだ。
戦力として再起不能になったシェリルと《英雄》を強引に復活させたわけじゃなかったんだ。最初から、自分のエサにするつもりだったってか。
ずいぶんと魔王らしい鬼畜な考え方じゃないの。
「――上空に高魔力反応! これは……っ!」
《賢者》が悲鳴のような声を上げ、夜のはずなのに空が明るくなった。
ぞくり、と、背筋が凍る。
嘘だろ! そう来るのかよっ!
上空を睨むと、力の膨れ上がった《大魔導師》に従うような動きで数匹のドラゴンが空を舞うと、その口に莫大な光を宿す。
ドラゴンブレスだ!
一匹だけでも強力なのに、数匹が同時に放ったらどうなるか!
「まずい、狙われてるわっ!」
ここは町防衛の指令所だ。
狙うなら、確かにここだな! つべこべ考えてる暇はないっ!
「みんな、俺につかまれっ! ——《転移》っ!」
転移棒を出しながら声を張ると、みんなが迷い無く俺にしがみつく。
同時に俺は転移する。
景色が歪んだ直後、光が放たれた。
閃光。轟音と破砕音。
転移した直後、俺たちはその破壊を目の当たりにした。
町の中でもかなり堅牢な造りをしていて、それこそちょっとやそっとの魔法攻撃でもビクともしない。壁の内側には防御結界の魔術式も組み込まれているからだ。
そんな時計台が、蒸発した。
しかも周囲に激烈な衝撃波を放ち、建物が壊れていく。
俺たちが逃げ込んだ、あらかじめ予備の指令所として機能するよう目を付けていた予備の塔にも衝撃が届く。
「な、なんて破壊力……っ!」
「焦ってる暇はないよ、指令所は無事だってすぐに伝令だ!」
「は、はいっ!」
マルチナが鋭い檄を飛ばし、《賢者》がすぐに動き出す。
とはいえ、動揺は避けられない。
ドラゴンブレスがいきなり、しかも複数襲ってきたのだ。一番堅牢な建物が蒸発させられたとあっては、この町のどこにいても攻撃を防げないことを意味している。
「やってくれるな……!」
「魔王としての格が上がったから、命令まで出来るようになったのね」
ヴァンが焦燥の表情を見せながら言う。
「あれはマズいわよ。次の攻撃で、町が火の海にされても不思議じゃない」
「けど、ここを拠点にするつもりなんだろ? そこまではしないだろ」
「見せしめって可能性もあるわよ」
マルチナの意見も一理あるが、俺はヴァンの方に頷く。
ここは王国のみならず、魔王の侵略からの復興シンボルだ。ここを占拠どころか破壊されたら、まして新生の魔王にやられたとなってはかなりの衝撃になる。
《大魔導師》なら、間違いなく狙ってくるだろう。
「どっちにしても絶体絶命のピンチだよ。制空権を奪われたって話じゃない」
生殺与奪を握られてるレベルだ。
ドラゴンブレスをところ構わず放たれたら、もうそれで終わる。俺たちは《転移》で逃げられたとしても、町の人たちはまず助からないだろう。
魔王が倒されて以来の、未曾有の被害が出る。
「じゃあ、どうするの?」
「それを考えてるんだよ」
唇を噛みながら言い返す。
絶望的だけど、諦めるつもりはない。何かないか? 俺の持ち物に、どんなレアアイテムでもいい。起死回生となるような──……。
『……──やはり無事のようですね』
考えがまとまらない中、声が響く。
《大魔導師》の声だ。
全員が一斉に警戒する中、声だけがまたやってくる。
『今のは単なる威嚇です。さすがにお分かりでしょうけれどね』
なんともイヤミな言い方である。
『最初で最後の情けです。今から降伏勧告をします。時間は一〇秒あれば充分でしょう? 従えば町は破壊せず、ただ占拠するだけにします。住民たちの命も保証しましょう。逆らわないのであれば、あなたたちの安全も保証しましょう。しかし……──』
また空が光る。
ドラゴンの一匹がドラゴンブレスを放ったらしい。遠くから轟音が響いてくる。
『断れば、町は消し炭にします』
──ちっ。
どっちにしても最悪だな。
どうする? どうすれば──いや、そうか。落ち着け。良く見ろ。
空からの脅威は、ドラゴンだけだ。
ドラゴンを全部なんとかすれば勝ち目はある。それがさっきまで難しかったけど……今なら可能かもしれない。
「なんだそれ。脅迫にもなってねぇぞ」
一か八か。
俺は即座に動く。
『……へぇ? この状況下でよく言えたものですね。見えてますか? 空が。これだけの数のドラゴンですよ? いくらあなたが勇者と言えど、どうしようもありません』
予想通りの返答だった。
あの策士たる《大魔導師》だ。確実に俺を仕留められる安全マージンを取ってくるだろう。それがこのドラゴンの群れだ。
だから絶対の自信がある。
そこを利用する。
俺はわざと鼻で笑い飛ばしてやった。
「どうしようもない? そんなもん、やってもねぇのに良く言えたもんだな。勇者の力舐めすぎだろ」
『堕落した勇者の分際で。ほとんどもうその力を使えない分際で挑発とは……命知らずどころではありませんよ? あなたの後ろにはどれだけの数の命があると思っているのです?』
「俺の発言が町の市民まで殺すって言いたいのか?」
『ええ、そうです』
「はっ、まさに人質に取ってるヤツのいうセリフじゃねぇな。けど、それは違うな。何故なら、そこにいるドラゴン全部が俺にブレス攻撃仕掛けたとしても俺は防げるからな」
分かりやすい挑発だと我ながら思う。
けど、《大魔導師》はプライドをくすぐられたはずだ。
『なるほど……ならばお望み通り消し炭にして差し上げます。末代まで語り継いであげますよ。愚かな勇者の末路をね!』
予想通り、挑発に乗った!
まぁ、乗ったというより、消し炭にする理由を手に入れたってだけかもだけどな。とにかくこれがチャンスだ。
「アンネ、《伝播》だっ!」
「はいっ!」
太陽よりも眩しい光が夜空に浮かぶ。
文字通りドラゴンたちが集結して、一斉にドラゴンブレスをぶちかますつもりなんだろう。それでいい。
「勇者、大丈夫なんだろうな?」
「任せろ」
マルチナの確認に俺は頷き、わざと指令所から出て屋上に飛び出す。当然のようにドラゴンたちが俺を捕捉し、光を放った。
まるで巨大隕石が落下してくるかのような太い閃光だ。
「――《英雄》」
ひとつ。
「――《剣聖》」
ふたつ。
「――《賢者》」
みっつ。
俺は三冠スキルの全部を展開し、力を最大限高めてから光の聖剣を抜き放つ。
「《注目》《吸収》《反撃》《倍化》《照準》《追尾》《竜殺し》《耐久増加》《極》《対閃光》《対熱》《対破壊》《激甚》!」
ありったけのスキルを展開し、俺は剣を掲げる。
凶悪な閃光を、俺は一気に受け止める。
――ぐうっ! さすがに、キツいなっ、けどっ!
スキルが全力発動し、閃光を跳ね返す。
「くらえええええええええ――――っ!」
剣を振りぬくと、閃光が跳ね返される。
一瞬にしてドラゴンブレスが拡散し、全てドラゴンどもに襲いかかり、次々と撃墜していく。
夜空に、花火が咲いた。
次いで轟音が次々と響き渡り、さっきよりも明るく夜空を照らす。
決まった!
ドラゴンブレスを全部跳ね返すだけでなく、《竜殺し》のスキルを上乗せして一気に仕留める作戦だ。
見事に的中したな!
さぁ、これで反撃開始だ!
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