第36話 魔王の《英雄》
闇を駆ける。
音も残さず、ヴァンは現場にたどり着いた。鮮やかな暗闇の中でヴァンは静かにコウモリの状態から人間の姿に戻る。
ふわり、と着地すると、気配が生まれた。
疾風。
暗闇に紛れて、気配が敵意を持って横手から迫ってきた。
「あら、この感じは――」
姿を見る前から正体を看破したヴァンは、静かに構える。
瞬間だった。
地面が幾重にも爆裂し、周囲から瘴気が飛んでくる。
「なるほど」
瞬時にヴァンの周囲から眷属が飛び立ち、自ら盾となって一撃を防いでいく。
だが、攻撃は立て続けに襲い掛かり、次々と眷属を爆破させていく。飛び散る破壊と光の中で何かが駆け抜けてきた。
速い。
ヴァンは目を細めつつ距離を取った。
敵はそれより素早い。
煌めく剣を手に、あっという間に間合いが詰められる。
「やっぱりあなただったのね、《英雄》!」
「決着をつけにきたぞっ!」
「一度は決着ついたはずだけどね?」
ヴァンの皮肉には答えず、素早く剣が閃いた。
強烈な連続攻撃にもひるまず、ヴァンは冷静にマントを前に展開しながら闇を放ち、ダミーを生み出して剣を回避する。
同時に平衡感覚も狂わせる暗闇を放つが、《英雄》はなんの躊躇いもなく突破してきた。
再びの、肉薄。
さすがに脅威を感じたヴァンは空へ飛び上がろうと翼を広げた。
瞬間だった。
凶悪なまでの威圧が、ヴァンの全身どころか、心臓までわしづかみにしてくる。
「これは……!?」
「《魔王の権威》」
端的な説明をしながら、《英雄》は静かに剣を構える。
「いくら夜の王っていっても、魔王の前じゃ歯が立たない。お前ら魔のものは、魔王に対して自然と服従するんだ」
「へぇ?」
「だから、今の俺の前じゃ、お前は何もできない!」
「……本当にそうかしら?」
「下手な強がりは寿命を縮めるだけだぞっ! 死ねっ!」
即座に《英雄》が仕掛けてくる。
ヴァンの心臓を狙う一撃だ。単純に急所を狙う一点攻撃は、隙だらけだった。
なるほどね。
ヴァンはほくそ笑む。
《英雄》は今、ヴァンが何もできないとタカをくくって攻撃してきているのだ。まるでヴァンに分からせるかのように。
同時にそれは慢心だった。
引き付けるだけ引き付けて、ヴァンは急加速する。暗闇を手に纏わせ、爪に変化させてカウンターを見舞う。
ざうっ!
と肉そのものが抉られる快感の音。
血飛沫を舞わせたのは、《英雄》の方だった。
「なっ……!?」
驚愕する《英雄》に、ヴァンは追撃を放つ。一斉に眷属たちが襲いかかり、爪と牙で容赦なく切り裂いていく。
視界を遮る中で、ヴァンは一気に踏み込んでその爪を今度は鳩尾に叩き込む。
「ぐうっ!?」
鎧をあっさり貫通し、肉を、内臓をまた抉りきる。
「バカなっ……!?」
「確かに私は魔のものよ。実際、あの《大魔導師》が現れた時は何も出来なかったわ。《魔王の権威》はそれだけ強力なもの」
だが、抜け道がないわけではない。
位の高い魔のものだからこそ、ヴァンは知っていた。どうしても魔王に従いたくない時に用意されている手段でもある。
「なら、なんで動ける!」
「あんたの《魔王の権威》が弱いからじゃない? だってあなた、私より弱いもの」
ヴァンは嘲りながら、《夜の王》の力を発動させていく。
周囲よりも深い夜が空間を支配した。
◇ ◇ ◇
「俺と……主従契約を結びたい?」
ヴァンの唐突な提案に勇者は驚き、マルチナも警戒心を見せる。
唯一、マキアだけが気付いている様子だった。
「ええ。一時的でも構わないわ」
ヴァンは真剣な表情でうなずく。
「いや、なんでだよ?」
「魔王に対抗するためよ」
「魔王に対抗?」
「《魔王の権威》だよ。ある程度力のある魔王なら習得するスキルさ。魔のものを従えさせる力がある。《大魔導師》程度の覚醒レベルでも少しは使えるはずだよ」
マキアの補足に、ヴァンは同意する。
「少なくとも身動きは取れなくなるわ。そうなると私は何の役にも立たない」
ヴァンは悔しさを滲ませ、ぎゅうっと拳を握りしめる。
自分への怒りで魔力が滲み出るくらいだ。
「だから……主従関係を結ぶことで、権威の干渉を拒みたいの」
「魔のものは魔王と見えない主従関係にあるからね。《魔王の権威》はそれを表に出すスキルなんだよ」
「それを上書きする主従契約ってことか……ヴァンはそれでいいのか? 俺は人間だぞ」
真っ直ぐ見据えられて、ヴァンは強く首肯した。もはや迷いなどどこにもない。
そもそも勇者は人間だが、人間とは思えない強さを持っている。
何より、短い間でとはいえ、過ごした時間は嘘をつかない。
勇者は紛れもなく信じるに値する人物だ。
だからこそ、ヴァンは覚悟を決められた。
「構わないわ。私は、勇者ちゃんの役に立ちたいの」
そう言い切ると、勇者も覚悟を決めたように強く頷いてくれた。
◇ ◇ ◇
魔王の権威はもう通用しない。
動揺する《英雄》に、ヴァンは猛攻を仕掛ける。
「さすがに、前よりは固いわね」
ヴァンは次々と切り刻みながらも、余裕の笑みを崩さない。
《英雄》は必死に瘴気をかき集めているが、それさえも《夜の王》のスキルの前ではろくな力にならない。
一瞬の隙を突いて、ヴァンは強烈な一撃を《英雄》の肩を叩き込んだ。
「く、くそっ……!」
凶悪な一撃に、《英雄》が大きくのけぞりながら膝をつく。
ぼたぼたと血だまりが出来上がった。
ヴァンは指を鳴らし、その血だまりさえ利用する。
「なにっ……!?」
ごぽり。
と沸騰するように音を立て、血が刃と化して《英雄》を切り刻む! さらに血を迸らせ、さらに刃がまた生まれる。
《英雄》は大きく吐血し、ぐっと倒れ込む。
ヴァンの容赦ない最後の一撃が炸裂した。
それはあっさりと心臓を貫き、爆裂させる。
「――……っ!」
いくら魔王化したとはいえ、《英雄》は人間。
さすがに急所を穿たれれば命はない。
「ふっ。魔王を名乗るならもっと強くなって、か、ら――……?」
違和感。
否。
異常な感覚。
すぐに理解が及ばず、ヴァンは混乱する。そのスキを突くようにして、《英雄》の身体から大量の闇が醸成され、空へ逃げる。
「これはっ……まさかっ」
ようやくヴァンは思い至る。
「まずいわ、これが相手の本当の狙い! まずいわ、勇者ちゃん!」
ヴァンが報せるべく、また全身をコウモリに変化させて飛ぶ。
ほとんど呼応するようにして、空が嘶いた。
星空を切り裂くように、空の支配者たちが姿を見せる。
ざわざわと、全身がざらつく。
明確な脅威を感じ取りながら、ヴァンは空を見て舌打ちした。
あれは、あいつらは。
どう見てもドラゴンどもだった。
「《空の王》が、こんなに……っ!」
あの力は、このドラゴンどもを従えさせるためだったのだ。
おそらく《英雄》の体内で闇を醸成させ、最後に回収する。つまり《英雄》は最初から捨て駒であり、巣でしかなかったのだ。
「本当にえげつないことを考えるわね……! 《大魔導師》!」
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