第34話 魔王、襲来

 それから、二週間。

 マキアの予想通り、《大魔導師》たちはやってきた。


 もちろん夜だ。


 といっても、こっちだって何もしてないわけじゃない。

 できることは全部やったからな。

 対策はバッチリだ。

 その一つが、町の周囲に展開された警戒網だ。


「三時方向にゴブリンの群れ、七時方向にコボルトの群れです!」

「陽動です。総員、慌てることなく迎撃態勢へ移行。騎士団はシナオリ通りに展開していくこと。打って出ることはしないように」


 即答したのは、新しい《賢者》だった。その隣には若い《英雄》

もいる。この町の代表の二人だ。

 マルチナに押し付けられたからどうかと思ってたけど、中々どうして。シェリルとかよりも全然良い代表だ。

 何せ、ここまで防備を整えたのだから。


 しかも指揮能力も上等だ。


 これ、優秀すぎて俺なんかいらないんじゃ、って思うくらい。

 まぁそういうワケにはいかないんだけど。


「三列陣形を整え! 工作班は前へ。敵との距離正確に!」

「後衛は魔法展開準備! 投石機装填、弓隊展開!」

「上空監視! 鳥系魔物に注意しろよ! 奴らは早い!」


 矢継ぎ早に《英雄》と《賢者》たちが命令する中、俺たちは町で一番高い時計台の上にいた。

 というか、時計台の中が指揮所になってるからなんだけど。


「ううっ……」


 ピリピリした空気にあてられたか、アンネが不安そうに身体を小さくさせる。

 当たり前といえば当たり前か。

 アンネはこんな本格的な戦闘なんて初めてだろうし。


 俺はそっとその頭を撫でて落ち着かせる。


 不安そうに見つめてくるアンネに微笑みかけて、俺は近くの窓辺に腰かけるマルチナを見る。

 思いっきり寝そうなんだけど。

 緊張感の欠片もないよね!


「どうしてあんな風になれるんでしょう?」

「あれはちょっと例外なんだけど」

「眠い時は眠いんだから仕方ないでしょ」


 当然のように謂れ、俺も呆れる。


「普通は気が高ぶるものだと思うけど。さすが勇者パーティの一人ね。なんか違うわ」


 こちらは戦闘準備をしっかり整えたヴァンだ。

 夜だからか、調子も良さそうだ。


「テンションなんてのは、強い敵と戦う直前にあげればいいんだって。期待外れだったら悲しいだけでしょ」

「それもそうね」


 でも、と、ヴァンは野性的に舌なめずりする。


「今日は満足できる敵と戦えるんじゃない?」

「うん? あ、なるほど」


 何かを感知したらしいヴァンに続いて、マルチナも気付いたらしい。

 やや遅れてから、警報が鳴った。


「て、敵の反応っ! な、なんだこれ……強力です! 九時の方向です! 単独行動です!」


 警戒網にかなり強力なのが引っかかったらしい。

 おそらくも何も、シェリルか《英雄》だろうな。この禍々しい感じは間違いなく魔王のそれだ。

 けど、《大魔導師》のようなおぞましさはまだ弱い。


「じゃ、あたしが先にいくわ。さっさと倒して、大ボスに備えないといけないしね」

「油断するなよ」

「分かってるよ。じゃあね」


 マルチナは軽く手を振ってから、さっさと外へ飛び出していく。

 俺たちの仕事は、同時に襲ってくるだろう《大魔導師》によって魔王化された二人――シェリルと《英雄》。そして《大魔導師》そのものの迎撃だ。

 でも、俺の予想だとちょっと違う。

 あの《大魔導師》がそれだけの手札で来るはずがない。

 他にも何か一つ、どでかい何かを仕掛けてくるはずだ。


「魔物の群れ、接近!」


 なんて考えている間に、ゴブリンとコボルトたちが追いついてきたらしい。

 すかさず《賢者》が指示を下す。


「第一陣営の罠を発動! 防護柵展開っ! できるだけ群れを引き付けるようにっ!」

「敵の群れ後衛から大型魔物の群れを確認!」

「オーガにトロールです!」


 次々と入ってくる報告に焦燥が混じる。

 だが、その程度は想定済みだ。


 数を揃えられる前衛で面を作り、押し込みつつ防衛能力を拡散、そこに単体で破壊力の強大な駒を揃える。


 魔物における拠点攻めの基本スタイルだな。

 当然、あのオーガやトロルは、投石してくる。破壊力の高い遠距離攻撃を仕掛けつつ接近してくる。貼りつかれたらそれはそれで大暴れされるから、真っ先に倒さないといけない。

 けど、その前に群れが押し寄せてきて、こちらの対応能力を飽和させてくるんだよな。


「魔法攻撃展開、敵大型魔物へ照準! 攻撃は氷結系統!」

「敵第一波、罠の範囲に入りました!」

「落とせっ!」


 《英雄》が鋭く指示を下し、一斉に落とし穴が発動する!

 広範囲の地面が一気に陥没し、コボルトやゴブリンの群れどもが落下していく。一斉にあがったのは、悲鳴だ。


 もちろんただの落とし穴ではない。


 きっちりと尖った岩や木槍が忍ばせてある。

 もちろんそれだけで終わらせない。


「弓隊っ! 斉射っ! ってぇーっ!」


 タイミングを逃さず、《英雄》が声を張り上げる。

 直後、弓矢が大量に吐き出され、巨大な落とし穴に向けて矢の雨を降らせる。

 また悲鳴が起きた。


 さすがの阿鼻叫喚に、大型魔物どもも躊躇する。


 動きが止まれば、大型の魔物は的でしかない。

 次々と魔法使いから放たれた氷が飛び、次々と氷に鎖して動きを止めていく。


「魔法第一陣、着弾っ!」

「第二陣、第三陣展開! 氷結系で統一、徹底的に動きを止めろ!」


 指示に従い、また魔法が展開される。


「す、すごいですね」

「《英雄》と《賢者》の統率力も凄いけど、かなりしっかり訓練されてる証拠だ。さすが王都からの援軍だな」


 今回、これだけの戦力はこの町だけで手配したものじゃない。

 腕利きの冒険者たちや傭兵、そして王都の騎士団の派兵を受けてなんとか成立させたものだ。


 それだけに統率するのは大変だったはずだけど。


 ちなみに、工作隊にはヴァンの眷属たちも協力してもらってる。偵察用のコウモリ族だけに限らず、地中に埋もれるアンデッド等。ゴーストたちもだ。

 このおかげで、相手の動きがより筒抜けである。

 これでしっかり戦える。


「六時の方向、強力な敵反応!」

「二人の魔王か」

「じゃあ、私の出番ね」


 マントを翻しながら、ヴァンは不敵な表情を浮かべた。


「いけるか?」

「もちろんよ。対策もバッチリだしね。上手くやってみせるわ」

「頼んだぞ」

「ええ。任せてちょうだい」


 ひゅう、と軽い音を残して、ヴァンの姿が消える。

 これで俺たちが知る《大魔導師》の駒は終わった。

 後は、本人がどう出てくるか。


「マルチナさん、ヴァンさんが会敵します」


 相手は魔王化した英雄とシェリルだ。

 一筋縄ではいかないだろうけど、あの二人ならなんとかしてくれるだろう。そして、《大魔導師》も予測はしているはずだ。


 仕掛けるタイミングがあるとすれば――……


 ぞくり。


 背筋が、凍った。

 この異常なまでの寒気、敵意。

 俺は誰よりも早く感づいて、思わず空を見上げた。


 暗い夜空を切り裂いて、何かがやってくる。


 って、嘘だろ……!?


「あれは……ドラゴンの群れ!?」





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