第33話 異変
翌朝、マルチナたちから報告を受けた俺は、即座にマキアの元へ向かうことにした。
明らかな異常事態だ。
だって、たかが野盗の頭領風情が魔王に目覚めるなんて。
いったい、世界で何が起きようとしているのか。
それを素早く知るには、マキアの占いが一番効果的だ。
ちなみに今回ついてくるのはマルチナとヴァンだけだ。アンネは寝込んでいる。
あんな小さい身体で魔王の一撃を受け止めたんだ。
しばらく休ませてやらないといけない。
「なるほどね……三人目の《闇の波動》かい」
マキアは水晶の前で腕を組みながら唸った。
険しい表情で俺とマルチナを見つめてきた。
「面白くなさそうだね」
「単純に言って魔王候補が複数人いるってことだろ。それってかなりヤバくないか?」
「長い歴史において、複数の魔王候補が現れたことはある。ただ、そういう時は大抵おぞましい戦乱が起こり、血を血で洗う時代として歴史書に刻まれている」
マキアは不意に立ち上がると、指を鳴らす。
何の魔法を使ったのだろう、と思っていると、数冊の古い本が自ら飛んでやってきた。
古びた手で受け止めると、マキアは該当するページを開いた。
「魔王は常に一人であらねばならない。これは魔を王とする一族の絶対の不文律だ」
「けど、何人も現れてる。しかも、人間側の方で、だ」
「そうだ。それこそが問題だ」
俺の意見に、マキアは同意した。
「本来、魔王というものは魔に属する勢力の中で、時代の寵児とも呼ばれる存在が選ばれる。まさに生まれる前から紐づけられた運命の形として《闇の波動》がある」
ある意味で、神聖なものだろう。
「それが人間に現れるなど……これにはトリックがあるな」
「どういうトリックだ?」
「元凶は分からん。時代が選んだ可能性もあるからだ。しかし、明らかな作為的で増殖している。《闇の波動》に目覚めたものが、何かしらの方法で仲間を増やしているんだ」
「何かしらの方法……?」
「例えば、ギフトとかな」
マキアは虚空を見る。
思い浮かべているのは、アンネだろう。
「っておい、《デスティネーションチャンバー》をか?」
「種を植え付けるだけならば可能だろう」
「――《大魔導師》かっ」
俺より早く思い至ったのはマルチナだった。
「あいつには、萌芽のギフトがあるぞ」
「それはまた貴重なギフトだね」
そうか、そういうことか。
萌芽のギフト。
自分の中にある才能を、相手にも与えられるギフト。かなり限定的な能力で、戦闘的なスキルじゃあない。
けど、自分の才能そのものを相手に与えられる。
将来的な意味を考えて、よりハイブリッドな次世代を育成できる発展形のギフトだ。
当然滅多に現れるものじゃあない。
「でも分かったよ。その《大魔導師》が《闇の波動》を萌芽させていってるんだね。なんてことだよ」
マキアは頭痛を覚えたのか、頭を抱えた。
まったく人間というのは……からしばらくとりとめのない愚痴を吐いてから、俺の方を見る。
「人間が魔のものを作るなんて……世界のバランスを崩壊させる混沌を呼んでるようなものだよ」
「けど」
「そうだね。事実として人間に《闇の波動》が目覚めた。おそらくそれは長い時間をかけて人と魔がまじりあった結果、隔世遺伝、もしくは先祖返りのようなものだろうね」
うっ。なんか目線が痛い。
確かに俺は勇者でありながら魔王因子を持ってるけど。
「ただ、《大魔導師》にも《闇の波動》があったってことか」
「どういう理由かは知らないけどね。何かをきっかけに与えられたのかもしれないよ。例えば――魔王から移植されたりとか」
マキアの鋭い視線に穿たれて、俺は胸がすく思いがした。
魔王なら可能なのか。
いや、可能だと思う。俺たちが倒した魔王は、歴代でもかなり長い期間政権を維持していて狡猾で強い設定だったんだ。
それくらいの技術は発掘しててもおかしくないし、そもそもその魔王が《萌芽》を持っていたかもしれない。
そう考えたら、俺にも魔王因子があって不思議じゃない。
「ってことは、あたしにも植え付けられてる可能性があるってことか? それって」
「占ってやってもいいけど高いよ?」
「いらない。もしそうだとしても関係ないから。ねじ伏せるだけだし」
マルチナらしい言い方だ。
俺はたまらず苦笑する。
ともあれ、魔王に因子を植え付けられた可能性はあり得るな。裏設定としてがっつりありそうだ。そういうのが好きなシナリオライターが制作に関わってたはずだし。
「だとしたら、全員呪われたってことか」
とんだ復讐だ。
「ともあれ、問題はそこじゃないよ。その一人が闇に落ちたんだよ。それも……最悪の形でね」
「占いの結果は出たのか?」
「出たよ。あの子……《大魔導師》は大分汚染されてるね。魂の形がもう分かりにくい。彼女はもうほとんど自我がないわ。かなり歪なのは共鳴作用で一気に魔王化が進んだせいなんだろうけど」
じろっとみられて、俺は目を逸らす。
すかさず見とがめたのはマルチナだった。
「って、勇者。あんたも《闇の波動》持ってるってこと?」
「ああ。一応な。けど、俺は魔王になるつもりはないぞ」
「当たり前だよ。あったら私が殺してやるとも」
物騒なこと言わないで?
俺は思わず咎めの視線を送るが、マルチナは真顔だった。
この子ならやりかねん。
まぁ、どのみち俺が魔王化したらゲームオーバー確定なんだけどな。どうあがいても勝てない二期シナリオの主人公がやってくるからな!
「とにかく。このままではマズい様子だな」
「何が分かったんだ?」
「《大魔導師》は《闇の波動》のことを調べながら、仲間を増やしたようだ。ほとんどは失敗しているようだが……その中でも反応がひと際強いのが二つ。二人とも――勇者パーティのようだな?」
俺はマルチナと顔を見合わせる。
「それって……」
「シェリルと《英雄》か!?」
マキアは黙って頷いた。
いやいやいやいやおいおいおいおいおい。
まさか、あの二人まで魔王化したっていうのか! 再起不能にまで追い込んでるから、二人ともあっさり飲み込まれるぞ!
いや、それさえも狙いか。なのだとしたら――!
「今どこにいるか分かるか?」
すかさず聞くが、マキアは険しい表情を浮かべる。
「ハッキリとは分からない。どうやら色々と仕掛けているようだ」
「やっぱりか……」
「ただ、推測は可能だ。魔王になった《大魔導師》は、まず拠点を求める。それなりの規模で、各地にアクセスが可能。さらに言えば手ごろな駒となる魔物の群れが発生しやすい」
って、そんなもん一か所しかねぇじゃねぇか。
俺たちが出るまでいたあの町だ!
「すぐに向かおう。今から防衛戦線を展開するんだ」
「そうだねー。あの二人もいることだし」
「待って」
早速出立しようとしたタイミングで待ったをかけたのは、今までずっと沈黙を保っていたヴァンだった。
かなり思いつめた表情で、俺を見てくる。
「お願いがあるの。勇者ちゃん」
いつものうわついた調子ではなかった。
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