第32話 力の秘密

 その大男は、明らかに自分の力を誇示していた。

 どう見ても野盗の頭領にしか見えないが、全身から放たれる圧力は異常な程強かった。


 油断できない。


 マルチナとヴァンは即座に判断すると、冷静に身構える。

 だが、それを嘲笑うようにして男は大ぶりの剣を握りしめてからいきなり気合を放ってきた。

 スキルではない。ただの威圧だった。


「……――うっ!?」


 ビリビリと全身が緊張する中、異変を覚えたのはヴァンだった。

 いきなり心臓を押さえながら膝を屈する。


「な、何なの、これ、はっ……!」


 顔を屈辱に歪めながら、ヴァンは凄惨な目つきで敵を睨む。

 それだけで物理的な破壊力がありそうだが、敵はにやにやと笑っているだけだった。


 否。


 その胸に、紋章が浮かび上がる。

 ドス黒くて、禍々しい。マルチナからしても、見たくない紋章――魔王の紋章だ。

 必然的にマルチナの中からも敵意がみなぎる。


「どうして、あんたみたいなヤツに、その力がっ……!」

「はははっ! どうしてかって? そんなもん、俺様に才能があるからだよ」


 胸の紋章をさらに輝かせ、野盗の頭領は力を増大させていく。

 それはすでにヒトの領域ではない。

 紛れもない、魔王の素質。


 マルチナは即座に地面を蹴った。


 一瞬で加速し、肉薄する。

 だが、野盗の頭領――魔王もまた鋭く反応し、手に持っていた鉈のような剣でマルチナの大剣を受け止めた。


 鈍い剣戟。


 鍔迫り合いは、しかしほんの一秒程度だった。

 力負けしたように、マルチナが離れる。そこへ生まれた隙を逃さず、魔王が飛び込んできた。


「才能だって?」

「はははっ! 見せてやるっ! 俺が、俺様が新しい魔王だっ!」

「――舐めすぎだろ」


 ごんっ。


「あがっ……!?」


 鋭い一撃だった。

 鮮やかな膝蹴りが魔王の顎をぶち抜く。軽やかに顎の骨が砕け、舌を噛みちぎらせる。

 飛び散る血。

 マルチナはなんの躊躇いもなく空中で姿勢を切り替え、後ろ回し蹴りをその顔面に炸裂させた。


「はぎゃあっ!?」


 一切の容赦がない、本気の蹴りだった。

 鎧の重さも相まった破壊力はあっさりと魔王の顔面を潰した。


「うが、ぎゃ、ぎゅあああああっ!」


 情けない悲鳴を上げながら、魔王が地面を無様に転がる。

 おびただしい血が舞う。

 マルチナは、その血だまりを踏みつける。


「あのさ、そんな弱い魔王がいるわけないだろ」

「ぐひ、ぎ、ぎゃひいっ、ば、ばひゃなっ……!」

「魔王のなりそこないが」


 マルチナは怒っていた。

 純粋な怒気は大剣に伝わり、力を放つ。


「くそ、くそがああああああ―――――――っ!」


 魔王が叫び、鉈に黒い魔力を宿らせる。瘴気だ。


「《聖別》《威光》《閃光》」


 周囲の空気が汚染されたのを見て、マルチナは冷静に聖属性のスキルを展開していく。

 神々しいまでの光が虹色の光芒を散らしつつ、閃光となって敵を穿った。

 音もなく、敵の全身から白煙があがりはじめる。


「ぐわああああっ!?」


 悲鳴と重なって、瘴気が消し炭になっていく。


「ば、ばかなっ……どういうことだ、これはっ!? おれ、おれはっ! ふざけるな、おれは、おれは魔王なんだぞっ!」

「無理だよ。あんたじゃ魔王にはなれない。そもそも器じゃない」

「認めない、認めてやらねぇっ! あああああああっ!!」


 底力を見せるように、魔王が更なる瘴気を放つ。

 負荷を表すように身体が大きく歪み、地面の草を腐らせていく。瞬間的に魔王の憎悪が膨らみあがり、力が破裂した。

 瘴気の暴走だ。


「くっ!?」


 弾かれるようにマルチナは距離を取るが、瘴気は無数の手に変化し、夜よりも濃い黒に染まりながら迫ってくる。


「《聖別》《浄化》っ!」


 剣を横薙ぎに払い、光を放つ。

 聖なる光にあてられた瘴気は蒸発していくが、次々と黒い手が溢れる。


「ガアアアアア――――っ!!」


 ヒトとしての原型を辛うじてとどめてる程度にまで変異しながら、魔王はなおも力を放つ。

 その威力は、魔王のそれだった。


「やばっ、これ……!」

「《堅牢》《強化》《ダブル》っ!」


 マルチナが焦った刹那、誰かが前に割り込んできた。

 強力な盾が展開され、黒い手の一撃を全部受け止める。


「アンネ!?」

「変な感じがしたんで駆け付けてきたんです! でもこれ、キツい……っ!」

「いや、耐えられるだけすごいから。もう少しだけ耐えてて!」


 すぐに始末をつけるから。

 マルチナは、静かに踏み込んだ。黒い手の動きを読み切り、すれ違うようにして全て回避する。


 あまりの自然さに、魔王も反応を遅らせる。

 マルチナは静かに身体をよじり、大剣を繰り出した。


「《粉砕》《連刃》《トリプル》」


 大剣が加速する。


「――《粉塵砕剣》」


 一撃で身体中の骨を粉砕する威力を持つ剣が、連続で目に見えない速度で繰り出された。

 暴虐とも言える攻撃は、魔王の全身を文字通り粉砕していく。


 残ったのは、血の霧だった。


 呼応して、黒い手が消えて瘴気も霧散していく。

 マルチナの後ろで、アンネが座り込む音がした。


「本物の魔王だったら、今の一撃くらい受け止め切れたのにね」


 ひゅぅ、と剣を振って血を払い、マルチナはつまらなさそうに言う。



 ◇ ◇ ◇



 魔王が消えていく。

 その様子を千里眼を通して遠くから観察していた《大魔導師》は、静かにため息をついた。


 さすがに《剣聖》の一撃は受け止め切れなかったらしい。


 そもそもの格が違うのだから当然だが。


「自分の身体を失ってでも力を開放したのに、その結果がこれか」


 身体の変異は、自己の喪失でもある。力を得られるが、大変な苦痛を伴うのだ。

 あの男は、自分の魂まで喪失しようとして力を開放した。

 そういう意味では自分の器をひとつ乗り越えたと言える。


 ――けど、ナルホド。


 ――適性があっても、資質がないのであれば意味がない。


 ――器たる力も必要。


 ――だったら、何が必要になるだろうか。


 ――仲間。器が器たる、仲間。


 ――そうだ。あいつらがいた。


 ――彼らなら、きっと。


 自然と笑みが漏れる。

 千里眼を解除し、白だった彼女は黒に染まっていく。

 そこにはもう《大魔導師》の片鱗もなかった。


「それにしても、勇者に《剣聖》が合流してくるとは」


 ある意味で予想はしていた。

 勇者がどれだけ落ちぶれても、あの《剣聖》だけは諦めなかったからだ。あれだけ堕落していたというのに、《剣聖》だけは何かを信じていた。


 《大魔導師》からすれば、それこそあり得ない。


 力に溺れ、権力に驕り、すべてを捨てた。

 あんな男に、世界を任せられるはずがない。

 ゆっくりと息を吸って、魔王は夜空を望む。


 世界は、自分が管理するべきだ。


「私が、世界を――」


 びきっ。

 びきびきっ。


 自分の中のどこかで、何かが欠落する音がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る