第31話 もたらされた難題

「――《開拓》《高速化》《展開》《範囲》《トリプル》っ!」


 俺はスキルを発動させ、強化しまくった農業スキルを放つ。

 淡い光が宿って、周囲の平原に干渉する。

 あっという間に土が消え、耕されていく。

 俺はアンネに目くばせして、伝播を解除してもらう。


「ひょー、さすが勇者ちゃんね」

「一気にこんな広範囲……さすがです、勇者さまっ!」


 ヴァンとアンネが褒めてくれる。

 うんうん、ありがたいわ。ちゃんと肯定してくれる人がいるって、本当にありがたい。


 でも、限界がやってくる。


 一気に《怠惰》が襲ってきて、俺は眩暈を覚えた。

 慌ててアンネとヴァンが俺を支えてくれる。そんな情けない姿を見て、マルチナは眉をしかめてから納得いったように頷いた。


「なるほど。その小娘のギフトで、あんたはごくごく短時間だけ勇者としての力が使えるわけだ」

「ああ、そうだ」

「で、力を使った後は反動がきて使い物にならない、と」


 腕を組みながらマルチナは言う。

 俺はもう声も出せない。

 ただゆっくりと頷いた。ああ、ダルい。眠い。


「分かった。十分だよ。あたしがあんたの傍にいる理由としては十分過ぎる。安心しな。あんたに降りかかる敵は、私が全部消し炭にしてあげるからさ」


 ぬらぁ、と微笑むマルチナに、俺はイヤな予感しかしなかった。

 いや、ボディガードとしては最強クラスなんだろうけど、やりすぎないかが心配。

 でも、もう限界。


 俺はゆっくりと目を閉じて、意識を手放した。



 ◇ ◇ ◇



 建設が始まった村ほど、狙いやすい場所はない。

 おそるべき速度で開拓が進んでいく光景は異常そのものだったが、それで諦める男ではなかった。

 金はある。力もある。部下もある。女もある。

 ただ彼にないのは、圧倒的な血と肉だった。


「どれくらいいる?」


 自慢の筋肉を見せつけるかのような恰好の男は、静かに問う。


「村人はおよそ二五〇人程かと。戦力は騎士姿の女が一人、マントを羽織った男が一人、軽装鎧のガキ女が一人かと。あとは男がもう一人いますが、こちらは戦力外ですな」


 斥候だろう、黒い布で全身を覆った男たちがやってくる。


「はっ。スキだらけってことじゃねぇか」

「監視塔の類もありませんね。どこからでも奇襲は仕掛けられるかと。ただ、連中が用意した住居地区は、あの村でも高台にあります」

「っていっても、落差は数メートル程度だろ?」

「はい。這い上がれない高さではありません」


 野蛮な笑みを浮かべながら、男は顎を撫でる。


「よし。野郎共、久々に殺しだ。派手に暴れるぞ! 夜になったら奇襲を仕掛ける! 大陸で誰が一番恐ろしいか、思い知らせてやれ!」


 男は号令を放ち、胸に刻まれた紋章を黒く輝かせる。

 そこから放たれる黒い魔力に汚染され、周囲の連中が一斉に跪く。その光景に満足しながら、男は力に酔いしれた。


「くくく……この《闇の波動》の力で、俺は魔王になる!」



 ◇ ◇ ◇



 ぴく、と、誰よりも早く察したのは、マルチナだった。

 勇者の家にあった客室でごろごろしていたのだが、明確な敵意を感知した。

 ゆっくりと起き上がり、窓から外を覗く。


 警戒用に最低限の松明と、防護柵。


 今日は建築が間に合わなかったので、勇者の持ち物にあったテントを大量に設営しているからだ。

 襲われたらひとたまりもないが、守りやすくもある。


「とはいえ、いきなり襲ってくるとはね」


 この村は廃棄されて久しい。いくら王都の北で街道沿いとはいえ、頻繁な往来があるわけでもない。

 治安には不安が確かにあった。


 だが、ただの襲撃ではない。


 マルチナは聖騎士で《剣聖》だが、その出自は荒々しい。

 常に戦場が住処だったのだ。

 だからこそ、こういう時のカンは異常なまでに働く。


「なんか、臭うね」


 独り言ちてから表に出る。

 ほとんど同じタイミングで、家からヴァンも出てきた。


「あら、奇遇ね。お散歩?」

「ええ。ちょっと血の花を摘みにいこうかなって」

「たとえが物騒すぎない?」


 真顔でツッコミを受けて、マルチナはこらえきれずに吹き出した。


「仕方ないでしょ。だって事実だし」

「しれっと言えるあたり、尊敬するわ。でも、大丈夫なのかしら。相手はタダ者じゃあないわよ。ただの野盗じゃない」

「そんなの分かり切ってるし」


 木影に姿を隠しながら、マルチナは周囲を睨みつける。

 息を殺すと、鋭敏な耳が足音を拾う。

 足音はがんばって殺しているようだが、かなりばらつきがある。


「バカみたいな素人もいるけど、プロもいるね」

「そこまで分かるの?」


 意外そうな表情を浮かべるヴァンに、マルチナは野蛮に笑う。


「五感は小さい頃から鍛えてたからね」

「あら、すごいのね」

「当たり前だよ。《英雄》なんかと一緒にしないで欲しいね。あいつらとは鍛え方が違うんだ。こっちは三歳から生きるか死ぬか、命のやり取りをしてきたんだから」

「傭兵か何かなの?」

「戦場傭兵団だよ。今は壊滅してもうないけどね」


 答えながら、マルチナはゆっくりと剣を抜く。

 もう近くまで敵は忍び寄ってきていた。


「なるほど、野営地の左右から挟撃するつもりね。でも陽動だわ」

「だろうね。本体はあそこ。最短距離でこの段差を昇ってテントを襲うつもりだ。こりゃあ、金目的じゃないね」

「ただの殺戮?」

「人殺しでしか快楽を覚えられない、クズみたいな連中の考えそうなこった」


 嫌悪感を表に出しながら、マルチナは姿勢を低くして動く。


「仕掛けるよ」

「賛成だわ。こちらから先んじて、相手の出鼻を挫かないとね」


 本体がいきなり攻撃を受けたら、奇襲しようと左右に散っていた連中も戻ってくるはずだ。

 そこを一気に叩く。

 お互いにコンセンサスを取り、マルチナとヴァンは同時に頷いた。


「派手な攻撃はあたしに任せなっ!」


 そう言ってから、マルチナが飛び出す。

 電光石火の加速は凄まじく、一瞬でテントの群れを駆け抜けると、敵が狙う段差から飛び出した。


 空気が固まるのと、息を呑む音。


 真っ暗な視線を浴びながら、マルチナは笑いながら剣を振りかぶった。聖大剣が、破壊の光を帯びる。


「どおおおおおりゃあああああああっ!!」


 裂帛の気合を吐きながら、マルチナは聖大剣を地面に叩きつける。

 爆音が響き、地面が割れ砕ける。

 刹那の破壊が伝播し、凄まじい衝撃が周囲を殴った。


「「「ぐわあああああっ!?」」」


 悲鳴が重なる。

 有象無象の素人野盗どもが吹き飛ぶ中、何人かの手練れだけはこの奇襲を回避していた。

 素早く反撃に転じようと武器を抜く。だが。


「あらあら、美味しそうね。あなた」


 その一人の背後に、ヴァンがこともなげに回り込んでいた。

 回避する暇も与えずに、ヴァンは一撃で首をへし折った。

 躊躇いがない一撃はいっそ清々しい。

 さすが魔のものだ、とマルチナは評価しつつ、正面から突っ込んできた二人に剣を向ける。


 素人ではない。


 だが――玄人でもない。

 ただのプロ崩れだろう。マルチナは内心で判断しつつ、剣を振るった。


「う、うわあっ!」


 相手も応じてダガーを抜いて構えるが、マルチナの方が素早い。

 ほんの数回の剣戟で相手は真っ二つにされた。

 

 膨大な血が飛び散る中、それでも敵はマルチナへ躍りかかる。


 そこへヴァンとヴァンの眷属が躍りかかり、翻弄していく。

 もはや相手にもならない。


「――けっ。やっぱ雑魚どもが」


 呆れと侮蔑。

 そして、おぞましい魔の気配。


 姿を見せた大男に、マルチナは目を細めた。








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